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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第751回:クレア一家の癌と大気汚染の関係

更新日2022/04/21


クレア一家とは叔母さんの家族のことです。私の父の姉、ジェシー叔母さんがクレア叔父さんの元に嫁ぎ、二人の娘さん(私の従姉妹になります)をもうけました。もう7、8年前になりますが、彼らクレア一家が4人全員亡くなったのです。まずクレア叔父さんが死に、後を追うようにジェシー叔母さん、そして私が一番身近に感じていたキムが50代で死に、年上の従姉妹ドンも2年後に亡くなり、クレア一族は全滅したのです。おまけに、ドンの二人いた息子の末のほう、ライアンも30歳になるかならないのに急死しました。

私の弟、妹はいまだに全員生き延びているし、父の兄弟、妹、それに他の従姉妹、従兄弟たち、誰も死んでいませんから、父の家系、血筋というわけでもなさそうです。むしろ長寿の家系なのです。

クレア一家はテキサス州の南、メキシコ国境を流れるリオ・グランデ沿いのウエスタコというの町に長い間住んでいました。クレア伯父さんの家はそのウエスタコの郊外にあり、広大な牧草畑が広がるところと隣接していました。子供の頃そこへ泊りがけで遊びに行くのがとても楽しみでした。子供たちが走り回るのにもってこいのテキサスならではの大きな家と広い庭、そして家に接した草原は子供をスッポリと隠すほど高くなり、これまた、かくれんぼなどをするにはもってこいの場所でした。

そんな風に表で遊んでいる時、幾度も小さな飛行機が低空飛行で牧草畑スレスレに飛んできて、私たちはただ意味もなく飛行機が私たちを探していると言い言いして、飛行機に見つからないように走り回り、隠れようとしたものです。その飛行機が霧のような煙を吐いているのも何度も見ました。

それが除草剤、殺虫剤、化学肥料だと知ったのは随分あとになってからです。

クレア一家は飛行機から撒かれた農薬、科学薬品を吸って暮らしていたのだと今になって思います。

そんな農薬が一家4人の死因に直接繋がるかどうか、証明のしようもありませんが、現在、市販の除草剤、殺虫剤でも使用禁止になったり、使用説明書には厳しく、インダストリアル仕様のマスク、メガネを着け、絶対に皮膚に触れないようにとか、恐ろしいことが書かれていますから、何らかの関連があったのではないかと思っています。

ベトナムで枯葉作戦、エージェント・オレンジ(オレンジ色の薬剤)などと称して大量の毒を空から撒いていた時代です。それが木を枯らすだけでなく、人間も枯らし、殺し、次の世代に奇形児が多く生まれたことは広く知られています。

今から50~60年以上前のことですから、化学薬品万歳の時代でした。まだそれらが人体に及ぼす影響を省みる人がいない時代のことです。クレア一家は散布されたそんな農薬に殺されたと思っています。

現在、そのような化学薬品、農薬を空からばら撒くことは禁止されていますが、化学工場、石油の精製所から吐き出される煤煙の規制の方はあまり効果がありません。EPA(United State Environmental Protection Agency;米国環境保護局)の調査官が、工場の煙突や周囲の空気のサンプルを採取したところ、安全基準を上回る危険地域で暮らしているアメリカ人は4千700万人になることが明らかになりました。およそアメリカ全人口の4分の1にもなり、その地域での癌発生率はアメリカ人の平均の2倍以上になります。

石油化学工場のある中規模の町では、町の人の半数以上、多いところで80%の世帯主がその工場で働いているか、その工場に依存した仕事で生計を立てています。ですから、この町に工場は要らない、出て行けという運動は生まれにくい環境にあります。そんなことをすれば住民の大半が失業してしまいます。また、町の税収も大々的にその工場に頼っていますから、そんな町の市長さん、議員さんたちも、住民の代表というより、会社の代弁者になってしまっているようなのです。

EPAのホームページを観ると、汚染された地域が多いのに驚かされます。そして、汚染物質(直接的にPoison in the Air “大気中の毒”と呼んでいます)は風でどこかに飛んで行き、薄められることはあっても、消えてなくなるモノではなく、永遠に地表を彷徨うとあります。

空気汚染の源である石油化学工場が排出する煙、ガスを一旦清浄し、人体に害のない(100%とは言わないまでも)程度まで有毒物質含有量を下げて放出するのは科学的、工業的、技術的に難しいことではないらしいのですが、問題はその浄化装置に莫大なお金がかかることです。

煙突を高くして、強力なファンで空高く舞い上げてしまえという程度の社会意識しかない石油化学工場の経営者の見識を変え、お金より住民、工場で働く人の健康を優先するというだけのことなのですが、そんなこと、この拝金主義の時代にあってはミッション・インポッシブルのことなのでしょうね。

私と一番仲良しだった従姉妹のキム、そして彼女の家族全員を殺した(と信じています)農薬、そして今も石油化学工場の周囲に住み、毒入り空気を吸い、ジワジワと死んでいく人たちが大勢いると思うと、一体、文明が進歩しているのか、少しでも世の中が住み良くなっているのか、疑問に思えてきます。


-…つづく 

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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