第757回:Affirmative Action “肯定的行為法”
こんな言葉、“肯定的行為法”と日本で書いても全く意味が分からないでしょうね。米語で“Affirmative Action”と言っても、それが何を意味するのか全く分からない人がほとんどでしょう。これは黒人やラテン系の人々に高いレベルの教育を受けさせようという、一見誰も反対できない立派な考えなのですが、それには裏というか、説明が要るでしょう。
“アフィルマティーヴ・アクション(Affirmative Action)”は、1961年にケネディ大統領が使い出してから徐々に全米に広がった言葉、システムで、例えば白人、ユダヤ人、アジア系アメリカ人、黒人、ラテン系の学生さんが同じ成績なら、黒人とラテン系を優先的に大学に入学させる、職に就かせる、就業させるというものです。
アメリカの大学では、個々の入学試験を行なっていません。全米の共通試験、SATテスト(Scholastic Aptitude Test、打ち明けて言えば、私自身、このテストの製作に関わっていたことがあります。私も”昔“ちょっとは優秀だったことがあるのですよ…)と、ACT(American College Test)のどちらか、あるいは両方の得点で一応のラインが敷かれ、あそこの大学なら何点以上、あそこなら何点までと、凡その大学のランキングが決まります。SAT、あるいはACTで同じ点数なら、黒人、ラテン系、先住民族(アメリカンインディアン)を優先的に入学させるというのが“アフィルマティーヴ・アクション”です。
SAT、ACTテストの結果が同点数という事態はあり得ることですが、高校の内申書はその高校のレベルと推薦状を書く教師の主観が入りますから、白人と黒人が全く同じ勉学能力を持っているケースなど、逆にほとんどあり得ないでしょう。おまけに最近、有名大学では面接とレポート作文を重視するようになりましたから、入学の基準はますます不透明になりつつあります。
ちょっと考えればすぐに気が付くことですが、“アフィルマティーヴ・アクション”は政府が少数民族の、ここでは黒人、ラテン系の人、それにインディアンですが、中学、高校の基礎学力向上に、教育に力を入れず、お金を出さず、大学に入学する時になって、大学側に少数民族をもっと入学させろ!と号令を掛けているだけの、非常に貧しい政策とも言えます。
アイヴィー・リーグと言われているアメリカ東部のエリート大学は、授業料が高いことでも有名です。いわば創設期からエリートを育てるための大学なのです。ハーバード大学の学生の30%は、親、祖父などがそこで学んでいた謂わばハーバードの2世、3世なのです。そのような親は赤ちゃんが生まれた時から、毎年、大量の寄付をしていることが多いので、お前の息子、孫はできが悪いから、入学させないと言い難い状況にあります。そんなエリート人種の行く大学に、高い授業料を払って入れる黒人、ラテン系は極端に少ないでしょう。
この“アフィルマティーヴ・アクション”のせいで、それまで白人専門だった大学に、黒人が入学できるようになった事実はあります。ですが、アメリカの大学に入るのは一般的に割合簡単ですが、卒業するは入学より難しいのです。大学で勉学一本槍の…とまでは言いませんが、長時間の勉強に励むという態度は、子供の時からそんな環境で育つか、よほど強い意志がなければ長続きしません。
例えば、ミシシッピィー州で高校卒業生の50%は黒人ですが、ミシシッピィー州立大学へは10%の黒人しか入学していません。さらに卒業となると、その半分以下に減るでしょう。アラバマ州でも高卒の3分の1は黒人ですが、公立大学アーバン大学には5%の黒人しかいません。
全米のトップ101の優秀な良い大学に在籍している黒人は、この20年間で60%も減っています。これを見ても、掛け声だけで、ゲタを大学に預けただけの“アフィルマティーヴ・アクション”政策は、失敗だったと言って良いと思います。
それに第一、デキル生徒、アジア系、ユダヤ人に対して不公平になります。大学側は自分の大学は、少数民族や目立つ黒人、ヒスパニック系をたくさん受け入れていると宣伝にもなるし、州や国から助成金を取り易くなるという事情もあります。
私がプエルト・リコの私立の大学から、コロラド州立の大学に転職した時、教授、事務員だけでなく、生徒も皆が皆真っ白なのにショックを受けるほど驚きました。プエルト・リコでは真っ黒から中間色をすべてとり揃え真っ白まで網羅していました。ところが、ここコロラド州の大学ではアジア系、ハワイ人はもとより黒人を全くと言って良いほど見かけませんでした。
色付きのダンナさんを持つ身としては、人種差別、ヘイトクライムが心配になり、コロラド州立大学の面接の時、私の色付きダンナさんが偏見に根ざす暴力を振るわれる危険性がないかどうか、私の方から訊いたほどです。
それが今では、キャンパスに黒人、ラテン系のメキシコ人、南米人、アジア系、ポリネシア系、先住インディアンなどが増え、真っ白一色でなくなりました。“アフィルマティーヴ・アクション”のおかげと言ってよいでしょう。
そしてすぐに、デキナイ、怠け者の学生はどこの国、どの民族にもいるもんだと知ったのです。とりわけ、アメリカ白人、お金持ち層の子供にデキナイ子が多いのです。
私がいた大学の卒業率?は60~70%だったでしょうか。授業に付いていけないか、家庭の事情(生活苦で授業料が払えない)で退学する学生が1年目に多く、4年間単位を取って卒業まで漕ぎ着けるには、それなりの努力を強いられます。私の基本的方針は、あなたたちは大学に入り、ここで勉強できるという恵まれた環境にあるのだから、そんなチャンスを無駄にするようなことはするなとばかり、そんな学生は情け容赦なく落第としました。
泣き落としには一切応じません。外で働きなさいとまでは言いませんが、大学で勉強したがっている人が他にたくさんいるのだから、その人たちのために場所を空けなさいというわけです。ですが、最初から大学での勉学に全く向いていない人がいるものです。親や周囲が期待しているから、なんとなく大学に入ってくる生徒さんがなんと多いことでしょう。
スティーヴン君は黒人のゲイでした。言ってみれば二重の偏見に晒されている苦学生です。彼は良い面をたくさん持っているし、決して馬鹿ではないのですが、何か一つのことを、例えば机に向かって2、3ページのレポートを書く集中力さえないのです。何度となく私の部屋に来て、勉強のこと半分、彼の人生相談半分のオハナシをしていきました。彼は8年も大学に在籍していて、なお卒業できる見込みが立っていなかったのです。
人当たりが柔らかく、良い感じを人に与えるタイプで、身が軽く、動作も素早いので、レストランなどの接客に向いているのではと思っていました。私が勧めたかどうか、その辺りの記憶がはっきりしないのですが、彼、スターバック・コーヒーで働き出し、1年も経たずに店長になったのです。
何度か彼の様子を観に、この町で恐らく一番人気のスターバックに行ってみました。彼の下で6~8人は働いていたでしょうか、店長の彼があれだけニコヤカにかつテキパキと接客しているのですから、店の全員が彼に右へ倣えとばかり、明るく清潔な雰囲気を創り出していました。
スティーヴン君は学研的な資質は持っていませんでしたが、なにも大学に行くだけが能ではないことを証明してみせたと思います。要は自分が何を求めているのか、自分に何が向いているのか知ることなのでしょうね。それはそれで結構難しいことなのですが…。
-…つづく
第758回:武器よさらば その1
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