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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第778回:町に降りてきた野生動物たち

更新日2022/11/10


私たちは原生林の中に棲んでいますから、野生の動物を目にするのは珍しいことではありません。それどころか、春先と今、晩秋には動物たちが山から谷へと移動する途中のひと時をこの高原で過ごすのしょうか、シカも50、60頭の大群と呼びたくなるほどの群をなし、草を食んでいますし、キツネ、コヨーテ、ウサギも窓のすぐ近くまで来て私たちを楽しませてくれます。野生の七面鳥は20羽ほどで列を作りパレードを繰り広げます。歓迎されないのはモグラ、リス、野ネズミです。彼らは私の小さなお花畑、菜園を根から食べ尽くしてしまうのです。こんなことは、森に住むことの宿命なんでしょうね。

今シーズンの山歩きでは、一度だけ親子連れのクマと対面しましたが、私たちの地所に出没したことはありません。と言うより、私たちが目にしなかっただけのことで、向こうさんは岩や木に隠れてしっかりこちらを観察していたのかもしれませんが…。

4、5Km離れた隣の家では、ガレージに置いてあったドッグフードを食い荒らされたり、他の家にある池と呼べないくらいの小さな水場に仕掛けたモーションセンサーカメラには、実にクマが家族連れで訪問している映像が写っていました。私たちがドライブ ウエイ(私道)をシェアしている隣の家では、クマさんがテラスから室内を覗いていたそうです。そこから私たちのところまで、クマの足ならほんのひと飛びの距離しか離れていません。

10月15日からハンテングシーズンが始まります。これを書いているのは解禁の2日前の13日です。昨日12日に裏山に紅葉(こちらは黄葉、ゴールデン葉ですが…)を観に行ってきました。それはそれは息を呑むほどの美しさでした。シカはそこかしこにいるし、エルクは姿こそ見せませんでしたが、ビューグル(高くよく響く通るラッパのような声を発する)が谷間に響き渡り、それに応えるかのように、太い吠え声が近くで聞こえたりで、目も耳も秋の山を楽しませてくれました。1ヵ月前にここで親子連れのクマと直接対面しましたので、周囲に怠りなくガンを飛ばし、笛をいつでも吹けるよう首にかけ、できるだけ大声で話し、歌いながらの山行でした。

狩猟解禁日を前に、早くもキャンプを設定して、準備万端完了のハンターたちも目にしました。大物のエルク、シカなどがあれだけ無防備に徘徊していては、ハンターに簡単にやられてしまうでしょうね。

野生動物を保護することにかけては、コロラド州は随分力を入れています。シカやエルク、クマ、マウンテンライオンの狩猟許可証を幾つ発行するか、今年はシカが増え過ぎているから多めに狩猟許可を発行するとか、エルク、ヘラジカは減少傾向にあるからメスの狩猟は禁止し、オスも限られた数の許可証しか発行しないとかを決めます。ハンターたちはそれこそ、こぞって、それこそ奥さん、お爺さん、お婆さんの名前まで使ってタグと呼ばれている狩猟許可を取ろうとします。タグは宝くじのように抽選で決められます。ですから、その年によって当たりはずれ、エルク二頭にシカ三頭のタグに当たる年もあれば、家族全員の名を使って申し込んだにもかかわらず、シカ一頭だけのこともあります。

抽選に当たると、料金を払ってタグを貰います。この狩猟許可証のタグは、弓、弩(いしゆみ=クロスボウ)、先込め式単発銃(マスケット銃)、ライフルと狩猟期間が分かれていて、おまけに狩猟できる地区が細かく指定されています。そして、コロラド州外の住人(税金をコロラド州に払っていない人)に対しては、タグの料金は3、4倍に設定されています。このタグ=許可証は取得する時に支払いますから、返金は効きません。

ですから、せっかく抽選に当たり、料金を払いタグを取得しても、獲物を得られなかったからといって一旦払ったタグのお金は戻ってきません。当然、タグなしでの密猟はあるでしょうけど、万が一捕まるととんでもない額の罰金、下手すると実刑を喰らいますから比較的よくこの規制は守られているようです。

申し込めば必ず取れるタグがあります。クマのタグです。
今年はクマが増え、街中にまで降りてきて、ゴミ箱を漁り、ドアを開け車の中に入り込み(クマの手は意外に器用なのです)今度は出れなくなり、車中をメチャメチャに壊したり、監視カメラにとらえられた面白いクマの映像が頻繁にニュースに流れるようになりました。クマは食が荒く、肉類、残飯、果物なんでもこいで人間様とよく似ています。 そして一度、郊外に降りてきてゴミ箱を漁ることを覚えると、山や森で木の実を採るより遥かに簡単なことが分かるのでしょうか、味をしめた同じクマが会食にやって来るようになるのだそうです。

フロントレンジと呼ばれているロッキー山脈の東側、デンバー、ボルダーなどの町がある方面にクマが降りて来て、被害が相次ぎ、クマ騒動が起こっています。木登り上手のクマにとって2mくらいの塀なんか、なんの障害、障壁にもなりません。ヒョイとヒト跳びで乗り越えることができますから、塀に囲まれた広い裏庭に侵入し、ペットフード、バーベキューの残り、ゴミ箱を漁ることになります。そんな裏庭に入り込んだクマと家にいた子供が鉢合わせし、子供が瀕死の重傷を負ったニュースが流れていました。

動物愛護に奇妙にうるさいアメリカの世論を受けてのことでしょう、野生動物保護官は麻酔銃でクマを撃ち、頑丈な檻に入れてロッキーの山奥に放っています。それが、今までのところ70頭以上になっているそうです。これがロッキーの山の中、西側のスロープ、牧場地帯なら、牧場主や牧童たちなら、仔牛や豚、家畜を守るために、即撃ち殺しているでしょう。

私たち自身が、自然の野生の中に割り込んで生活しているので、あまり偉そうなことは言えないのですが、人間の生活圏がどんどん広がり、郊外に大きな団地が形成されていき、野生の動物の領域を犯しているので、野生の動物が元の領域を徘徊するのは当然だと思うのです。

コロラド州はまだ野生がフンダンに残っているところだと思います。元コロラド・ロッキーに棲んでいた狼を再生させようと、数年前にツガイで何頭か運んできて放ったところ、それが結構順調に増えてしまい、更には増え過ぎ、羊の産地、ミーカーの羊を襲うようになったのです。狼の群れにしてみれば、大きな食糧庫を見つけたようなものでしょう。狼を撃つことは禁止されています。

インタヴューに出た羊飼いのお爺さん、牧羊業者の憤りはよく分かります。都会の者がただ野生に返ることは良いことだと、甘い動物保護、野生絶賛で、100年近く前の自然に戻そうと、狼を他所から連れてきて放つこと自体が間違っていると言うのです。

一度、アメリカ西部から絶滅したバッファローを移入、保護し成功した前例があるので、狼も…と再生させようとしたのでしょうか。一度壊した自然のバランスを人工的に取り戻すのはとても難しい、微妙な問題なのです。

私たちにしろ、これだけ喜びを与えてくれているこの森の生活は、今までのところ、クマの足跡と糞はよく見ますが、家の中まで不法侵入に遭わず、荒らされずに済んでいます。モグラ、野ネズミ、リス、スカンクの侵略くらいは、当然受け入れるべき条件の一つだと覚悟しています。

-…つづく

 

 

第779回:地球を汚さないエネルギー

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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