のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第453回:ベッドで初乗り伯備線 - サンライズ出雲 2 -

更新日2013/01/10


夜中にふと目が開いた。窓を眺める。そこにあるはずの上り線路がない。どこだろうと携帯端末で地図を表示する。午前3時。新垂井付近だ。なるほど、単線なわけだ。東海道本線の大垣と関ヶ原の間はルートがふたつあって、本線の複線の他に、少し離れたこの単線がある。蒸気機関車時代に急勾配を迂回するために作られた線路だ。電化後も下り列車の一部が使用しており、ブルートレインブームの頃は寝台特急のほとんどがこちらを通った。

新垂井という駅もあって、下り列車しか来ない不思議な駅として常磐線の偕楽園駅と合わせて知られていた。それが私の知らぬ間に廃止され、時刻表からも「新垂井経由」の表記が消えていた。まだこの線路を走る列車があったか、私はしばらく景色を眺めた。今や昼間に通れない線路。寝台特急で何度か通り、眠ってしまって見過ごした景色だ。


夜明け……西明石駅付近

次の目覚めは午前5時ちょっと前。列車はゆっくりと神戸駅を通過した。明石海峡大橋は暗闇で見えなかった。やがて遠くの空がオレンジ色に変わっていく。西明石駅を通過。起きてもいいけど、もう少し寝よう。二度寝したって構わない。この列車は眠っていても出雲市へ連れて行ってくれる。安心の寝坊である。エアコンが効きすぎて少し肌寒い。これが目覚めた理由か。空気の吹き出しを止めて横になる。

しかし、こんどは静けさで目が覚めた。06時30分。岡山駅だった。身体は不思議で、列車で眠ると、その適度な揺れが正常な状態であると認識する。揺れが収まると異変に気づく。ここでサンライズ出雲とサンライズ瀬戸が分離する。サンライズ瀬戸が31分に発車して瀬戸大橋に向かい、こちらは3分後に出発して中国山地に入る。なんとなく車寅次郎のセリフ、「お前と俺はお風呂のオナラ、前と後ろに泣き別れ」を思い出す。

そういえば、東京駅で見かけた3人組の女の子がサンライズ瀬戸の客だった。ホームでサボを背にして記念写真を撮っていた。シャッターを頼まれた。しかし背景は出雲。「アッ、違う。これじゃない。次の電車だ」と言うから、「前の方が瀬戸だよ」と教えると走っていった。瀬戸と出雲はつながっている。次の列車はこない。


伯備線に入り、朝陽に射抜かれる

倉敷からは身を正す。伯備線は未乗路線だから、しっかり景色を見ておきたい。山陽本線と別れ、線路は北へ向かう。東向きとなった車窓から、強烈な朝陽が差し込んでくる。その光を全身にあびて、私の身体は目覚めた。東京駅の売店で買ったおにぎりを食べ、ぬるくなったお茶で薬を飲む。朝に4種類、昼に2種類、夜に3種類。1回分ずつ、色違いの小さな密閉容器に入れてある。

伯備線は山陽本線の倉敷駅と、山陰本線の伯耆大山駅を結ぶ138.4kmの路線だ。山陽本線と山陰本線を結ぶ路線はいくつかあって、時刻表巻頭の路線図を見ると絡み合った縄梯子のようになっている。その中で中心といえる路線がこの伯備線である。岡山・倉敷と米子・松江を短絡するルートで輸送量も多く、早くから電化された。このサンライズ出雲の他にも、日中は特急「やくも」が1時間おきに走る。普通列車は倉敷と新見の間で1時間に2本程度。

ただし、新見から北へ向かう普通列車は極端に少なく、まるで「やくも」のための線路である。線路の改良工事も行われており、山越え路線でありながら時速100km以上で走行できる区間を増やしている。全線ではないが、複線区間も作られた。しかし勾配区間であり、ルートの選定に苦慮したのか、上下の線路が離れていたりする。単線か複線か、車窓からはわかりにくいところもある。


立見で高梁川を眺める

初乗り線路であるけれど、遠くに山が見えて、手前に民家が散在して……と、景色は単調である。携帯端末で地図を参照すれば、進行方向左側に高梁川が沿っている。この車両は通路が中央にあり、反対側は個室がある。私は着替えてロビーに行ってみた。同じ事を考える人は多いようですでに満席。デッキのドアから景色を眺めた。ずっと寝たり胡座だったりだから、このへんで足腰を伸ばそう。屈伸運動もしてみる。きしんだ筋肉がほぐれていくようで気分がいい。


井倉挟が近づいてきた

期待した通りの渓谷の眺め。鉄橋を渡り、川が右側に移った。私も反対側のドアの横に動いた。切り立った大きな崖が迫り、滝が見える。井倉洞という看板があった。鉱山ではなく、鍾乳洞のようである。ちょっと寄ってみたい気がする。最寄り駅は……井倉駅を通過した。各駅停車の旅なら降りていただろう。覚えておきたい。

井倉の先で「やくも」とすれ違う。伯備線に入って2回目である。すれ違った区間だけが複線で、次の石蟹駅から単線に戻った。絶妙な位置に複線区間を作り、うまくすれ違ったものだ。


歴史ある街、新見

単線になった線路は、また枝分かれして増えていく。車掌が新見駅到着を告げた。07時42分着。伯備線を南北の軸とし、西側の芸備線が乗り入れ、東側は姫新線が接続する。新見は中国山地の交通の要衝である。町の歴史は律令時代まで遡り、砂鉄を原料とした製鉄が行われていたという。鉄は武器や農耕の道具になるから、かなり発展したのではないか。平安時代は荘園が多かったというから、製鉄で得た道具が開墾に役立ったと思う。

墾田永年私財法……。ここ新見は、歴史の教科書でしか知らない言葉を実践した土地であった。通りすぎては失礼な気もするけれど、いずれ芸備線や姫新線で訪れるだろう。


静かな駅の朝、東京からの列車が到着した

-…つづく

第453回の行程地図

より大きな地図で のらり 新汽車旅日記 453 を表示

 

 

このコラムの感想を書く

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで

第451回:絶景と信号場
- 高山本線 高山~岐阜 -

第452回:電車寝台で西へ
- サンライズ出雲 1 -


■更新予定日:毎週木曜日