第454回:分水嶺から伯耆大山へ - サンライズ出雲 3 -
砂鉄のふるさと新見を発車したサンライズ出雲は、左へほぼ90度転進する。倉敷からずっと連れ添っていた高梁川とお別れだ。おもむろにトンネルに入り、外に出ると鉄橋で西川を渡る。この川は高梁川の支流で、この鉄橋の南に河本ダムがあり、その放水路の先で高梁川に注ぐ。伯備線はひと山越えて、隣の川沿いを進んでいくという格好だ。
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トンネルを超えて西川に沿う
伯備線のルートを地図で見ると、西川に沿って北上し、約20km先で東に向きを変え、また20kmほどで北に向かう。新見から高梁川を北上するルートに比べると、かなり大回りだ。その高梁川沿いルートには国道180号が通じている。中国山地の地形は険しく、蒸気機関車時代の経路選択の苦労を伺わせる。あるいはこちらの沿線に鉱山があり、鉄道を必要としていたか。
列車は布原駅を通過した。この布原は伯備線にあるが、伯備線は普通列車も通過し、乗り入れてくる芸備線のみ停車する。車と交換する。布原駅はもともと信号場であった。次の備中神代から芸備線の列車が乗り入れるため、この区間だけ列車の運行本数が増える。そのためのすれ違い設備だ。付近に人家があったから駅に格上げされたが、乗降客が少ない。だから芸備線直通列車だけ停車させている。布原から北へ向かう人はいったん新見に行き、折り返し列車に乗り換える必要がある。面倒だけど、そういう需要も少ないのだろう。
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貨物列車も伯備線を通る
その芸備線との分岐点、備中神代でコンテナ貨物列車とすれ違った。さすがは陰陽連絡の動脈である。長大な貨物列車を通わせるなら、やはり蒸気機関車時代の勾配が望ましいかもしれない。もっとも、陰陽連絡にとって、伯備線の迂回ルートと山間の狭隘がよろしくない。そこで伯備線は高速化のための線路付け替えが要所で行われたという。
備中神代の通過から10分ほど過ぎた頃、車内放送が分水嶺の通過を紹介した。ここから先はいよいよ山陰というわけだ。列車は谷田峠のトンネルに入った。ここが岡山県と鳥取県の境である。ベッドに横たわり、目を閉じる。下り坂に変わったと気配でわかった。
トンネルを出ると、山間の僅かな土地に畑が造られ、民家が点在する。ときどき渡る鉄橋は岩見川で、流れは北へ向かう。細い谷間がずっと続き、トンネルも多いけれど、これでも高梁川沿いのルートよりこちらのほうが鉄道建設に向いたのだろうか。
08時11分。上石見駅に停車。すれ違いのための停車である。長く待たずに特急やくも6号が通り過ぎた。伯備線は陰陽連絡に徹底したダイヤが組まれているのだろう。上石見の駅前には民家があるけれど、停車する列車は1日に上下8本ずつしかない。
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やくもとは4回すれ違った
しばらくは見慣れた谷の行路。石見川が現れたり隠れたりする。谷間を川と線路と道路が絡まり、ほつれることはない。生山駅で東に向きを変えても同じ。寝っ転がって空を見あげれば、空は減って青空が広がっていく。雲を留める山、中国山地の尾根は遠くなっている。
08時28分。黒板駅で普通列車と交換した。分水嶺を越えてから初めて普通列車を見た。08時41分の江尾駅でやくも8号とすれ違う。倉敷から数えて4本目のやくもである。2回個室からやくもの運転台が見えた。女性の運転士であった。キリッとした横顔である。たぶん正面から見ても美人だろうと思う。
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谷を駆け下りる
ベッドに寝そべった身体、その足元から左へ向きを変えていく。サンライズ出雲は迂回を終えてふたたび北へ向かっている。周囲の山がどんどん低くなり、頭上は青空だけになった。むくりと起き上がり車窓に向き合う。通過した駅は伯耆溝口。伯耆の文字を見て、そろそろこの沿線のハイライト、大山を探したくなった。
まだそれらしき山は姿を見せない。しかし、伯備線と山陰本線が合流する駅は伯耆大山、そのものズバリな駅名である。地図を見るとかなり離れているけれど、中国地方の最高峰である。名前のついた駅から見えないはずはないだろう。
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あれが大山だろうか……
遠くの山並みの向こうで雲を寄せ集める山が見えた。あれが大山だろうか。頂きが見えないからはっきりとしない。それでも、たぶんあれだろうと見つめ続ける。伯耆大山は三角柱を倒したような形をしており、角度によって姿が変わる。山陰本線側から見ると尖らない。伯備線側から見れば伯耆富士と呼ばれる孤高の山に見えるらしい。
山陰本線側からの大山は、6年前の春に客車寝台特急の「出雲」の車中から見えたはずであった。しかし山らしい姿ではなかったせいか、記憶に残っていない。だからこそ、今回はその姿を見届けたい。
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もうすぐ伯耆大山駅
-…つづく
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