第500回:住宅街から温泉町へ - 近鉄湯の山線 -
近鉄八王子線の西日野から日永に戻り、内部行きに乗り換えた。昨日の夕方に乗った内部線に乗り直す。夕刻の風景だけではなく、朝の風景も見たい。廃止されてしまうならしっかり見ておきたいし、仕事のコラムに使う写真も撮っておきたい。仕事と思えば乗り直しは面倒だ。しかし趣味と仕事が一致すると、好奇心が背中を押してくれる。
近鉄内部線に乗り直し
この先の単線を共用しているおかげで、ちょうどいいタイミングで内部行きがやってくる。日永発08時19分。内部着08時31分。まだ通勤通学時間帯だ。しかし車内はガラ空きである。通勤とは逆方向の下り列車で、終点付近に通学先もないのだろう。この程度の需要が現実かもしれない。もっとも、内部駅周辺を歩いてみると大きな病院がある。外来受付時間帯はお年寄りが乗るかもしれない。地図を見れば自動車学校もあり、まだ運転免許を持たない人が利用しそう、いや、自動車学校は送迎バスがあるだろう。
内部駅前から続く道を少し歩くと片側1車線の県道がある。これは東海道である。左方向に歩道橋が見えて、内部駅が俯瞰できそうだ。そちらに歩いて行くと、三重交通のバス停があった。近鉄四日市と平田町駅を結ぶ路線だ。平田町駅は近鉄鈴鹿線の終点で、私にとっては未乗路線である。これに乗れば効率がいいと思ったけれど、次の便は1時間20分後。昼までは2時間に1本、午後は1時間に1本という寂しさであった。この路線は補助金によって運行維持している、と書いてある。途中にショッピングセンターや高校もある路線でも、この現状であった。
内部駅はニつの東海道の谷間にある
歩道橋は片側2車線の大きな道路を跨いでいた。こちらも東海道で、バイパス道路であった。陸橋になっているから、かつて内部線が先に続き、それを跨いだようにも見える。実際はこの辺りだけが低くなっていて、道路は急勾配を避けているだけだ。内部線は当初、鈴鹿を結ぶ目論見だったという。しかし実際は建設されないままだった。そのルートには内部川と鈴鹿川がある。鉄橋を作る予算が調達できなかったか。
平田町行きのバスを待たずに引き返す。上り列車は通勤通学時間の余韻があり、席が埋まるほどの混み具合であった。追分駅の駅舎が2階建て住宅のようで、無人駅にしては立派である。この追分は東海道と伊勢街道の分岐点でもある。それを考えると駅も駅前も寂しかった。
近鉄四日市から湯の山線に乗り換え
近鉄四日市駅に戻って、階段を上がって降りて、近鉄名古屋線側の改札を通る。湯の山線のホームはこちらにある。昨夜、伊勢松本まで乗った時に予習済みだ。湯の山線も三重電気鉄道時代までは軽便鉄道規格で、内部線、八王子線とつながっていた。ところが、湯の山線だけが標準軌に改造された。近鉄名古屋線と直通運転するためだ。湯の山温泉の観光開発や住宅開発を見込んだからだろう。国鉄の四日市駅まで延伸された時期もあったけれど、わずか9年で廃止されている。
湯の山線の電車は2000系の3両編成だ。標準軌の電車だし、さっきまで軽便電車に乗っていたから、ことさら大きく、車内も広く感じる。同じ3両編成でも、内部線の3両分を1両で賄えそうだ。その広い車内に乗客は数人。後部車両は私だけであった。混雑時は大型車3両を走らせる必要もあるのだろうけれど、これは通勤時間帯を外れた下り列車だ。
高架区間の眺め良し
近鉄四日市駅を出発した電車は、しばらく高架線路を走った。昨夜は見えなかったけれど、駅付近は集合住宅が多く、建物が少しずつ低くなって、遠方に鈴鹿山脈を望めた。良い眺めである。しばらく進むと高架を降り、線路も低くなって住宅地となる。かつての湯の山線は、大阪と名古屋から直通特急が走るほどの賑わいだった。湯の山温泉の観光に力を入れていたのだろう。その輸送力が、沿線の住宅開発に功を奏したといえる。
市街地を脱出、鈴鹿山脈が近づく
右側の車窓は農地と雑木林
トンテキを食べに来た松本駅を過ぎると、車窓右手に畑が目立ち始める。その向こうは三滝川があり、湯の山線は川に平行して走る。次の伊勢川島駅から先は両側に畑が増えてきて、どうやらこの辺りが四日市市街地の周縁であるらしい。東名阪自動車道の下を通り抜けると桜駅。日本の国花、一文字の名をつけるとは立派だ。江戸時代の桜村は四日市から琵琶湖へ抜ける街道の宿場町だったそうだ。桜が自生したのか植樹されたか。ともかく、春に琵琶湖から峠を越えた旅人が桜並木を目指したのだろう。そんな想像は楽しい。
鈴鹿山脈がますます近づく
車窓の建物の密度が低くなっている。大きな建物は街道沿いだ。生活路線から外れ、いかにも温泉町へ行く雰囲気になった。単線のローカル鉄道、しかし電車の速度は早い。山脈がますます近づき、空は青く澄み切っている。09時56分に湯の山温泉駅に着いた。四日市駅から約30分。平日の温泉街に人影は少ない。晴天で明るく、日差しの温かみが救いであった。
湯の山温泉駅に到着
男はつらいよ第3作の舞台が湯の山温泉だった。マドンナ役は新珠三千代
ここはまだ平地だから、温泉街はもっと奥だ。そこに湯の山ロープウェイの乗り場がある。道のりで約3km。標高差約200m。徒歩で1時間ほどだろうか。ここはバスに乗り継ごう。10時18分の湯の山温泉行きバスは名古屋始発の高速バスだった。近鉄直通特急の時代は終わり、バスが直行便を出していた。そのバスの車内も空いている。平日の午前中はこんなものだろう。
湯の山温泉駅 広い駅前広場が温泉の賑わいを想起させる
-…つづく
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