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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第452回:電車寝台で西へ - サンライズ出雲 1 -

更新日2012/12/28


2012年8月26日。日曜日の夜の東京駅は閑散としていた。暑さが少し和らいだ22時。寝台特急『サンライズ出雲』は発車した。通勤電車で見慣れた夜景を、個室寝台シングルデラックスから眺める。足を伸ばし、缶チューハイを開ける。外は日常、窓ガラスを隔てたこの部屋は旅の空間だ。翌朝は中国山地。まだ見ぬ車窓に思いを馳せる。


旅立ちの東京駅。日曜の夜は静かだ

旅への期待が高まっていくけれど、自宅の最寄りの大森駅を通過する時に少し心が痛む。母を呼び、犬のお守りをしてもらっている。汽車旅に犬を連れていけたらいいと思うけれど、ずっとカゴの中に入れて置いてはストレスが溜まり可哀想である。仕方ないとはいえ、犬にも母にも済まないと思う。旅に出る時はいつもこの葛藤があって、今回は多摩川を渡る頃、やっと旅気分に復帰した。


サンライズで出発

2012年の夏は、私にとって未乗路線に廃止予定もなく、波風の立たない時期となった。近畿日本鉄道が近鉄内部線と八王子線のバス転換を地元に打診していて気になるところだけど、そこに行くなら、近くの三岐鉄道も乗りたい。しかし、三岐鉄道三岐線は6月に脱線事故を起こし、末端区間が不通になってしまった。そこで復旧を待ちつつ、沿線の貨物鉄道博物館の開館日に絡めようと思った。貨物鉄道博物館は月に一度の開館で調整が難しい。

急いで行くべき路線がない。これはチャンスだ。行きたかった路線に行こう。まず思い浮かべた地域は山陰である。私の鉄道乗りつぶし地図の空白地帯だ。山陰本線の西側、陰陽連絡のローカル線群に乗りたい。山陰へ行きたい理由がもうひとつある。世界最大の砂時計を見たい。いつだかのバラマキ政策で与えられた1億円で、島根県大田市は世界最大の砂時計を作った。馬鹿馬鹿しい話だと思っていたら、ドラマの舞台になって盛り上がったという。


品川駅。都内の夜景を個室寝台で眺める

東京から出雲へ行くとなれば、サンライズ出雲に乗ってみたかった。今や東京発の寝台列車はサンライズ出雲・瀬戸だけになってしまった。ブルートレインブーム世代としては寂しい限りである。そもそも寝台列車自体が少なくなってしまった。他には北斗星・あけぼの・カシオペア・トワイライトエクスプレス・きたぐに・はまなす。このうち、きたぐにとサンライズには乗っていない。今回は念願かなって嬉しくて、B個室『ソロ』より1ランク上の『シングル』を奮発した。奮発といっても1,000円ほどの差である。A個室を使う贅沢な身分ではない。


ソロよりちょっとだけ広いシングル

22時23分。横浜駅に1分停車。車体が静止している間がチャンス。私はベッドにきっぷを並べて写真を撮った。横浜駅からはどのくらいの人が乗ったのだろう。個室では外の様子がわからない。でも、車掌の放送では、「今夜は満席」と言っていた。そういえば東京駅のホームでは若い女性のグループをいくつか見かけた。女性誌で紹介される機会もあるだろうか。ともあれ、サンライズは人気列車だ。

横浜駅を発車して、相模鉄道の線路が離れ、闇に吸い込まれていく。検札があり、車掌さんからシャワーカードとタオルセットを買った。車窓が暗くなっている。震災と節電の影響だろうか。都内も品川を出ると灯りが減る。川崎も少し賑やかに見えただけだ。この先、暗くて車窓の見所はない。ブルートレインブームの頃は、16時に長崎行きのさくらがあり、17時に西鹿児島行きのはやぶさ、18時に西鹿児島行きの富士があった。明るいうちに東京駅を立つ列車に乗れば、東海道も表情があった。帰宅ラッシュの暑苦しさや夕餉の香りが車窓に漂ってきそうだった。22時からの東海道線はどこか退屈である。


木のぬくもりを感じる室内。
簡易なテーブルと電源がある

サンライズで出雲へ。そんなコースを思い描いて、しかし機会が見つからないうちに、残念なことになった。周遊きっぷから山陰ゾーンが廃止されてしまった。往復の乗車券が2割引き、現地エリアは乗り放題で特急自由席も乗車可能。そんな素晴らしいきっぷだけと、利用者が少なく、ルールが煩雑で窓口では扱いにくいきっぷであろう。

今のきっぷは発行する度にプリンターで印刷するから、発行コストがかかるわけではない。やはり売りづらいきっぷだからだ。JR東日本だけかもしれないけれど、今やみどりの窓口も派遣社員が座っており、昔のような規則に精通した熟練担当者は減っている。簡素なきっぷに揃えれば、マニュアルも教育も簡便で済む。

そんな事情も察しが付くけれど、他に魅力的なきっぷがないという状況は悲しい。サンライズにこだわらなければ、事前割引の安い航空券を買って、安いビジネスホテルに泊まったほうが幸せかもしれなかった。そんなことを想起させられる事態も嘆かわしい。サンライズの旅も今回限りだろうか。


暗い車窓に浮かび上がるホーム

さて、今回の旅のルートを検討したところ、東京との往復以外は各駅停車ばかり。各駅停車に乗り続けるなら青春18きっぷである。青春18きっぷの時期に旅するべきである。だから8月の旅となった。

青春18きっぷの旅はもうやめよう。いままで何度も決心した。この春の高山の旅で、各駅停車の長距離移動、とくに東海道線を乗り継ぐ帰路に疲れたし飽きた。もう青春18きっぷは使わないだろうな、と思ったけれど、結局、この夏も買ってしまった。目的地の列車が各駅停車ばかりになり、他の企画乗車券がないとなると、やはり青春18きっぷの方が使いやすい。

シャワーカードとタオルセットを持って、他の車両を見物しつつシャワールームへ。先客は予想通り。ミニロビーで待っていたけれど、ここにいる人たちもシャワーを待っているようだ。さすがは満席のサンライズである。もう少し遅くなってからでもいいな、と自室に戻る。エアコンのおかげで汗は引いていた。使い捨てのフェイスタオルで身体を拭くだけでもさっぱりした。

真っ暗な窓を眺めつつ横になったら眠ってしまい、シャワーカードを使う機会はなかった。乗車記念に持ち帰ろう。いや、帰りもサンライズに乗るから、その時に使えるかもしれない。


使わなかったシャワーカードとタオルセット

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■鉄道ニュース(レポーター)
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ライフ>> 「鉄道」
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■著書

『A列車で行こう9 Version2.0 プロフェッショナル 公式ガイドブック』 杉山淳一著(株式会社(エンターブレイン)

http://www.a-train9.jp/professional/


『A列車で行こう9 公式エキスパートガイドブック』
杉山 淳一著(株式会社エンターブレイン)





『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)





『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


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