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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第498回:今日は予習 - 近鉄内部線 -

更新日2014/01/09


近鉄四日市駅に着いた。まだ明るい。初めて降りた駅だし、街歩きなど他に楽しみもあるはずだ。しかし明るいと列車に乗りたい。明日乗る予定の内部線・八王子線は存続の危機にある。だからといって明日なくなるわけではない。しかし、はやる気持ちは抑えられない。三岐鉄道に乗っているときは落ち着いていたけれど、起点の駅に来てしまったら、もう乗りたくて仕方ない。

駅構内の案内板をたどって内部線・八王子線の乗り場に向かった。同じ近鉄の路線にも拘わらず、改札をいったん出なくてはいけない。それだけでも面倒だけど、矢印はさらに上り階段を示す。それは近鉄名古屋線の高架下に作られた歩道橋に続いており、バス通りを渡ったあたりで下り階段。そこを降りて行くと、薄暗い改札口があった。線路は地上にある。近鉄四日市駅を高架にするときに、この路線は取り残されてしまった。線路の幅が違うため、完全に独立した路線だ。


おもちゃ色の電車

赤字でもあるからお金を掛けたくない。そんな理由は理解できる。それにしてもこの風景はまるで隔離されているようで、うら寂しさが募る。夕暮れだから、なおさら切ない。内部線・八王子線は赤字がかさみ、近鉄は手を引きたがっている。近鉄はBRTへの転換を四日市市に提案している。四日市市は鉄道で存続させてほしいと主張して譲らず、2013年3月の時点で膠着状態である。

この路線は三岐鉄道北勢線と同じ軽便鉄道の規格で作られている。北勢線も近鉄の路線だったから、かつては車両の融通をしていたらしい。同じ規格の電車だと思うけれど、こちらの電車のほうが小さく見える。細長い顔で車体はパステルカラーのブルー。3両編成で、中間車はパーブル、反対側の先頭車はピンク。近鉄の統一カラーではない。末端のローカル線だから遊んでいるのだろうか。まるで玩具である。カワイイ。でも仲間はずれである。そんな電車の座席がほぼ埋まった。


先頭車は固定クロスシートの一人掛け


最前列は特等席かと思ったら、座面が低くて前方を見えず

細い電車の運転台の後ろ。客室との仕切りに三つ窓が並び、中央の窓は両替機の大きな箱に塞がれている。その両側に空間があって、左は運転士の後ろ、ここは運賃箱があるから立ちにくい。右側に立ち、細い窓から前方を眺める。電車は住宅密集地を進み、赤堀駅の先で川を渡る。コンクリートの側壁が腰の高さまであって、かなり年季が入っている。もうひとつ橋があった。鹿化川というそうだ。どちらも遠からず架け替えが必要だろうと思う。その費用を考えるとため息が出そうだ。


日永駅で八王子線が分岐

ニつの橋を渡って、日永駅に着いた。ここから八王子線が分岐している。八王子線はこの次の西日野駅が終点だ。短い支線だから、内部線と八王子線はまとめて“内部・八王子線”と呼ばれている。ちょうど八王子線の四日市行がやってきた。どちらも単線で、四日市からここまではそれぞれの方向の電車が交互に使っているようだ。

内部行はすこしずつ乗客を下ろしていき、車内はかなり空いてきた。外も暗くなっている。窓にカメラを向けてもシャッタースピードが合わないし、シャッタースピードを上げると真っ暗になる。やはり明日、また乗ろうと思う。なくなりそうな路線だから、もう一度乗ってもいい。明日が本番で、今日は予習、という気分でもあった。そうと決めたら肩の力がやっと抜けた。一眼レフカメラを鞄にしまった。


終点の内部駅手前に車庫がある

内部駅で降りた客は20人ほど。すぐに何処かへ散ってしまった。誰もが家路を急ぐ時間である。駅前の民家に「乗って残そう」というノボリが立っている。その家のガレージにクルマがない。駅前の家だからクルマが不要か、駅前にもかかわらずクルマで出かけたか。後者であれば皮肉な話である。


近鉄であることを思い出させたポスターは新型観光特急
「投資の選択」という言葉がよぎる

内部駅の改札を出て、少し歩いた。この駅には車庫が併設されている。裏手から覗いてみようと思ったけれど、民家の細い路地の向こうだ。遠慮したくなる雰囲気である。反対側に歩き、途切れた線路の向こう側に出た。こちらは大きな道路の側道だ。鉄道用地が側道に達し、電車の搬入に使えそうな作りである。鉄の門扉の隙間から電車の写真を撮ってみた。コンパクトカメラでは光量が足りない。


内部駅

駅に戻る。乗ってきた電車が待っていた。乗客はいない。遠慮なく車内を見聞すると、四日市駅側の電車の座席は一人掛けで前向きに固定されていた。内部駅側もそうだ。客室の幅が狭いから、クロスシートも一人分である。座席というより、腰掛けと呼んだほうがいい。中間車だけがロングシートであった。


帰りの電車はガラガラ

内部駅側の後向きの座席に老婆が座った。私は先頭車の前向きの席に座る。電車はこの2名の客を乗せて帰路についた。車窓はどんどん暗くなる。往路ほどの客入りではないけれど、途中駅で乗客は増えてきた。日永駅で八王子線の電車が見えた。もう暗いから、あっちは明日にする。

それに空腹である。今夜は四日市名物のトンテキを食べるつもりで、目当ての店の最寄り駅は近鉄湯の山線の沿線にある。湯の山線も明日乗る予定で、これからちょっとだけ試し乗りというわけだ。近鉄四日市駅に付き、改札を出て階段を上がって降りてまた改札に入り、エスカレーターで湯の山線のホームに向かう。標準軌の電車は大きいと思った。


近鉄湯の山線に試し乗りして伊勢松本駅


一日の終わりはトンテキ

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


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