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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第483回:幻の駅、時刻表にない列車 - 日本最長鈍行列車2429D 5 -

更新日2013/08/29


日本最長鈍行列車、2429Dが快走する。遅れを取り戻すためだろうけれど、もともと最高速度を高めに設定しているかもしれない。新狩勝トンネルから東側。根室本線と石勝線が合流したこの線路は、札幌と道東を結ぶ幹線である。都市間バスに負けないために、特急の運行本数が多い。その特急を妨げないために、鈍行列車ものんびりしていられない。

そもそも「ローカル線はのんびり」という認識は間違っている。忙しさにかまけた都会人の願望にすぎない。本当は、ローカル線こそ速く走らなくてはいけない。国道のマイカーやバスより遅いとお客にメリットがないからだ。都会はクルマが渋滞するし、交差点や信号機も多いから、クルマも遅い。だから平均時速40km程度の地下鉄や路面電車でも集客できる。しかし、ローカル線の場合は並行する道路が空いているし、最高速度も時速60kmで、もちろん守っているクルマは少ない。ローカル線は、ライバルのクルマに勝つために時速80km以上で走るべきなのだ。


大農場地帯を行く

新得の街を離れると農場が続く。その景色にホクレンの工場が割り込む。列車が減速し始めた時、黄色いディーゼル機関車が見えた。説明書きのプレートらしきものが見えるから、記念に保存しているのだろう。ここは製糖工場だ。北海道はテンサイ、砂糖大根とも呼ばれる作物から砂糖を作る。この辺りの農場でテンサイを栽培し、この工場に持ち込み、砂糖を出荷する。それが貨物列車で行われた。その名残の機関車だ。

2429Dは十勝清水駅に停車した。滝川、日高、帯広からの道が集まる要衝である。市街地も大きい。その街を出ると、また農場が広がる。テンサイか、牧草か。大きな牛舎がときどき通り過ぎる。砂糖と牛乳。きっと小麦も作っているだろうし、養鶏場もあるだろう。ケーキの材料が揃う。そういえば帯広はビスケットが名物だったような。大流行した花畑牧場の生キャラメルも十勝で作っていたはずだ。甘いものが欲しくなってきた。しかし、2429Dに乗っている限り買う機会はない。

13時13分に御影駅に到着。ここで特急列車を待ち合わせるという。それはダイヤ通りである。しかし、時刻表に書かれた発車時刻の13時16分になっても、特急列車は来なかった。さらに待ち続けて、13時24分に特急スーパーおおぞら8号が通過した。それを待ちかねた2429Dもすぐに発車する。8分遅れである。やはり特急のダイヤが乱れている。


御影駅で特急を待つ

2429Dが疾走する。遅れを取り戻そうと頑張っているようだけれど、駅に早く着いたとしても、対向列車の遅れに足を引っ張られてしまう。普段からギリギリのダイヤを組んでいるから、取り替えそうにも段取りがつかない。13時29分に信号場で対向列車を待つ。ホームのない場所で6分間も停車するという。景色はあまり変化しないから、停まっても動いても気にならない。

次の芽室駅はもともと18分も停車するダイヤである。対向列車のスーパーとかち6号を待つためだ。こちらは遅れて到着したけれど、スーパーとかちは1分遅れで到着し、客扱いをして13時45分に発車した。こちらも1分遅れで発車する。停車時間に余裕があるからこそ回復できた。芽室も広い町だ。線路は町の東端に回りこみ、そこに大成駅が作られている。


ホクレンの工場

大成駅を発車すると左手に日本甜菜製糖の工場が現れる。大成駅はこの工場と関係があって作られたかもしれない。左の車窓に線路がもう1本並んでいる。これは根室本線ではなく、沿線の工場の専用線だ。製糖工場やオイルターミナルと帯広貨物駅を結んでいた。十勝鉄道という会社が委託運行していたけれど、荷主がトラックに切り替えたため、4ヶ月前に廃線になったばかりである。


廃止された工場専用線が並ぶ

ふたつの線路は東へ真っすぐ延びている。車窓左手は工場が並び、右手は農場が広がる。線路が区画の境目になっているようだ。西帯広駅に15時53分着。5分間停車するという。もともと6分停車だから、ついにここで正常ダイヤに復帰できた。対向側の普通列車も定刻通りやってきた。走行区間の短い普通列車は定時運行である。


柏林台-帯広付近は高架で見晴らしがいい

2429Dは300km以上も走っていながら定時運行。大したものだ。帯広駅にも定時到着。停車時間は14分。私は身体をほぐすためにホームに出た。帯広駅は何度か降りたし、2年前には豚丼も食べたから、ホームに佇むだけでいい。特急のダイヤはまだ乱れているようで、スーパーとかち8号は22分遅れとアナウンスされている。札幌からの到着列車が遅れているためだ。大きな荷物を足元において列車を待つ人々がいる。

スーパーとかちは帯広で折り返す。さらに東へ向かう2429Dには関係なく、こちらは定刻に発車した。東へ行くほど運行本数は少ない。ダイヤ回復も容易かもしれない……と思ったら甘かった。幕別で待ち合わせ予定のスーパーおおぞら10号がこない。待たされて14時51分の発車。5分遅れとなった。幕別では登山装備の人々が降りていく。十勝平野の駅である。ここから登る山はどれだろう。それとも帰ってきたのだろうか。


いかにも北海道らしい、じゃがいも貯蔵庫

十勝川を渡り、2429Dはゴールへとひた走る。特急の待ち合わせで引っかかったものの、この先は列車交換も少なく、スピードを上げて挽回できそうだ。池田駅に到着。かつての池北線、のちに北海道ちほく高原鉄道となって廃止された路線があった。私は池北線時代に訪れている。沿線には松山千春さんの生地、足寄があって、ファンでもないのに彼の生家を見に行った思い出がある。それから何度か根室本線に乗ったけれど、池田駅をじっくり眺める機会がなかった。


十勝川を渡る


懐かしの池田駅

列車は南東方向へ進んでいる。さっき渡った十勝川に並行するルートだ。川は見えないけれど、そのかわり国道が寄り添った。クルマも速いが、僅かに2429Dが上回り追い越していく。いいぞ、こうでなくちゃと思う。列車のほうが速い。クルマを選んだことを後悔させてやれ。そんなふうにライバルのクルマを見ていると、ワイパーを動かしている。列車では気づかないけれど、雨が降りだしたようだ。たちまち空に雲が広がり、開けた窓から水滴が舞い込んできた。洗濯物を取り込む家が見えた。


十弗駅は、10ドルと読ませるらしい

浦幌着。疾走のかいがあって遅れを取り戻した。釧路発帯広行きの普通列車と交換する。あちらは1両単行であった。次の停車駅は時刻表では上厚内となっているけれど、線路が分岐して、駅に停まった。いや、駅だった場所というべきか。使われていないホームに常豊という駅名標があり、線路の反対側の詰所に常豊信号場という看板がかかっている。待ち合わせのため6分ほど停まるという。

さっきの普通列車のあとはしばらく列車は来ないはずだと思っていたら、前方に光点が見えた。ヘッドライトだ。光の点は三つに分散して近づいてくる。赤い車体は機関車で、ライトは4灯。運転席の上のライトが2灯式で一つに見えていた。なるほど、貨物列車なら時刻表に書いていないわけだ。時刻表にない駅と、時刻表にない列車。ちょっとしたミステリー体験であった。


かつて駅だった信号場で貨物列車に遭遇

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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http://www.a-train9.jp/professional/


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杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





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