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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第774回:アメリカの“1ドル・ショップ”

更新日2022/10/06


私たちが日本に帰るとき、必ず立ち寄る店は3軒あります。ダンナさんが大量に本を買い込むブックオフ、アメリカに持ち帰る日本食を買い込むための生協、そして、「100円ショップ」です。特に『ダイソー』の店のスケールの大きさ、バラエティーに飛んだ品揃え、ほとんどの日常用品はここですべて間に合うのではと思わせます。そして、エッ? これが100円で買えるの? と驚くようなモノがたくさんあります。アメリカへのちょっとしたお土産も大抵『ダイソー』で済んでしまいます。100円ショップの恐ろしいところは、買いたい物だけ買って、そこを出ることが難しいことです。これもあれもと、結局、2、3千円使ってしまいます。本当に必要なもののほか、安いからツイツイ必要のないものまで買ってしまうのです。

アメリカの“1ドル・ショップ”は、全米チェーンが幾つかあります。“Dollar Tree” “Family Dollar” “Dollar General”などなどで、とても日本の100円ショップの品揃えには敵いませんし、店も小さく狭く、ごちゃごちゃしているのですが、大きな違いは食料品、缶、ビン、袋詰め、冷凍食品が多く、清涼飲料水なども各種売られていることでしょうか。小さく箱詰め、袋詰めされたペットフード、洗剤が売れ筋だそうです。

ロケーションも町や村から外れた街道筋にポツネンと建っています。日本のコンビニ的な役も果たしているのでしょうか、郊外、田舎町に住んでいる人たちがワザワザ大きなスーパー“ウォルマート”まで出向かなくても済ませるような品揃えなのです。そこで暮らす人と密着した“小ウォルマート”なのです。田舎で暮らす人たちには欠かせない存在になっています。

大都会でも“1ドル・ショップ”(ダラー・ストアと呼ばれています)は町外れの貧乏人地区に多く、目抜き通り、ニューヨークの5番街などにはありません。

ミズーリー州のセントルイス界隈だけで40軒もあり、その大半は黒人、ヒスパニックが多く住む場末の下町にあります。地元の住民にとって到って便利な店になっているのですが、町外れにあり、おまけに通常店員さんがキャッシャーを含め、二人しか詰めていないので、万引き、押し入り強盗が多発し、それがあまりに頻繁なので、店を閉めなければならなくなっているのです。ガソリンスタンドのキャッシャーのように、高いカウンターに丈夫なアクリル板はなく、スーパーのキャッシャーと同じ腰以下の高さのカウンターしかないので、ホールドアップし易く、手を伸ばせば即キャッシャーの金庫に手が届くのです。

セントルイス界隈だけで今年に入ってから43件?のピストル強盗がありました。いずれもレベルの低い?コンビニ強盗の類いなのですが、日本と違い、強盗さん、皆さんピストルを持っていらっしゃるので、ツイツイ引き金を引き、発砲し、店の人や居合わせたお客さんに大怪我させたり、殺してしまうことに発展しがちなのです。

銃火器による暴力事件記録(Gun Violence Archive)によれば、2017年から“1ドル・ショップ”での事件は200件以上あり、その内50人が殺されています。防犯カメラに写った映像を観ると、犯人たち、自分の姿が映されていようが、一向に気にする様子がなく、多分にそこまで気が回らない程度の知能しか持ち合わせていないのでしょう、衝動的、場当たり的にキャッシュ・レジスターに手を伸ばし、わずかなお金を掴み逃げています。ですから、“1ドル・ショップ”の被害は金額だけでみると、スズメの涙、50ドルとか、せいぜい200~300ドル程度なのですが、そのために命を落とす人のことは勘定に入っていないようなのです。

パンディミックの期間、店内でのマスク着用を義務付けていました。ミシガン州のフリントという町の“Family Dollar”で、店員さんが若者にマスクをするよう呼びかけたところ、その若者、マスクではなく、やおらピストルを取り出し、店員さんを撃ち殺してしまいました。もちろん、犯人は何も盗らずに逃げていきました。


今、大手の“Dollar General”は全米に18,000軒、比較的新興の“Family Dollar”は8,000軒あり、かつ年々50%近くも増え続けています。さびれていく田舎の村や町の住人にとって“1ドル・ショップ”は暮らしに欠かせない存在になっています。企業にとっても、メインストリートが一本貫くだけの町外れに、土地がほとんどタダ同然のところに店を開くのは投資が極端に少なく、彼らが持っているノウハウで安易に運営できるので、店は増える一方なのでしょう。

爆発的に増えつつある“1ドル・ショップ”はお客さんだけでなく、犯罪も呼び寄せたのです。如何に知能の足りない強盗、泥棒でも、地元ではシゴトはしません。車社会のアメリカでは、チョイと隣町、隣の隣に出かけシゴトをこなします。駐在さん的お巡りさんがいない村や町もたくさんあります。それに、警察も大量殺人など大きな事件に忙しいのでしょうか、コンビニ強盗的な犯罪の犯人はまず逮捕されません。たとえ防犯カメラにはっきりと顔写真が撮られていようが、犯人はノウノウと逃げ延び、犯罪を繰り返し、徐々に成長し偉くなりドラッグ・ディーラーになっていくのでしょうね。

頻発する“1ドル・ショップ”強盗に、経営者側、会社は真剣に対応していると思えません。人命を守るというより店を守るために正面のウインドウに牢屋のようなアルミ格子を入れ、ドアも頑丈にしていますが、どうにも働いている人が殺されても、次々と取り替えが効くと思っているかのように何もしていません。警備員を置くとか、せめてもう一人店員さんを増やすとかは会社の思考範囲ではないようなのです。それどころか、会社は一人の店員に対する売上高がいくらになるかが各店の成功基準になっているのだそうで、如何に少ない店員で売り上げを伸ばすかが、この業界のカギのようなのです。

そこへ持ってきて、酒類販売のライセンスを州ごとに取り、販売を始めたのです。これでは強盗を呼び寄せ、促進しているようなものです。フロリダ州のデイトナ郡では“1ドル・ショップ”の強盗、犯罪があまりに多いので、酒類販売のライセンスを取り上げました。


アメリカの“1ドル・ショップ”、波乱を含みながらも成長しています。日本の100円ショップ『ダイソー』などがアメリカに支店を開いてくれないかな~と思うこともありますが、ピストル強盗全盛のアメリカに進出しない方が賢明だと忠告しておきます。

一種の階級意識だと言われれば返す言葉もありませんが、私自身、私の友達、親類など、知り合いで“1ドル・ショップ”に足を踏み入れたことがある人はまずいないでしょう。“1ドル・ショップ”は貧しい(私たちも相当な貧乏クラスに属していると自認しているのですが…)人たちの生活に密着した店なのです。とても日本へのお土産を買うような場所でないことだけは確実です。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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