のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第754回:ベラルーシ、“白ロシア”のことなど

更新日2022/05/12


今回のウクライナ侵攻のおかげで、今までどこにあったのかさえ知らなかった国々、町の位置を中学生の地理の授業よろしく、地図帳で探し、こんなところに、こんな国があったんだ~と、知るきっかけになりました。

共産圏時代に相当広く東ヨーロッパを旅してきたウチのダンナさんでさえ、モルドヴァはチェコスロヴァキアの作曲家、スメタナの曲『モルダヴ』(プラハの中央を流れる川の名前です)と混同していたほどです。

更に酷いのは、彼、ウクライナの首都キーウ(キエフ)にも行ったことがあるのに、「なんかでっかい共産主義のシンボル像、たくましい男女が鎌とハンマーを掲げている銅像があったところかな~~」とまことに頼りないのです。もっとも、彼が旅行した時はソビエト連邦に組み込まれていましたが…。

ベラルーシの首都ミンクスも、「馬鹿でかいレーニン像が広場の中央にあったかな~~」と、その程度の記憶しかないのです。これを老人ボケと言わずに何と呼べばいいのでしょう。人は若いうちに旅をせよ! と言いますが、何も残らない旅もあるようです。

ベラルーシは、日本では“白(ハク)ロシア”と昔呼ばれていたようですね。しかし、またどうしてベラルーシがロシアに組して、ウクライナ侵攻のための軍事基地を提供し、ベラルーシからミサイルを撃つだけでなく、盛大に軍隊もそこからウクライナに侵入していて、まるでロシアの手足にならなければならないのか、よく分かりませんでした。

原因は台所の事情にありました。かの国、内陸低地ばかりで45%も森林が占めています。地下資源はほぼゼロ、よって石油、天然ガスなど100%ロシアから輸入しています。その上、何年間もガス、燃料代をロシアに払っていないのです。おまけに1990年、ソビエトが分解し、一応独立宣言をしてからの混乱期を統率したアレクサンドル・ルカシェンコが、1994年から現在に至るまで独裁政権を敷いているの国なのです。

ルカシェンコ大統領自身、元生粋の共産主義者を自称していましたが、北朝鮮を思い起こさせる独裁者で、猛烈な反政府運動弾圧政策を取り、イグノーベル平和賞(逆説的な賞)を受賞しているくらいです。共産主義者が聞いて呆れます。ヨーロッパで最後の、ただ一人の独裁者と呼ばれています。

ルカシェンコ大統領自身、プーチンの腰巾着というわけでもなく、喧嘩したり仲直りしたりを繰り返しています。でも、所詮ロシアに台所を握られている以上、全面的な反抗は不可能な状態でしょう。最近は中国寄りの政策を取り、なんとかロシアの依存度を少なくしようとしている矢先に、今回のロシアのウクライナ侵攻が始まったようなのです。

私たちがベラルーシ人と直接関わりを持ったのは、私の妹が私たちのスキーに合流した時、同僚の看護婦さんを連れてきましたが、それがベラルーシ出身のマリーナでした。彼女は10代にベラルーシを逃れ、イスラエルに行き、そこで義務付けられているヘブライ語を学び、兵役を終え、仕事を求めてアメリカに渡ってきた経歴を持っています。

マリーナのロシア、ソビエト嫌いは相当なもので、ウチのダンナさん、止せば良いのに労働者の国、共産主義は素晴らしい思想だなんてぶち上げ、茶化すのを真に受け、マリーナは猛烈なロシア、ヘブライ語訛りの英語で反論していました。まだプーチンのウクライナ侵攻の2年も前のことです。

ベラルーシのことを知るようになったのは、雑誌『ニューヨーカー』の“Sviatlana Tsikhanouskaya”の特集記事(マリーナが近くにいれば、すぐに読み方「スヴャトラーナ・ツィハノウスカヤ」を教えてくれるのですが…)を読んでからです。

2020年に彼女のジャーナリストの旦那さん、セルゲイ・チハノフスキー(Siarhei Tsikhanouski)が独裁者ルカシェンコ大統領に挑戦するように反ルカシェンコ・キャンペーンを張り、逮捕され、即矯正収容所送りになりました。奥さんのスヴャトラーナは英語の教職に就いていましたが、当初、彼女自身の旦那さんを救済するために選挙に打って出たのです。

スヴャトラーナは自身が言うように、全く政治には素人で、逆に政治の世界は嫌いだ、政治的な言語さえ知らない、パワーポリッテックスに関わりたくもない…と、彼女の姿勢はハッキリしていました。ただ、旦那さん、セルゲイを牢から出したいだけだと言うのです。

ところが、彼女は民衆に押されるように2020年8月9日の選挙に勝ってしまったようなのです。ようなのです、とハッキリしない言い方をするのは、ルカシェンコ現職大統領が、逸早く勝利宣言(80%以上の得票だったと主張)をしてしまったからです。もちろん、ベラルーシの人々も西側の国々の人々も、誰もルカシェンコが発表した選挙結果など信じていません。

ルカシェンコ大統領の勝利宣言の後、大々的なデモが起こり、選挙事務局へ大群衆が詰め掛けましたが、待ち構えていたルカシェンコ大統領の右腕的存在の治安維持警備隊によって粉砕され、スヴャトラーナ自身も逮捕されてしまいます。そして、ベラルーシ国民のために二人の子供(一人は聴覚障害者です)を置き去りにして牢獄に入り、反ルカシャンコ運動を続けるか、亡命するかの選択を迫られ、悩んだ挙句、子供を連れてリトアニアに亡命します。

ルカシェンコ大統領は、議会で2035年まで免責といいますから、何をやっても責任を問われない、遣りたい放題の権利を承認させた文字通り本格的な独裁者になったのです。

スヴャトラーナさんが故国、ベラルーシに帰れるのは、ルカシェンコ大統領が死ぬか、今回のウクライナ侵攻が失敗し、ハッキリとロシアが敗北を認めた時、ルカシェンコがロシアという後ろ盾を失った時しかないでしょう。

コロラドの山郷で平和ボケ然として暮らしている私たちには、想像するだけで身震いしたくなるような、厳しい状況の下で暮らしている人々が、この世界にたくさんいるのは、なんとも残酷なことです。

それにつけても、私たちはなんと幸運、幸福な環境の中で生きているのでしょう。

でも、それも、壊れやすいガラスで囲まれているだけのことなのですが…

-…つづく 

 

 

第755回:ジェシカさんのこと

このコラムの感想を書く

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで

第501回~第550回まで
第551回~第600回まで
第601回~第650回まで
第651回~第700回まで
第701回~第750回まで

第751回:クレア一家の癌と大気汚染の関係
第752回:ウクライナのこと
第753回:ロシアのウクライナ侵攻とアメリカのベトナム戦争


■更新予定日:毎週木曜日