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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第476回:始発列車を追いかけろ - こばとタクシー 留萌~増毛 -

更新日2013/07/04


早寝早起き。04時30分に起床。空は明るい。テレビでニュース番組を観る。留萠本線の情報はなかった。復旧したから情報がないか、不通のままで進展がないか。携帯端末でJR北海道のサイトをチェックした。運行情報に留萠本線の情報はない。つまり、通常運行である。

NHKニュースでは、高校生が加賀藩伝統の氷室行脚を実践したと紹介している。氷を氷室に入れて、金沢城から東京大学赤門まで自転車で運ぶという。約20kgの氷を溶かさずに運べるか。8月8日に出発し、テントで寝泊まりしながら、5日後に到着。氷は約6kgが溶け残っていた。大したものだ。

気持ちよく目覚め、高校生の挑戦に感動したら、タクシーで増毛に行ってもいいかな、と思った。5日間の自転車野宿旅行に比べたら、私の旅は列車に乗るだけ。ほとんどの困難はちょっとお小遣いを奮発すれば解決できる。出し惜しみすると、お金では買えない経験を失ってしまいそうだ。


早朝の留萌駅

05時にチェックアウト。フロントの青年に、「お新香巻きの具はなに?」と訊いたら「かんぴょうですかねぇ」と返された。寝ぼけているらしい。外の空気が清々しい。昨日とは違う通りを廻って駅へ向かう。かつて映画館だったと思わしき建物があった。栄華の時代の残滓であろう。大通りの裏手にコンビニがあった。眠気覚ましのガムなどを買う。

20分ほどで留萌駅に着いた。留萌駅はかつて羽幌線が分岐していた。宗谷本線の幌延まで約141キロメートルの大ローカル線である。私は乗っていない。廃止は1987年。当時私は大学生で、信州で田舎の一人暮らしを謳歌していた。鉄道よりもクルマに夢中だった。大学時代に廃止された路線を思うと、青春と引き換えに失った路線は多い。いや、廃止路線に目をつぶったからこその青春だった、と思いたい。

留萌駅には天塩炭礦鉄道も通じていた。こちらは1967年に廃止。私はまだ乳児であった。三つの路線が接続し、炭鉱からの貨物列車も往来した駅である。構内は広く、最盛期の残滓がうかがえる。改札口の付近には、古い運賃表やレールの大きさを比較する展示などの資料が置かれていた。


熊の剥製が鎮座している

なぜか熊の剥製もあって、その背後には「三毛別羆事件」のポスターなどが掲示されている。1915年に起きた惨劇で、冬眠できず餌を求めた羆が民家を襲い、3家族7人を食い殺した。もっとも恐ろしいクマ被害事件として、小説やテレビ番組でも紹介された。私もテレビで見て愕然とした記憶がある。そうか、留萌は現場の近くだったか。

有人駅だが改札口を自由に出入りできる。きっぷを持たなければ入ってはいけないのだろう。私は本日分の青春18きっぷを持っているから遠慮なくホームに入った。1番ホームにディーゼルカーが待機している。エンジンもかかっている。留萌からの始発、深川行きは05時53分発だ。少し早いな……と思いつつ観察していると、運転士が逆方向の運転台に入った。


2両編成のディーゼルカーがホームにいた。
1両は深川行き始発、1両は回送の増毛行きとなる

もしかしたら、この車両が増毛始発の始発列車ではないか。留萌から増毛まで回送して折り返すわけだ。付近にいた車両係の職員に訊くと、その通りであった。土砂崩れは修復されたという。この列車が回送ではなく、旅客扱いの列車なら良かったのに。「乗せてくれませんよね」と念のため訊いてみる。「すみませんね」と笑顔を向けられた。冗談だと思ったのだろう。私は半分本気だったけれど。

回送列車に乗せてもらえないなら、タクシーで行くしかない。駅舎内の掲示で電話番号をみつけた。早朝でも大丈夫かと思ったけれど、電話にはすぐ出て、15分程度で着くという。実際には10分もかからず、黄色いクルマがやってきた。


増毛までタクシー移動

「留萌はカズノコの町です。ニシンが捕れて、羽幌炭鉱があった頃は、4万人くらい。でも今は4,000人くらいじゃないかな」

話し好きの運転手さんに当たった。これは楽しい。地元の話を聴ける。留萌に住む人のほとんどは公務員だという。そしてカズノコ加工業に従事する人々。ニシンは捕れなくなったけれど、カズノコ製造技術と工場は残った。今はカナダ産のニシンを輸入してカズノコを作っているという。カズノコ生産量日本一の看板は健在とのこと。どうりで昨日の土産物屋にカズノコのゆるキャラがいたわけだ。


カズノコ工場が見えた


オロロン道路は広くて空いている

「お新香巻きの具が黄色いタクアンじゃないってのは、数のこと間違えて食べてガッカリするからですかね」
「いやあ、どうだか。お客さんは東京から?」

運転手さんも東京で働いていたという。集団就職で東京へ。その後は発破技士として関西でも働いた。関空の工事にも携わったという。タクシーは第二の人生。引退したら、クルマで全国を旅したい……。最近公開された、高倉健の映画みたいだと言ったら嬉しそうな顔をする。このくらいの年代の人は、高倉健のファンが多いのだろう。


丘の上の風力発電機たち

LCCの話題になった。私はエアアジアで北海道に来た。きっぷ代は7,000円くらいだった……などと言っているうちに増毛駅に着いた。5,500円と見積もっていたけれど、メーターは4,990円だった。道は空いていた。所要時間は約20分。

「あと2,000円で、東京行きの飛行機に乗れますなあ」
と、運転手さんが言った。


増毛駅に到着

…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
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