第460回:薄暮の海と謎の塔 - 山陰本線 浜田~益田 -
浜田にはいくつかビジネスホテルがある。今回、私は浜田ステーションホテルを選んだ。駅に近く、料金が安く、そして「お部屋からトレインビュー」なるメニューがあったからだ。フロントで鍵を受け取って、部屋は505号室。なるほど、窓から浜田駅を見下ろせた。これはいい眺め。しかし、下り列車がやって来るまで眺めている場合ではない。その列車に乗ろうと思っているからだ。
浜田駅前にこんなモニュメントが……
荷物を降ろし、顔を洗い、カメラとサイフと携帯電話を持って部屋を出た。自宅から日帰りのような格好である。フロントには食事に出かけると告げた。ただし、ここ浜田で食べるつもりはない。益田で食べようと思っている。いや、食べないかもしれない。目的は食事ではない。浜田と益田の線路を旅したい。
ホテルの部屋からの眺め
浜田駅に戻り、青春18きっぷを駅員にかざしてホームに入る。上り列車の米子行きアクアライナーが停車し、扉を開けたところだ。銀色ボディに赤と青のラインのキハ126系ディーゼルカーは、一見、都会の電車に見える。でもよく見ると扉の数が少ない。
お客さんの列が動いた。高校生の帰宅時間だろうけれど、年配の人も多い。浜田駅は跨線橋がそのまま伸びて大病院につながっている。外来の患者さんや交代明けの看護師さんかもしれない。帰宅時間が明るいせいか、誰もがほっとした顔をしている。
アクアライナーが去ったあと、同じホームに益田行き列車が現れた。当駅始発、車両は小柄なキハ120形。馬路から浜田まで乗ってきた車両と同じであった。さっきのキハ126系に乗りたかった。あれは出雲市や鳥取、米子などの都市へ向かう快速列車に使われているらしい。山陰の末端区間は小型車で十分という判断らしい。それでも2両連結で、こちらも高校生など乗客は多い。メモ代わりに車両の写真を撮るなどして乗り込んだら、空席がなかった。
米子行き快速列車の賑わい
18時04分発の益田行き。到着は18時52分という行程だ。本日の島根県の日の入り時刻は18時42分。日没後30分くらいは景色が見えるから、この日程はまずまずである。日本海側の海沿いを走るから、むしろ日没の車窓を期待できる。運転台の後ろに立ちつつ、右手の風景も注視する。
益田へ行きたい理由は、まだ明るく、青春18きっぷで乗りドクだから。そしてもうひとつ、浜田まで行くと、今後の旅が楽になりそうだからである。
山陰・山陽方面の線路を地図で俯瞰すると、山陽本線と山陰本線を横糸に、縦糸にいくつかのローカル線が結んでいる。ハシゴを倒したような形だ。それも単純なハシゴではなく、東半分は芸備線や姫新線という横糸がある。複雑なアミダくじと表現すべきかもしれない。
中国地方だけではなく、三陸方面もそうだ。どう回ったら効率がいいかと考えあぐねて、つい後回しにする。それで三陸方面を乗り残し、JR東日本大震災で不通区間だらけになってしまった。復旧を待っているけれど、どうもバス転換で落ち着く路線もありそうで辛い。
こちらはキハ120でさらに西へ
この地に話を戻すと、明日は浜田から江津へ戻る日程である。すると、浜田 - 益田間を乗り残してしまう。益田は山口線が接続しており、いつか訪れる時に、山陽本線から益田へ出て、山陰本線で西へというルートが作れる。その時、益田
- 浜田間が残ってしまう。残しておきたくないから、この区間を往復する日程を作らなくてはいけない。
でも、いま乗っておけば、浜田までの往復が不要で、次の日程の自由度が増す。益田駅のそばには石見空港があり、次回は羽田から石見へ飛び、益田駅から旅を始めるというプランもできそうだ。その時も、益田
- 浜田間の乗車に日程を左右されるかもしれない。
ならばいま、乗れる路線には乗っておくべきだ。ホテルで落ち着いてもいいけれど、あとひとつ、もうひとつ、頑張っておけば、あとで有利に働く。これは仕事でも火事でも同じ事である。休みたい。でもそこから、あとひとつ仕事をする。誰もがそんな風に、あと少し頑張る。それだけで、経済は大きく動く。これはアメリカの経済誌に掲載されて話題となった企業広告の一節である。参考になるが、私の場合は残念ながら旅以外では発現しない。
浜田港を通過
周布駅を発車し、しばらく走ると右手に海が広がった。雲が多く海は灰色。太陽はその雲の上にあり、空に光の模様を描いている。日の入りは望めそうにないけれど、薄暮の海の風景は趣がある。水面に岩場がいくつか。白兎が渡れそうな様子である。手前には白浜。ここも人が遊んだ形跡は見られない。
18時26分。三保三隅という駅で、ほとんどのお客が降りてしまった。私は海側の座席に落ち着いた。しかし、座ってみると前方の景色が気になった。大きな煙突がある。コンクリート製の塔のようでもある。あまりにも無骨で、車窓が動いても、民家の向こう畑の向こうについてくる。
謎の塔が近づいてくる
大きな塔がだんだん近づいてくる。どんな施設があるのだろうと期待していたらトンネルに入ってしまった。真新しいトンネルポータルがちらりと見えた。地図を見ようにもトンネルの中。電波がなければ携帯端末は役に立たない。
トンネルを出ればさらに暗くなっていた。薄暮の海を眺めつつ、携帯端末で調べると、あの巨塔は中国電力の三隅発電所の施設だった。海外から安価な石炭を運び込んで燃やす火力発電所。大きな煙突が必要なわけだ。
夕暮れの海景色
益田に着く頃には暗くなってしまった。しかし、ここまで車窓は楽しめた。目論見通りとなってよい。ただし、食事の方は目論見通りにならなかった。入りたくなるような店を選べず、駅前を少し離れて大通りに出るとコンビニがあった。
弁当コーナーで『ねぎ牛丼』を買う。東京にもあるコンビニだが、この弁当には「中四国限定」と書いてある。ご当地ものなら旅の気分に浸れるかも……と、帰りの浜田行き列車で食べてみた。味も量も満足できた。美味しくすべて平らげたが、なぜこの弁当が中四国限定か、という謎が残った。
益田駅に到着
-…つづく
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