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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第485回:美女平ふたたび - 立山黒部アルペンルート 1 -

更新日2013/09/12


立山黒部アルペンルートは、富山県富山市と長野県大町市を結ぶ長大な観光ルートである。風光明媚な立山連峰を望み、黒部ダム建設ルートを再利用する。ルート上には富山地方鉄道の電車、2本のケーブルカー路線、2本のトロリーバス路線がある。日本を代表する観光地で、景色は良く間違いのない旅となろう。しかし、地鉄電車のほかは、法的に鉄道とは言うけれど、あんまり鉄道らしくない。だからなんとなく後回しにしていた。

きっかけは、仕事上の打ち合わせの席だった。「黒部のトロリーバスがなくなるかもしれない」という噂を聞いた。老朽化のため、蓄電池式に切り替えるという。トロリーバスとしての運行は今年限り。これは初耳だった。毎日、鉄道関連の報道やプレスリリースをチェックしているけれど、気配すら感じられない。しかし、鉄道関連とはいえ、社会からはバスとみられるだろうし、運営は関西電力である。鉄道の情報網からすり抜けた可能性はある。実は、結果としてこの情報は噂に過ぎなかった。しかし、この話を聞いた当時の私は慌てた。


夜行バスで早朝に富山着

トロリーバスは鉄道事業法による鉄道路線である。線路はないけれど、専用軌道、専用設備を持って他人を輸送し利を得る事業は鉄道という扱いだ。トロリーバスがバッテリーバスになったらどうなるか。運行区間が変わらないなら鉄道のままだろう。専用軌道を走るからだ。しかし、バッテリーバスとなって架線なしで済むなら、運行ルートを拡大し、公道に進出するかもしれない。鉄道ではなく、専用道路を経由するバスになるかもしれない。そんな妄想にとらわれて落ち着かなくなった。

しかし多忙である。ゲーム攻略本の大詰めを迎えている。タイミングが掴めない。紅葉の時期がベストだけど、どうも終わってしまいそうだ。それどころか、立山黒部アルペンルートは冬季休業である。今シーズンの終わりが近づいている。なんとか一日を作って、夜行日帰り、強行軍の行程表を作った。私の仕事を待つ人がいる。行き先が観光地だけに後ろめたい。


富山駅は北陸新幹線開業に向けて工事中

10月31日。品川駅を22時35分発のツアーバスに乗った。ウィラートラベル5323便。シートは3列のリラックスワイド。このシートはバスの前方の8席だけ。その後ろは4列のリラックスタイプとなっている。この路線と、このシートは半年ぶり二度目である。前回は春で、高山本線に乗る旅だった。今回は秋。富山の気温は前回と同じくらいだろうか。二度目の路線となると珍しさもなく、コンビニで買ったカクテルを飲んで眠る。雨が窓を叩く音が聞こえた。

有磯海SAの休憩到着で目が覚める。前回と同じく売店は24時間営業。トイレの帰りに寄る。半年前の愛想の良い店員はいなかった。再びまどろみ、富山市街に入って目覚めた。富山駅北口に05時50分着。定刻より20分も早い。しかし乗ってくるお客はいないから、そのまま定刻より早く次の目的地へ走っていった。

相変わらず富山駅北口は閉じている。富山地方鉄道は南口だから、地下道でくぐり抜けた。次の立山行きは06時27分発である。朝食を買おうと何度も行ったコンビニへ。富山はすでに馴染みの町であった。肌寒いから肉まんが欲しかったけれど、提供開始は06時30分からという。スナック菓子を買って駅に戻る。温かい飲み物は自販機で調達する。


富山地鉄オリジナル車両で立山へ
隣はもと京阪電鉄の車両

立山黒部アルペンルートは夏が本番で、いまは余韻の時期。紅葉シーズンを過ぎて運行最終日までお客が減ると見えて、各経路の乗り物が20%引きというキャンペーン中だ。ネットから割引用のチラシをダウンロードして印刷しておいた。その一部が割引きっぷ申込書になっている。窓口で渡すと、初老の職員が手書きの乗車券を作ってくれた。割引の上に手間が増えて、申し訳ない気がする。

立山行き列車は富山地方鉄道生え抜きの14760形。二人がけクロスシートに座り、缶コーヒーを空ける。富山地方鉄道は昨年(2011年)の冬に公開された映画『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の舞台となった。この電車は映画のクライマックスシーンとなった地点を通る。2010年に私が乗った時、猿が出没した辺りである。2年前の旅の記憶と、1年前に見た映画の場面を思い出しながら、雨の車窓を眺める。


映画と前回の旅の風景を回想しつつ……

富山地方鉄道は映画をきっかけに観光列車を強化。元西武鉄道のレッドアロー号水戸岡鋭治氏デザインで改造し、アルプスエキスプレスとして運行している。しかし今日は運休と窓口に掲げられていた。シーズンオフが山から里にまで浸透しているようである。

立山駅も雨だった。2年前はゲーブルカーのりばへの通路を間違えそうになった。今回は最短経路でロビー階へ。そこから階段を降りて外へ。ロータリーの路面は濡れていた。しかし見上げば青空もある。主な目的はトンネル内を走るトロリーバスだけど、アルペンルート全区間を通過するなら、良い景色が見たいものだ。


シーズンオフのケーブルカーに乗って

案内所へ行き、チラシの半券を渡して、残りの区間のきっぷを買う。割引の上に、絵葉書を1枚くれた。男ひとり、野暮ったい格好で現れても観光客だと思っていただけたようだ。最近は「おひとりさま」と言って、レストランやホテル、旅館も一人客を歓迎しているという。家族旅行が減っているらしい。

立山から美女平へのケーブルカーも今回が二度目の訪問だ。前回はかなり込んでいたけれど、今回は出発前の改札口に並ぶ人が少ない。私を含めて数人だけ。おかげで先を急かされることもなく車両を観察できた。勾配の下側に貨車を連結した珍しいケーブルカーである。積み荷がない日も貨車はつないだまま。斜めに立てかけた板のようだ。


紅葉がまだ残っていた

前回の経験から、景色の良い右側に座る。もっとも空いているから両側の景色が見える。左側のみどころは材木石で、直方体の石が立ち並ぶ。その解説を聴きつつ、右側を見下ろす。細い線路。前回は何だろうと思っていた。これは砂防用作業車の線路で、ふだんは人を乗せない。立山カルデラ砂防博物館の見学会に参加すれば乗れる。要予約制。いつか必ず乗りたい。立山駅訪問の3回目は北陸新幹線開通がきっかけになるだろう。

車窓の視界を楽しむ。二つのトンネルを抜けても景色が良い。天候は回復に向かっているようだ。前回は霧に包まれて視界ゼロだった美女平駅も、快晴ではないけれど青空の下である。そして、シーズンオフとはいえ紅葉が残っていた。今年は夏が長く、紅葉が長続きしているらしい。真っ赤なモミジはないけれど、秋らしい良い景色である。シーズンを外して期待していなかっただけに、奇跡のような眺望であった。


美女平駅の展望階から (クリックで拡大)

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
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http://www.a-train9.jp/professional/


『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





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杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


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