第761回:分裂の時代 その1
政治のことを考えるといつも暗い気持ちになります。それが政治だけでなく社会、とりわけアメリカに関係してくると絶望的な気分になってしまいます。
アメリカは元々ランド・オブ・オポチュニティ(Land of Opportunity;成功するチャンスがある国)として、旧態依然とした階級社会だったヨーロッパからの移民を惹きつけてきました。ヨーロッパの貧しい農民でも、アメリカに行けば、タダの土地を振り分けられ、自作農としてやっていける、おまけに山岳地帯にチョット分け入れば、金塊が転がっていると言うではないか、一旗揚げるにはアメリカに行くしかない。ド貧乏で丸太小屋で生まれた人間(リンカーンのことです)が、大統領になれる国だ…。ワシらの国でド貧乏の小作人が王様になれると思うかい? ソレッ、アメリカへ行こう!と、私たちの先祖は諸手を上げてやって来たのです。
ところが、見ると聞くでは大違い、確かに大成功を収めた新興の超億万長者も出ましたが、その陰に何百万人もの、奴隷、赤貧の労働者が生まれました。以前書きましたが、私の弟が大学を終え、就職した時の初任給が、引退を間近に控えた父の給料をはるかに上回っていました。弟は飛ぶ鳥を落とす勢いのコンピューター科学の専門でしたし、父の方は薄給の代表である中学校の先生でしたから、その格差は歴然としていました。ですが、それでも父が定年まで勤めることができたのは幸運な方で、何十万、何百万という人々が首を切られ路頭に迷っています。アメリカでは、官庁、大企業が労働者のクビを切るのは実に簡単なのです。
一方で、ハイテク産業、不動産投資会社、株式取引会社、ガソリンオイル会社、保険会社などは世の中がどうなろうと、常に豪壮なビルにオフィスを構え、天文学的な給与、億以上を稼ぐ社員はザラにいます。
貧富の差などという生易しいものではなく、革命前の旧ロシアのように、極少数の王族、貴族が全く何の権利もない数万の農奴を抱えていた状態に似てきたのです。アメリカの歴史の中でも、今ほど格差が広がったことはないでしょう。中間層が消滅しつつあり、僅かなスパーリッチな人と大量の食うや食わずのド貧乏層のどちらかに分かれてしまってきたのです。
私たち自身がどちらに属するかというのはかなり書きにくいことなのですが、数少ない中間層の最低線にいるのではないかと思っています。年金でどうにか暮らしていけますが、それは、今住んでいる家と土地の固定資産税が後期高齢者(ウチのダンナさんのことです)のディスカウントで激安、月々の必要経費は電気代だけ…というエンゲル係数が限りなく100に近い、どうにか食べていける層に属しているというのが妥当なところでしょう。
ウチのダンナさん、「そりゃ、何たってダンナの稼ぎが悪かったからな~」と言ってはいますが、それほどというのか全く貧乏暮らしを気にしていません。私の方も、彼に影響されたのか、今が最高、この高原台地の生活ほど私たちにピッタリ当てはまるモノはない…と信じています。
逆に、スーパーリッチ層に近い妹夫妻が色々気を遣い、新しく購入した2億円相当の豪華ヨットの処女航海に招待してくれたり、彼女の家の一角と言っても、バス、トイレ、台所、寝室プラス居間に越してこい、あるいは好きなだけいてくれ、使ってくれ、彼女たちがオーダーしたポルシェの新車を受け取りついでにヨーロッパをその車で旅行する期間、家を自由に使ってくれとか言ってくれるのですが、海大好き人間、しかも新艇、豪華ヨットを回航するという普段なら涎を垂らして飛びつくはずのダンナさんが、こんなオイシイ話を前にためらっているのです。
「ウーム、こりゃ、生き方の問題になるからな~。貧乏人の心、フトコロ、金持ち知らずというところかな~」と、ぼやいています。私は密かに、彼はメガパワーボートがいかに燃料を消費するか知っているので、いかに義理の弟の船であっても、燃料をばら撒くように使う豪華ヨットに関与したくないと思っているのではないか取っています。彼らは、ダンナさんのエアチケット代も出すと言ってきているのですが…。
アメリカで何の健康保険にも加入していない人は国民全体の35%にもなります。アメリカに国民健康保険のような社会保障は皆無に近いですから、すべて私立の企業が牛耳っています。そんな私立の健康保険会社は、テレビや雑誌、インターネットでいかに安い掛け金で良いサービスを受けることができるか、家や車の保険と組み合わせるとさらに安くなり、しかも生命保険も付いているなどと宣伝しています。ですが、これらの儲け主義の保険会社が送ってくるカタログ、パンフレットは200ページくらいあり、細かい字で書かれた契約書だけでも20~30ページもあり、「こんなモノ誰が読むんだ? しかも、読んで他の健康保険会社と比較できるわけでもないんだ。これではただ健康保険会社を太らせるためだけじゃないか」とダンナさん憤っています。
彼の今年の2月のスキー事故の医療費請求で、私たちも中間層の最低ラインから陥落し、赤貧層に足が架かっている現状なので、アメリカの医療保険の酷さを身に染みて感じさせられているのです。それでも、病院で受け付けてくれ、入院できただけ幸運なのかもしれません。生真面目に月々の支払いを滞りなくしてきたクレジットカードの番号を救急車、医療ヘリコプター、病院に足を踏み入れる前にシカと押さえられましたが…。その膨大なチャージをどうやって払うかはともかくとして、クレジットカードにはまるで水戸黄門の“印籠”の効果があったのです。でも、アメリカにはそんな印籠のようなクレジットカードすら持てない人がたくさんいて、そんな人は救急車やドクターヘリには載せて貰えないし、病院で受け付けてくれません。門前払いなのです。
早く言えば、アメリカの優れた医療を受けることができるのは、少数のお金持ち層だけで、貧乏人は路頭で死ぬしかないのです。
貧富の格差が広がる一方、しかも相当強烈なインフレが居座っている状態は、政情が不安定になりがちです。ヒットラーがそんな国情を手に取り、極右のナチスを組織し、選挙で政権を勝ち取った時の状況にとても似てきているのです。今、アメリカでは極右の波が押し寄せ、それが宗教と結びつき、大きな勢力を持ちつつあります。
広がる格差は貧富だけでなく、右左も両極端に走りつつあるのです。
-…つづく
※お詫びと訂正:またまたやってしまいました。前回の「第760回:堕胎が政治の焦点?」で、今年の11月に行われる中間選挙で下院議員の3分の1が改選になると書きましたが、トンでもない間違いで、全議席435議席が一挙に改選になります。こんな初歩的な間違いを犯してしまい、本当に恥ずかしく思っています。正しくは上院議員の約3分の1の34議席、そして下院議員は全議席改選になります。同時にアメリカ50州の内36の州の知事が改選になります。
第762回:分裂の時代 その2
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