第784回:ハーフ全盛の時代
私たちが結婚した50年近く前、ハーフのテレビタレントが余程もてはやされていたのでしょう。私たちの子供は玉のような美形になり、即テレビで持てはやされること間違いないから、たくさん赤ちゃんを産みなさい、と無責任なことを言う人が随分いました。
ハーフでも皆が皆、美形、美男美女であるはずもなく、必ず失敗作も出てくることにまで気が回らない見解を平気で述べる人がたくさんいたのです。
有名な話ですが、小説家、劇作家のバーナード・ショーが何かの会食の席で、ダンサーのイサドラ・ダンカンと隣り合わせになった時、イサドラ・ダンカンはショーに「私が貴方の子を作れば、私の素晴らしい肉体と貴方のずば抜けて良い頭脳を持った子が生まれるでしょうね」と言ったところ、ショーは「イヤイヤ、私の貧相な身体と貴方の劣悪な頭を持った子供が生まれてくることになるでしょう」と答えたそうです。
ウチのダンナさんは、「もったいないことを言うな~、それじゃ早速試してみましょう…と切り返すべきだったと思うよ」とノタマッテいます。 時々、この人、一体どんな妄想を抱いているのかしらと思いますよ。
私の甥っ子がメキシコ女性と結婚し、両親両方の良いとこ取りの女の子を授かりました。これなど、大成功の部類に入るのかも知れません。
日本でハーフが流行り出したのはつい最近のことです。
長崎の出島に閉じ篭められていたオランダ人たちは100%近くお気に入りの娼婦、遊女を持っていたようです。避妊技術?が知られていませんでしたから、当然、女性は妊娠し出産を迎えることになります。女性、娼婦ですが、妊娠したとなると、お役所に届け出なければならず、それには、父親である男性の証明が必要でした。死産や乳幼児の死亡率が、オランダ人が父親の赤ちゃんの場合、異常に高い印象を受けます。
出産時に間引き?していたのではないかと言われています。無事に育っても、鎖国それに引き続く紅毛人追放令が何度も発令され、紅毛人と交わった女性(母親)とハーフである子供たちもヒトカラゲにしてバタヴィア(インドネシア)、マカオなどへ追放もしくは死刑にしていました。
もっとも、1600年代のことですが、毛色の違う人間は珍獣であるとし、彼と交わった女性、そして彼らの間に生まれた混血の子供たちまでを含めて追放しています。排他的で何とも日本的な感覚、感情が見え隠れしているように感じられます。
1636年に第5次鎖国令でお春さんと彼女の姉、母親が追放されました。お春さんの父親はイタリア人のニコラス・マリンだと分かっています。その時は287人もの紅毛、珍獣と交わった女性、そして彼らとの間に生まれた混血ハーフらがいました。もちろん、西欧人も幾人かいましたが…。
お春さんがインドシナのジャカルタから親類縁者に送った手紙が“ジャガタラ文”として残っています。切々とした日本への郷愁を訴えた文章は、“これを読んで、泣かざるは人に非ずと申すべし”とか言った明治の貴族院議員がいたほどです。
じゃがたらお春さん、“あら 日本こひしや、ゆかしや なつかしや、見たや見たや” “あまり日本のこひしくてやるかたなき折りふしは、当たりの海原をなかめ候より外は御さなく候”とそんなに強く、深い望郷の念を日本に対して抱き、それを素直に表現していることに私も感動しました。
地球上どこに住んでも我が家のようなウチのダンナさんに、お春さんの爪のアカでも煎じて飲ませてやりたいと思っていたところ、ダンナさん、私が感動しているお春さんの“ジャガタラ文”は、どうやらこの話を採集し、『長崎夜話草』に載せ、書いた西川如見の創作、良く言って改作だと余計なことを教えてくれました。14、5歳の少女にしては候文をうまく書いているという感じはしましたが…。でも、実際のお春さん、とても賢よく、おまけに美しい少女であったことは事実のようです。
ハーフ受難の時代でした。日本が異常に厳しい鎖国を敷き、主にキリスト教徒、紅毛人種を全く受け付けない政策を取っていた時代、インドネシアでは多くの人種が入り乱れて平穏に暮らすことができたようなのです。
それが今では、日本でハーフ全盛期を迎え、少しでも毛色の違った変種はパンダ扱いの即成タレントとして扱われる時代になってしまいました。もっとも、ハーフと呼ぶ場合、漫然と西欧人種の血が混ざっている意味に使われることが多く、中国人、韓国人、台湾高砂族との合いの子はハーフ呼ばれていないようなので、どこか偏見に根付いた呼び方のようにも聞こえます。黒人とのハーフはスポーツ界で、テニスの大坂なおみさんやNBAの八村塁さんのように実力で勝ち取った名声ですから、上っ面だけのタレントとは全く違う次元の現象ですが…。
アメリカでは、黒人の血が一滴でも入っていれば非白人として分類された歴史が長く、非白人はにがく苦しい差別の下で暮らしてきました。ウチのダンナさんも非白人なので、私たちが結婚した時、コーカソイド白人(私のことです)と非白人(ダンナさんのことです、主に黒人ですが、当然アジア系も含まれていました)とが合法的に結婚できるようにミズーリー州の法律が改正されて10年と経っていませんでした。
私たちよりほんの十数年前に日系二世のハワイ娘(レッキとしたアメリカ国籍を持つアメリカ市民であるにもかかわらず)とアイダホ州出身の白人男性とは、仕事、家を持っているミズーリー州では結婚できず、お隣のカンサス州で結婚しなければなりませんでした。そんなことを聞かされ、知っていたので、ミズーリー州の婚姻届を提出しに裁判所に出かけた時にはかなり緊張させられました。ダンナさんの方はどこ吹く風という表情でしたが…。
言うまでもないことですが、この地球上に純血種の人類は存在しません。純血を守ると誰かが言い出したら要注意であることは、ヒットラーのアーリア人種純血論、ユダヤ人虐殺を思い出せば明白です。血を尊ぶ思想にはいつもある種の危険性が潜んでいます。
ハーフをもて囃す傾向は、裏を返せば血筋に対するコンプレックスに繋がっているのでしょう。
毎回、私のコラムの日本語をチェックしてくれているダンナさん、突然、「俺もハーフだってこと知っていたか? 俺の場合は親父とお袋のハーフだけどね…」と自分で付けたオチに満足げに笑っていました。
-…つづく
第785回:新年の祈願
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