のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第469回:安くて長くて硬い座席 - 山陽東海道夜行1 -

更新日2013/05/02


帰宅ラッシュの呉線の電車に紛れ込み、広島着は18時49分。ここから帰り道となる。新幹線のぞみ号の東京行き最終は19時57分発で、これに乗ると23時38分に品川に着く。1時間あれば食事ができて、帰りは3時間ちょっとの居眠りタイム。それもいいけれど、もっと楽しくて安い選択をした。青春18きっぷの効力をフルに使って、各駅停車で倉敷へ。そこから東京行きのサンライズ出雲に乗り継ぐ。

サンライズのノビノビ座席は寝台料金不要。在来線の特急券と乗車券で乗れる。倉敷から東京までは1万4,050円。広島からのぞみで帰ると1万8,560円だから、ノビノビ座席のほうが4,500円も安い。ただし所要時間は6時間半も多い。東京着は07時08分。夜中に帰って自宅の布団で寝るか、夜行で帰って1日を始めるか。どちらがいいかはノビノビ座席の寝心地にかかっている。それを試してみたかった。


呉線を完乗し、明るいうちに広島駅着

サンライズに間に合わせるためには、19時10分発の糸崎行き普通列車に乗らねばならぬ。約20分後である。夕食の駅弁を調達し、土産物屋も覗きたい。新幹線よりのんびり行く行程だが、ここだけは慌ただしい。夕暮れの広島駅の跨線橋を渡ると、眼下に上り貨物列車が通り過ぎた。あれに乗れたら、東京着は何時頃だろうか。いや、東京行きではなく、大阪止まりかも知れない。コンテナ車の荷台が空いていた。

魚介が苦手の私にとって、広島駅の駅弁の選択肢は少なかった。肉類の駅弁もあっただろうけれど、たぶん田舎から帰るこどもたちに売れてしまったのだろう。8月の末、夏休みも終わりである。活あなごめしを買った。魚介は苦手ながら、魚類は焼けば食べられる。鰻や穴子は醤油味が濃いから臭みがなく、むしろ好物であった。ややこしい偏食だと自覚している。


通勤電車で駅弁の夕食

広島からの電車は混雑しており、駅弁どころではなかった。次の電車まで御預けかと思ったら、セノハチまでにほとんどのお客さんが降りていった。ガラガラに空いているとはいえない。それでもクロスシートにひとりで座れたし、お腹はもっと空いていた。かき込むように駅弁を食べる。たいていの駅弁は10分以内で食べられる。高校時代は昼休みに遊びたくて、その前の10分の休み時間に弁当を食べたものだった。

糸崎まで行かずに三原で降りて、三原始発の瀬戸行きに乗り継ぐ。倉敷着は21時59分。サンライズ出雲は22時13分発で、ちょうどいい接続だった。これで東京着は通勤時間帯の前だから便利な列車だ。サンライズというと山陰や四国へ行く列車というイメージだが、実は山陽方面に便利な列車である。下りの朝は姫路まで通過してしまうけれど、上りの夜は大阪からも乗れる。


今日ふたたびの三原駅。各駅停車を乗り継ぐ

5号車のノビノビ座席はほぼ満席だ。私の指定席は7番のD、上段の隅である。ノビノビ座席は頭の部分しか仕切りがない。両側に気を使いたくないので、窓口で壁際を指定しておいた。ありがたいことに上段である。下段は轍の音や通路からの足音が気になるという。飲んで寝てしまえば解決できそうではあるが。

隣のお客さんは静かに横になっており、私もそうするしかない。専有面積はB寝台よりちょっと長く、狭い気がする。そして荷物の置きどころがない。足元に置けば通路から持っていかれそうだし、頭に置けば、自分の頭が仕切りの位置から下がってしまう。貴重品をちいさな肩掛けに移して頭の横に、鞄を腰の下あたりに置いた。


倉敷からサンライズ出雲で東京へ

海外旅行に比べると国内旅行の盗難件数は少ないというけれど、車掌は貴重品に注意せよという。昔から寝台車専門のスリがいて、ちゃんと切符を買って乗っている。そこかしこの財布から数枚抜けば元が取れるわけで、相手は寝ている。通勤電車よりも仕事をしやすいらしい。

そんなわけで、鞄を壁際に置き、足が隣の区画に入らないように身体をくの字にしている。しかしこの状態は座席より窮屈ではないか。座面は固く、背中が痛くなってきた。正直なところ、私は後悔しつつあった。

これに似たような座席で、青森と札幌を結ぶ急行はまなすにカーペットカーがある。あれは古い客車だけどよく眠れた。いま思えば、あの時は冬だから電気カーペットが敷いてあり、厚着でもあった。


デザインは良い。床は固い

サンライズは東京山陽間の旅に便利なダイヤである。しかし寝台料金は距離に関係なく均一だから、数時間の乗車では割高な気がする。だからノビノビ座席は良いシステムだ。ただし、サンライズのノビノビ座席に乗るなら、クッションになるものを持参したほうが良さそうだ。

そうはいっても、旅先で毛布や寝袋を持ち歩きたくはない。ヨガマットが合いそうな面積だが、あれもかさばる。ふと、私は一人用の小型テントに敷く空気マットを思い出した。バイクツーリング向けのキャンプ用品で、使う時だけ空気を入れる。空気を抜けば薄っぺらくなる。一度使ったきり、テントと合わせて靴箱に入れっぱなし。そうだ、次に乗る時はあれを持参しよう。

-…つづく

第469回の行程地図

より大きな地図で のらり 新汽車旅日記 469 を表示

 

 

このコラムの感想を書く

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで

第451回:絶景と信号場
- 高山本線 高山~岐阜 -

第452回:電車寝台で西へ
- サンライズ出雲 1 -

第453回:ベッドで初乗り伯備線
- サンライズ出雲 2 -

第454回:分水嶺から伯耆大山へ
- サンライズ出雲 3 -

第455回:12時間の旅の終わり
- サンライズ出雲4 -

第456回:車庫を眺めてロケ地訪問
- 山陰本線 出雲市~波根 -

第457回:贅沢な時間
- 山陰本線 波根~仁万 -

第458回:落ちる砂、鳴く砂
- 山陰本線 仁万~馬路 -

第459回:万葉の街、恐竜の橋
- 山陰本線 馬路~浜田 -

第460回:薄暮の海と謎の塔
- 山陰本線 浜田~益田 -

第461回:鈍足列車から日の出
- 三江線 江津~川戸 -

第462回:50年のモーダルシフト
- 三江線 川戸~浜原 -

第463回:後悔あとに去らず
- 三江線 浜原~三次 -

第464回:あいまいな分水嶺
- 芸備線 三次~広島 -

第465回:片道5分の宇宙
- スカイレールサービスみどり坂線 -

第466回:電車でスイスイ、セノハチ超え
- 山陽本線 瀬野~三原 -

第467回:瀬戸内造船ライン
- 呉線 三原~呉 -

第468回:戦艦大和と呉市電
- 呉線 呉~海田市 -


■更新予定日:毎週木曜日