第469回:安くて長くて硬い座席 - 山陽東海道夜行1 -
帰宅ラッシュの呉線の電車に紛れ込み、広島着は18時49分。ここから帰り道となる。新幹線のぞみ号の東京行き最終は19時57分発で、これに乗ると23時38分に品川に着く。1時間あれば食事ができて、帰りは3時間ちょっとの居眠りタイム。それもいいけれど、もっと楽しくて安い選択をした。青春18きっぷの効力をフルに使って、各駅停車で倉敷へ。そこから東京行きのサンライズ出雲に乗り継ぐ。
サンライズのノビノビ座席は寝台料金不要。在来線の特急券と乗車券で乗れる。倉敷から東京までは1万4,050円。広島からのぞみで帰ると1万8,560円だから、ノビノビ座席のほうが4,500円も安い。ただし所要時間は6時間半も多い。東京着は07時08分。夜中に帰って自宅の布団で寝るか、夜行で帰って1日を始めるか。どちらがいいかはノビノビ座席の寝心地にかかっている。それを試してみたかった。
呉線を完乗し、明るいうちに広島駅着
サンライズに間に合わせるためには、19時10分発の糸崎行き普通列車に乗らねばならぬ。約20分後である。夕食の駅弁を調達し、土産物屋も覗きたい。新幹線よりのんびり行く行程だが、ここだけは慌ただしい。夕暮れの広島駅の跨線橋を渡ると、眼下に上り貨物列車が通り過ぎた。あれに乗れたら、東京着は何時頃だろうか。いや、東京行きではなく、大阪止まりかも知れない。コンテナ車の荷台が空いていた。
魚介が苦手の私にとって、広島駅の駅弁の選択肢は少なかった。肉類の駅弁もあっただろうけれど、たぶん田舎から帰るこどもたちに売れてしまったのだろう。8月の末、夏休みも終わりである。活あなごめしを買った。魚介は苦手ながら、魚類は焼けば食べられる。鰻や穴子は醤油味が濃いから臭みがなく、むしろ好物であった。ややこしい偏食だと自覚している。
通勤電車で駅弁の夕食
広島からの電車は混雑しており、駅弁どころではなかった。次の電車まで御預けかと思ったら、セノハチまでにほとんどのお客さんが降りていった。ガラガラに空いているとはいえない。それでもクロスシートにひとりで座れたし、お腹はもっと空いていた。かき込むように駅弁を食べる。たいていの駅弁は10分以内で食べられる。高校時代は昼休みに遊びたくて、その前の10分の休み時間に弁当を食べたものだった。
糸崎まで行かずに三原で降りて、三原始発の瀬戸行きに乗り継ぐ。倉敷着は21時59分。サンライズ出雲は22時13分発で、ちょうどいい接続だった。これで東京着は通勤時間帯の前だから便利な列車だ。サンライズというと山陰や四国へ行く列車というイメージだが、実は山陽方面に便利な列車である。下りの朝は姫路まで通過してしまうけれど、上りの夜は大阪からも乗れる。
今日ふたたびの三原駅。各駅停車を乗り継ぐ
5号車のノビノビ座席はほぼ満席だ。私の指定席は7番のD、上段の隅である。ノビノビ座席は頭の部分しか仕切りがない。両側に気を使いたくないので、窓口で壁際を指定しておいた。ありがたいことに上段である。下段は轍の音や通路からの足音が気になるという。飲んで寝てしまえば解決できそうではあるが。
隣のお客さんは静かに横になっており、私もそうするしかない。専有面積はB寝台よりちょっと長く、狭い気がする。そして荷物の置きどころがない。足元に置けば通路から持っていかれそうだし、頭に置けば、自分の頭が仕切りの位置から下がってしまう。貴重品をちいさな肩掛けに移して頭の横に、鞄を腰の下あたりに置いた。
倉敷からサンライズ出雲で東京へ
海外旅行に比べると国内旅行の盗難件数は少ないというけれど、車掌は貴重品に注意せよという。昔から寝台車専門のスリがいて、ちゃんと切符を買って乗っている。そこかしこの財布から数枚抜けば元が取れるわけで、相手は寝ている。通勤電車よりも仕事をしやすいらしい。
そんなわけで、鞄を壁際に置き、足が隣の区画に入らないように身体をくの字にしている。しかしこの状態は座席より窮屈ではないか。座面は固く、背中が痛くなってきた。正直なところ、私は後悔しつつあった。
これに似たような座席で、青森と札幌を結ぶ急行はまなすにカーペットカーがある。あれは古い客車だけどよく眠れた。いま思えば、あの時は冬だから電気カーペットが敷いてあり、厚着でもあった。
デザインは良い。床は固い
サンライズは東京山陽間の旅に便利なダイヤである。しかし寝台料金は距離に関係なく均一だから、数時間の乗車では割高な気がする。だからノビノビ座席は良いシステムだ。ただし、サンライズのノビノビ座席に乗るなら、クッションになるものを持参したほうが良さそうだ。
そうはいっても、旅先で毛布や寝袋を持ち歩きたくはない。ヨガマットが合いそうな面積だが、あれもかさばる。ふと、私は一人用の小型テントに敷く空気マットを思い出した。バイクツーリング向けのキャンプ用品で、使う時だけ空気を入れる。空気を抜けば薄っぺらくなる。一度使ったきり、テントと合わせて靴箱に入れっぱなし。そうだ、次に乗る時はあれを持参しよう。
-…つづく
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