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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第762回:分裂の時代 その2

更新日2022/07/07


アメリカで次第に二分極、お金持ち層と貧乏人の格差が広がり、中間層が薄くなってきたと前回書きましたが、二つに分かれてきているのは政治的な左翼、右翼の分裂にも観ることができます。

テキサス州、ウヴァルディの小学校で21人が殺され、銃規制をもっと厳しくしようという機運が高まっている中で、逆に銃火器を持ち歩くのはアメリカ国民の権利だ、個人の自由を守るために憲法で保障された権利だ、民主主義を守るためにアメリカ人は銃を持ち歩く必要があると、公然とキャンペーンを打ち出している議員がいます。

彼女の名はロレーン・ボーバート(Lauren Boebert)、先の選挙で5期勤めた共和党の長老格の相手スコット・ティプトンを破り、党の指名権を獲得し、その勢いで、本選挙で民主党のダイアン・ミッチ・ブシュを破り当選してしまったのです。それがなんともやりきれないことに、私たちが住んでいるコロラド州の第3選挙区のことなのです。

ロレーンは写真写りがとてもよい小柄の美形で、テレビのソープオペラの主人公に即なれそうな魅力的なスマイルを振りまき、体型はといえば、選挙戦の時には34歳でしたが、とても4人の子持ちとは思えないほどスラリとしていて、しかも出るところはバッチリ、しっかりと出ている理想的な体形なのです。対立候補だったダイアンの方といえば、大学の社会学の教授職を引退した小太りの叔母さんで、彼女の言うこと、スピーチはとても筋が通っていて、見識の高さがうかがえるものでした。顔や体形、スタイルで候補者選びをするわけではない、と分かっていても、テレビ映りの良い候補者に人気が集まるのは避けられないことなのでしょうね。

アメリカの民主主義を守るため、銃火器を持つ自由を我らに! と同じことを繰り返すだけのロレーンのキャンペーンが成功をおさめ、政治的に全く素人のロレーンが当選してしまったのです。彼女がプロ・ガン(銃規制反対、だれでも自由に銃をもてる派)を前面に打ち出し、コロラドのマッチョマンからヤンヤの歓声を浴びているのをニュースで観ていて、まさか彼女が選挙で勝つことはないだろう…と願っていたのですが、ロレーン51.7%、ダイアン45.4%という結果で、コロラド州代表の下院議員になってしまったのです。

ロレーンはまるでロックスターかポップスターのように、あるいはハリウッドの西部劇から抜け出てきたように、腰にリボルバー拳銃を下げ、魅力的なスマイルを振りまき、エネルギッシュに州内の小さな村や町を廻る彼女のキャンーペンが成功を収めたのです。

確かにあの小さな身体のどこからそんなエネルギーが沸いてくるのだろうと不思議なほどの活力を持っているのです。それにアメリカ人の心理として、社会主義国は悪魔、共産主義国は地獄ですから、それを巧みに相手候補ダイアンに押し付け、皆さんは自由のない(銃を持つ自由ということになりますが)社会主義国家を作りたいのか、社会主義者に投票するのか…とヤリ、私は身を張ってアメリカが社会主義国家になるのを防ぐ…と、まるで事大主義的な防共スピーチでダイアンを中傷し続けたのが功を奏したのでした。

注目を集めるのが大好き人間のロレーンは、確かに写真写りは抜群に良いし、やることなすこと派手で、テレビニュースにはもってこいの言動を展開しています。彼女が国会議事堂に初めて登庁した時も、彼女のトレードマーク、ファッションの西部の女傑、カラミティー・ジェーンのスタイルで、腰には拳銃を下げていました。誰でもピストルを持ち歩きできるアメリカでさえも、国会議事堂に持ち込むことは厳禁です。警備に当たっていた議事堂の警察官もさぞ戸惑ったことでしょう。

彼女が本気で腰に拳銃を下げて議会に臨もうとしたのか、議事堂の入口に詰め掛けていたテレビカメラの前でのスタンドプレー(目立ちたがり屋の見せびらかし)だったのか、分かりませんが、その様子は全国に放映され、彼女はまた知名度を上げたのです。結局、その場は拳銃没収で500ドルの罰金を科す(彼女が払ったかどうか判りませんが…)ことで収まったのでした。

恐らくロレーンは、右翼思想と呼べるものすら持っていないでしょう。ただ、銃を振り回し、マスコミの注目を集めたかった、話題の中心になりたかっただけのように思います。ですが、徐々に政治的注目を集め、NRA(全米ライフル協会)の肝いりがあり、様々な極右グループ、Qアノン、プラウド・ボーイズなどからの支持があり、自分を発展させていったのでしょう。

元々、ロレーンは高校中退の学歴しかなく、スピーチなどもお粗末なものでしたが、持ち前のエネルギーで、高校卒業証書を州のテストで取り、私たちが住んでいる町とは目と鼻の先のその名もライフル(Rifle)という小さな町に旦那さんと『Shooters Grill』(シューターズ・グリル;銃を撃つ人たちが集うレストラン)を開いて当たりを取り、次第にプロ・ガン運動へと変わって行ったようなのです。

彼女はとても貧しい環境で育ち、家族はフード・スタンプ(社会保障の一環として配布される食料クーポン券)を受けていました。従って、彼女の母親もロレーン自身もズーッと民主党支持でした。高校を中退したのは、彼女が妊娠してしまったからで、典型的なプアー・ホワイト(赤貧洗う白人;貧しいと同時に教育のない意味に使われる)でした。ライフルの町のマクドナルドで最低賃金の仕事をしていましたが、きっと利発な態度が認められたのでしょう、すぐにマネージャーになっています。

時代を見る目があり、行動力が備わっていましたから、ライフルの町が天然ガスブームになりそうだと判断し、2007年からガスパイプライン設置や削岩、ポンプステーション管理の仕事に携わっています。機転が利き、かつ融通も利く労働者だったのでしょう。それに何と言っても、天然ガス関連の給料はマクドナルドの何倍という高給でした。そこの現場で出会ったジェイソンと結婚し、ボーバート夫人になります。

彼女のレストラン『Shooters Grill』は、高い給料を貰っているガス、オイルフィールドで働く労働者にたいそう人気があり、それならもう一軒開こうと、筋向いに『スモークハウス1776』(1776年はアメリカがイギリスから独立した年)というレストランを開いています。もう一軒、ゴルフクラブ内にも店を開いていますから、なかなかのヤリ手、企業家であることは確かです。

ですが、ガーフィールド郡のお祭りに野外レストランを出し、ポークの肩肉バーベキュー売り、これも大いに受けたのはよかったのですが、80人もの食中毒を出してしまったのです。おまけに、ガーフィールド郡の保険衛生局の許可(野外で食品を売る)を取っていなかったことが判明したのです。

この食中毒事件からロレーンは注目を集め、政治に乗り出して行くことになったと想像しています。と言うのは、時の民主党の州知事が、意図的にこの食中毒事件を政治問題にしたとロレーンは言い出したのです。純粋に、保健省、食品管理局の問題を政治問題にすり替えたのです。何事も大声で騒ぎ、注目を集め、政治問題に持っていけばどうにでもなるという感触を掴んだのでしょうか、何か事件が起こる度に、彼女は注目を集め、マスコミも彼女ならユニークというか、ニュース種になることを言ってくれるだろうと、インタヴューするようになったのです。

テキサス州、ウヴァルディの大量殺戮の後、アメリカ国内でそんな事件後に必ず起こる銃規制運動が盛んになりました。共和党の議員からも規制強化に賛成する法案支持者が出たほどです。アメリカの保守、右寄りの人は熱心なキリスト教信者が圧倒的に多く、とりわけ原理主義、教条主義的な新興宗教に似たキリスト教グループは、政治的に極右に近いという現象があります。新興宗教信者は右翼で、イコール“プロ・ガン”なのです。

そんなところを十分にわきまえてのことでしょう、ロレーンは、「AR-15(短機関銃)はイエス・ キリストが私たちに与えた贈り物だ」とやったのです。しかもまだ、大量殺戮で殺された子供たちの家族が悲嘆に暮れ、銃規制の機運が高まっている時に、そんな犠牲者の家族のことを思いやらず、AR-15バンザイのコメントを表立って口にする議員はいません。

これを聞いた時、人気絶頂のロレーンも調子に乗り過ぎて、勇み足をやらかした、彼女の政治生命もこれで終わったかな…と思っていたのですが、とんでもない、よくぞ言ってくれたとばかり喝采を浴び、彼女の人気はうなぎ上りなのです。

私たちの町だけでなく、コロラド州のありとあらゆる町、村に立て掛けられていることでしょうけど、バカデカイ看板、高さ3、4メートル、幅7、8メートルはあろうかというものに、彼女は真っ白い歯を見せ、魅力的容姿で微笑んでいる選挙のキャンペーン看板が出現しているのです。11月の中間選挙で、ロレーン絶対有利、下院議員再選になるとの予想なのです。

一体、アメリカ人はこんな人物を支持するのか、そこまで馬鹿になれるのかと、憂鬱な気分になっています。

どうも、最近のアメリカの内情を書く時、カッカと熱くなり、冷静になれません。そんな心情が表に出てしまい、まとまりのない読み難い内容になってしまいました。ごめんなさい。

-…つづく 

 

 

第763回:スポーツとセックス・チェック

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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