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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第486回:雪と紅葉の境目 - 立山黒部アルペンルート 2 -

更新日2013/09/21


夜明けのバスから美女平までスムーズに乗り継いだ。日程表を確認したら1時間ほど早い。夜行バスが早着したおかげで、富山地方鉄道の電車が繰り上がっている。幸先の良いスタートだ。その時間をどこかで使おう。

ケーブルカーの美女平駅とトロリーバスの室堂駅の間はバスが連絡している。いくつか停留所がある中で、3カ所だけ途中下車が許されている。当初の予定は弥陀ヶ原で降りるつもりだった。でも時間があるならもうひとつ立ち寄れる。案内所に戻り、弘法と天狗平のどちらがオススメか訊いてみた。しかし、途中下車は1回しかできないという。1回の途中下車を3ヵ所から選べるという制度だった。


美女平バス停から。右の道をバスが進む

ケーブルカーが空いていた理由は早朝だからで、その少ない乗客たちが乗り継ぐバスも空いている。08時05分発のバスは車体にハイブリッドと書いてある。環境に配慮して、ディーゼルエンジンからハイブリッド車へ交代しているそうだ。私は数人の列の先頭でバスを待っていた。乗り込むと乗車口のすぐ後ろ、左側の最前列に座る。バスの前面窓ガラスは大きいから、これでパノラマを楽しめる。


紅葉のパレードが始まった

停留所の正面に林があり、針葉樹と広葉樹を寄せ植えた庭園のようだ。その中央から道が続いていく。紅葉で作られた門のようである。バスを待っている間、この道を歩いてみたいなあと思って眺めていた。室堂行きのバスはその道を入っていく。これは嬉しい。沿道はずっと紅葉の林の中である。


色合いがめまぐるしく変わっていく

アルペンルートの紅葉は黄色が多いとどこかに書いてあったけど、この辺りはまだ赤色の葉もある。赤と黄色。樹木ごとに色合いが異なり立体感がある。その背景には濃い緑色の針葉樹だ。三色それぞれのグラデーション。道が曲がりくねっているから、次々と異なる紅葉のパターンが現れては消えていく。シーズンオフどころか、眠気も吹っ飛ぶ大当たりだ。

やがてバスは急カーブの途中で停まった。音声ガイドによると、ここから称名滝が見えるという。前回、富山地方鉄道を完乗した時に、立山駅から見物しに行こうとした紅葉の名所だ。バスの便がなく、タクシーだと待たされる上に高額と聞いて諦めた。その称名滝を、かなり遠くからとはいえ見られた。これも幸運である。


称名滝で一時停車

三色の紅葉の間をほとばしる真っ白な筋。間近で見たら迫力があるだろうけれど、この風景も素晴らしい。バスは滝に正面を向けて停車した。私は前面の大きなガラス越しに見た。その後、バスのすべての乗客に見せるため、バスは展開しつつ小刻みに停まった。私の後ろのほうで喜びの声が上がり、さらにバスの後ろの席へと波及していく。


望遠レンズで見た称名滝

08時35分。弥陀ヶ原停留所に到着。晴れているけれど、辺りは雪が積もっていた。待ち受けていた係員に、次のバスで先に進むと伝えた。係員は台帳なにやら記入し、次のバスはちょうど1時間後だと教えてくれた。承前である。


高度が上がると景色も荒涼としてくる

停留所の周り、道路を挟んでホテルが建っている。この景色を見ながら、ラウンジでモーニングコーヒーを飲むというアイデアも魅力的だ。しかし私の目的地はカルデラ展望台である。バス停留所からカルデラ展望台を散策するコースは、立山黒部アルペンルートの公式サイトで紹介されていた。行きは上り道で20分。帰りは15分とあった。つまり、展望台で20分くらいは滞在できそうだ。

バス停の係員に入り口を訪ねると意外そうな顔をする。雪だからもっと時間が掛かるし、辿りつけないかもしれない、という。時間切れになったら引き返すよと言うとホッとした様子で、道路の反対側を指さした。どちらにしても、ここで1時間を使う用途はカルデラ展望台しかない。もし道が険しくても、日程としては1時間の貯金がある。


弥陀ヶ原に到着

ところが、展望台へ行く道がわからない。矢印のついた看板があっても良さそうではないか。近くに建物があるから、そこで教えてもらおうと思ったけれど、玄関の扉は開くものの声をかけても誰も出てこない。国民宿舎らしいけれど、朝食の準備で忙しい時間かもしれない。

数分が過ぎていた。展望台の滞在時間が減っていく。もう一度、バス停の係員氏に聞いてみようと思って数歩歩くと、真っ白で小さな看板が建っている。もしかしたら、と思って雪を払ってみたら矢印が出てきた。その先を見れば、なんとなく道らしき斜面がある。よく見れば小さな足跡も。猫や犬ではなさそうだ。タヌキかキツネか、いずれにしても獣道だ。


カルデラ展望台への道

動物の足跡をたどるように、一歩また一歩と雪を踏みしめて歩く。紅葉が終わった頃とは思っていたけれど、まさか雪道を歩くとは思わなかった。つまり私はスニーカーである。次第に足の甲の雪が溶けて靴の中に入ってくるだろう。しかし後戻りも悔しい。小さな枝をくぐり、雪の下の段差に足をぐらつかせつつ、ひたすら歩いた。

枝に当たらないように、斜面を崩れ落ちないように。途中でカメラを構える余裕はなく、ポケットの中のスマートホンやカギなどをすべてカバンに入れて背負った。登山のようなものだ。息が上がる。そしてなんとか展望広場らしき場所にたどり着いた。心臓がバクバクする。頭痛もしてきた。この程度の高度で酸素が薄いはずはない。私の運動量が酸欠を起こしている。

数分休み、さらに上へ続く道がある。ここが終点ではないかもしれない。こうなったら意地だ。行ってみよう。しかし10メートルほどで道が終わった。ほっとする。しかし心臓は激しく鼓動し、鼓動に合わせてこめかみもドンドンと鳴っていた。上着を脱ぎ、身体中の騒ぎの収まりを待つ。


展望台から

その間に見た景色は、いままで私が見たことのない風景だった。青空の下のカルデラは真っ白な山に囲まれている。その下の全く同じ高度で、白色が一直線に仕切られて、そこから麓までは紅葉に彩られていた。雪と紅葉の境目であった。日差しの強い空の下でも、幻のような景色がある。息が乱れ、頭が破裂しそうなほどズキンズキンと脈打っている。でも、途中で引き返さなくてよかった。

落ち着いてきたのでカメラとスマートホンで写真を撮る。時計表示によると、山道の入り口からここまで20分ほどで到着している。あの雪道を、夏と同じ所要時間で上ったようだ。身体が悲鳴をあげたわけだ。帰り道は10分。自分の足跡を辿ればいいから簡単であった。ときどき滑り落ちるようにして歩いた。バスの待合所に入り、ストーブに当たる。靴と靴下を乾かすだけの時間はなかった。


バス停付近から富山方向を望む

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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