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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第780回:競争馬の悲劇

更新日2022/11/24


馬はズーッと人間の歴史に深く関わってきました。優れた馬をいかに多く持つかが権力を握る鍵だった時代が長く続きました。馬も改良され、粗食に耐え、長距離を走れる、歩ける、または短距離を爆発的に早く走れる、または農耕馬として従順に力強く炎天下で一日中働けるようにと分化されてきました。

私のお爺さんの農園でも、農作業の主力はペア、2頭の馬でした。まだトラクターのない時代だったのか、それを買うお金がなかっただけなのか分かりませんが、私の父、母が育った両方の家では、馬はなくてはならない機動力でした。

多分に彼らが育った馬のいる農園への郷愁からでしょう、私が育った時も、いつも馬が何頭かいました。馬と一緒に育ったようなものです。と言っても、農耕に使うわけではなく、言ってみれば、ペットの馬でした。小型のシエトランド・ポニーが数頭、それに中型のハックニー種も何頭かいて、私たち兄弟の絶好の遊び相手でした。

大きなズウタイに黒曜石のような大きな目玉をして、私が呼べば、にじり寄ってくる馬は、それはそれはメンコイものです。日本の童謡に「呼べば、こたえてメンコイぞ……」という歌詞があったように思いますが、まさにその通りです。

今住んでいる森の家の向かいは切り開かれた牧場になっています。その牧場の家族、サム、ダイアン、息子のベン、娘のエミリーはよく馬に乗っています。ベンとエミリーは5、6歳の頃からフルサイズの大きな馬に跨っていましたから、今ティーンエイジになり、両親や牧童と一緒に牛を追ったり、移動させたりする時に、もう一人前に馬を、人馬一体になったように巧みに乗りこなしています。

馬や牛が何かのきっかけで突然集団で暴走し出すのをスタンピード(stampede)と言いますが、それは地響きし、恐ろしいほどの迫力です。普段大人しい馬のどこにあんな力が籠っているのか不思議に思えるほどです。

そのように馬を走らせた名画はジョン・フォード監督、ジョン・ウエイン主演の『駅馬車』 そして4頭立ての2輪車を引かせた競技で名高い『ベンハー』でしょうか。あのド迫力の場面は、主役が馬でジョン・ウエインもチャールトン・ヘストンも脇役でした。

全力疾走する馬は迫力があるだけでなく、とても美しいものです。未だに競馬が衰えないのは、もちろんギャンブルの対象になっているからですが、あの一心不乱にただただ早く走る馬の美しさがあるからではないかと思います。これがいくらトレーニングした豚やダチョウ、牛では、これほど絶大な人気競技にはならなかったでしょう。

競馬の人気は鰻登りにますます上昇しています。これには国家公認でお金を賭けて遊べる要素が大きいでしょう。日本の競馬ブームは衰えていないようですし、アメリカ、イギリス、フランスのレースも毎年のように賞金、賭け金総額が記録更新の盛況です。競争馬関係者は当然のことですが、自分の厩舎から勝ち馬を出そうと懸命になります。大金で取引される馬の持ち主も、なんとしてでも自分の馬を優勝させたいと手段を選びません。

その裏で死んでいる、殺されている競争馬がたくさんいることを知りショックを受けました。アメリカでは各州毎に基準が違い、登録されている馬の病気や事故、死亡を届け出る必要がない州もあるので、正確な統計は掴めません。2021年に届出があっただけで366頭の競争馬が事故死するか、骨折のために射殺されています。オーストラリアでは、2020年の8月1日から2021年7月31日までの1年間に149頭の競走馬が殺されています。

原因は人間のスポーツで禁止されているドーピング薬を馬に使用していることにあるのははっきりしているのですが、次から次に新たな興奮剤、ドーピング薬が開発され、それに各馬それぞれ反応が異なるので、チェックするのはとても難しいと釈明していますが、優勝馬、入賞馬の血液検査で、ドーピングは現代の化学で即簡単に判明すると思うのですが、しかしながら、いまだかつて、そうような検査で入賞、優勝が取り消された馬はいません。

人間より動物の方を可愛がり、大切にする傾向のあるアングロサクソン系、イギリス人やアメリカ人の一部の過激な動物愛護協会も、スペインの闘牛に対しては強硬な反対運動を繰り広げていますが、どういうわけか競争馬に対しては矛先が鈍り、具体的な反競馬運動は行っていません。

英国、そして旧英国連邦の国々で未だに人気のあるポロで使う馬はアルゼンチン馬が優秀で、ポロ競技の国際大会ではアルゼンチンが常勝です。秘訣はポロ向きの優秀な馬をクローンで生産しているからです。クローン自体まだ完成された生産手段ではありませんから、当然奇形が生まれてくる可能性があり、ポロの馬一頭を得るためにその影に何頭もの失敗した馬が生まれ、殺されていると言われています。流石にイギリス、アメリカでは、クローン馬の生産、輸入を禁止しています。

いずれにせよ、私が子供の頃、家で飼っていた駄馬に近い仔馬たちとは次元の違う馬の話ですが、一個の生命、そして個々の馬が担った運命を思う時、競走馬は速く走らせるために交配され、飼育、トレーニングされ、初めから悲劇を背負っていると思わずにはいられません。人間のギャンブル遊びのために……

-…つづく

 

 

第781回:スパイ大合戦 その1

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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