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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第760回:堕胎が政治の焦点?

更新日2022/06/23


カトリックを国の宗教にしている国々では、ホンノ30~40年前まではゴム製品(コンドーム)でさえ違法で、避妊薬など…とんでもない、ましてや堕胎は殺人とみなされていました。

私たちがスペインに住んでいた頃、コンドームは蚤の市でおじいさんが、「風邪の予防に・・・」と、声をひそめて売っていたほどです。マア、40年以上も前のことですが…。それがアット言う間に、ポルノ解禁、避妊薬解禁、堕胎も条件付きで合法になりました。それどころか、逆にマドリッドの地下鉄に高さ3メートル、幅5~6メートルはあろうかという長大な張り紙広告で、若い男女の顔を大映しにし、“コンドームを付けよう、付けさせよう!”という政府自ら音頭をとりキャンペーンを展開したくらいです。このキャンペーンは妊娠より、エイズ予防政策のようでしたが…。

今年の11月にアメリカの中間選挙、4年に1回行われる大統領選挙の間に行われるので中間選挙と呼ばれていますが、上院議員の半分、下院議員の3分の1の改選が行われます。その前哨戦ともいえる各党での候補者選び、党内での選挙がすでに始まっています。トランプ前大統領が後押しをする共和党候補者が次々と党の代表権を獲得し始めています。

何ともと言うのか、いかにもと言うべきか、アメリカ的なのは“堕胎”が選挙第一の争点になっていることでしょう。堕胎を全面的に禁止する州が増え、はっきり堕胎は犯罪だと州議会で法案を可決する州が続々と出てきています。堕胎全面反対派は、当然保守的な共和党、キリスト教徒、トランプ派が多く、“人命は大切だ、誰にも殺す権利はない”と、大キャンペーンを繰り広げ、成功を収めています。

現時点で20の州で条件を設けてはいますが堕胎を許可しています。他の30州は禁止か、その方向に動いています。堕胎絶対禁止は共和党、堕胎を許す側は民主党と、はっきり色分けができあがっています。

歴史的に観て、アメリカ国内での堕胎は19世紀の中頃まで当たり前のように行われていました。その当時でも、キリスト教の教義を守ろうとする堕胎をしない、許さない宗派、カトリックやモルモン教は存在していたのですが、それを政治にまで持ち込むことはなかったか、少なかったのでしょう。他の人たちに自分が信じていることを押し付けることがなかったのでしょうか。そう信じているなら、自分で堕胎、人工中絶はしない、でも、それを他の人に押し付けないという態度をアメリカ人は取れないようなのです。

ところが、恐らく、堕胎問題が保守的な教会関係者、信者を巻き込み票稼ぎになると見込んだ政党がチカラコブを入れたのでしょうか、今では選挙があるたびに反対派、賛成派ともに大きなキャンペーンを張り、国会に詰め掛けたりするようになりました。まるでそれが絶対的なリトマス試験紙のように、堕胎で支持政党の色分けするほどになってしまったのです。本来なら純粋に医療の問題であるべき堕胎が、大きな政治問題になったのです。

問題は最高裁まで持ち越され、6月終わりか7月には裁定が下されることでしょう。でも、これがアメリカの不思議なというか、滑稽なところで、いくら最高裁が立派な判断をし、裁定を下しても、それを守り、従い、実行するかどうかは、各州の州議会、知事の判断に掛かっているのです。それじゃ、一体何のための合衆国最高裁があるのかと言いたくもなろうというものです。

先週、最高裁の裁定を待たずに、オクラホマ州では堕胎が完全禁止になりました。こうなると、オクラホマ州で堕胎を行うと、その医者、看護婦、医療関係者、堕胎手術を受けた女性は殺人罪、殺人幇助罪に問われることになります。それどころか、州外の医院を紹介しても罪に問われるのです。テキサス州、ミシシッピー州でも同様の法案が可決されています。それに続けとばかり、他の共和党が多数を占める州や州知事が、堕胎完全禁止法案を可決し始めました。

堕胎絶対反対派が唱える“人命は大切だ”という当たり前すぎ、誰も反対することができないキャンペーンは一見、理屈が通っているように見えます。ところが、その堕胎反対派がサウスダゴダ州にある産婦人科で堕胎の施術を行っている医院に、火炎瓶を投げ入れたりする暴力に訴えているのを見ると、おまけに人命が大切なら、アメリカの政府がアジア、アフリカ、中近東で展開してきた殺戮、戦争に反対せず、逆に自分の息子、娘を褒め称えるように戦場になぜ送り込んできたのでしょう。早く言えば、第三世界の人の命などは問題でなく、彼らが言う”人命“とはアメリカ人に限ってのことのように思われます。

はっきりとした数字は掴めていませんが、年に250万件の堕胎がアメリカで行われていると推定されています。他の国の例を観るまでもなく、いくら禁止しても絶対になくならないのが堕胎施術です。隣の州へ行けば合法的に堕胎できるし、ヨーロッパでは隣の州へ行く感覚で隣の国に行けば済むことでしたから。それに手術を受ける女性に“犯罪意識”が全くないのですから、なんとか手術を受ける方法、場所を見付けることになるでしょう。そこで、キチンとした医療機関ではなしに、ヤミの清潔ならざる、女性にとって安全ならざる場所で施術する例が多くなります。このアメリカの推定堕胎件数が明確でないのは、ヤミ施術が過多あるからです。また、このヤミ手術で命を落とした女性の数は公表されていません。

堕胎は票稼ぎの政治問題とは切り離し、純粋に医療の問題、そして生まれてくる赤ちゃんを育てる社会の問題のように思えるのです。どんな状況で生むにしろ、その赤ちゃんと母親に経済的な不安がなく、社会的な偏見もなく、立派に子育てができる環境があれば、堕胎は自然に減るでしょう。そんな社会構造、保障にまず手をつけるべきだと思うのです。

アメリカ人の特徴と言って差し支えないと思いますが、一般的に狂信的なほど独善的で、自分が正しいと信じていること以外は認めない傾向があります。非寛容なのです。中絶絶対反対派の人たちは、堕胎を行わなければならない状況に追い込まれた女性、一人ひとりの辛い事情に目を向けるべきだと思うのです。

日本で行われている『特定妊婦法案』で救われている女性がどれだけいるか、アメリカ人は知ろうともしないのです。


-…つづく 

 

 

第761回:分裂の時代

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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