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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第328回:流行り歌に寄せて No.133 「函館の女」~昭和40年(1965年)

更新日2017/06/01


NHK紅白歌合戦出場回数が50回というダントツの1位を誇り、日本で最も有名な歌手である北島三郎にとって、最もその存在を世間に知らしめた年が、この昭和40年だったのではないかというのが大方の見方である。

北海道上磯郡知内村生まれ、高校を中退、歌手を目指して昭和29年に17歳で上京した。音楽学校を卒業し、下宿先の大家さんの娘さんと昭和34年に結婚したが、歌で身を立てることができずに、生活はかなり苦しかったという。

流しをしていたときに、あるきっかけで出会うことができた船村徹の門下生としてレッスンに励む。デビュー曲がいきなり発売禁止になるという憂き目に逢うが、その後すぐにセカンド・シングルと出された、船村が北島のために書いた自信作『なみだ船』が発売された。これが昭和37年8月。上京してからは8年、結婚後3年近く経った後のことだった。

この曲がヒットし、その年の第4回日本レコード大賞新人賞を受賞することができる。そして翌年の昭和38年に『ギター仁義』で、50回を誇る出場歴の、歴史的な第1回目のNHK紅白歌合戦への出場を果たすことができたのである。翌39年は『ソーラン仁義』で2回目出場、確実に人気歌手の道を歩み出した。

そして、昭和40年。3月10日には『兄弟仁義』が、4月20日には『帰ろかな』が発売される。『兄弟仁義』は星野哲郎作詞、北原じゅん作曲による、いわゆる任侠もの。彼の剛毅な歌いっぷりがたいへんな人気を呼び、その後東映により映画化され大ヒットした。続編も制作され、北島の俳優としての存在感をも大いにアピールすることになる。

一方『帰ろかな』は一転、永六輔作詞、中村八大作曲による、こちらは望郷もの。NHKテレビ『夢であいましょう』の『今月の歌』の一つとして作られた、のどかで、しみじみとした曲である。

『親の血を引く兄弟よりも 硬い契りの義兄弟』と『淋しくていうんじゃないが 帰ろかな 帰ろかな』の2曲を続けて録音することのできた、北島の懐の深さを感じてしまう。そして10月には『函館の女』をリリース。彼の歌世界の中の、本当に多くの部分が、この年に方向付けられたと言えるのだと思う。 

「函館の女」 星野哲郎:作詞  島津伸男:作曲  北島三郎:歌

1.
はるばるきたぜ 函館へ

さかまく波を のりこえて

あとは追うなと 言いながら

うしろ姿で 泣いてた君を

おもいだすたび 逢いたくて

とても我慢が できなかったよ

2.
函館山の いただきで

七つの星も 呼んでいる

そんな気がして きてみたが

灯りさざめく 松風町は

君の噂も きえはてて

沖の潮風 こころにしみる

3.
迎えにきたぜ 函館へ

見はてぬ夢と 知りながら

忘れられずに とんできた

ここは北国 しぶきもこおる

どこにいるのか この町の

ひと目だけでも 逢いたかったよ


この曲が流行ったのは、私が小学校4年生の頃。子どもというのは不思議なもので、それはあるいは音楽の授業で習う曲の影響なのか、歌詞の内容をあまり悲観的に考えない傾向にあると思う。私は、わざわざ函館まで女の人を追ってやってきた男の人が、ついに再会を果たせたという曲だと思っていた。その当時そう思っていたのがずっと続いていて、実は恥ずかしながら最近までそう信じていたのである。

よくよく聴いてみると、再会できたなどとはどこにも歌っていない。実に気持ちよさそうに、明るく歌い上げているので、ハッピー・エンドだと勝手に思い込んでいたのだろう。さらに「函館へ」の歌詞についても、ずっと「函館ー」と伸ばして歌っているものだと勘違いしていた。また当時の小学校の友だちには「はるばる北で 函館」という歌詞だと言い張る子もいて喧嘩になったりして、実にいい加減である。逆を言えば、それだけ歌謡曲が子どもたちに浸透していたということか。

さて、この『函館の女』をはじめとする、星野、島津、北島トリオによる『女シリーズ』、かなりの数がある。私たちの年代では当たり前だが、あるいはこのコラムを読んでくださる方の中には、かなり若い方もいらっしゃるかも知れないので、念のために。このシリーズは、すべて「女」と書いて「ひと」と読ませる作品である。だから、第1作は「はこだてのひと」。

『函館の女』*以降、昭和41年『尾道の女』42年『博多の女』*43年『薩摩の女』*『伊予の女』『伊勢の女』44年『加賀の女』*45年『伊豆の女』46年『なごやの女』47年『沖縄の女』48年『木曾の女』49年『みちのくの女』54年『横浜の女』。

15年間に及び、実に13曲、ちなみに*印は紅白での歌唱曲である。『与作』が発表されたのが昭和53年だから、その後もシリーズは続いたことになる。

いわゆるご当地ソングの部類に入る曲であるから、地名、特産品などが歌詞に組み込まれている。そこで、私にゆかりのある愛知県、長野県のそれぞれ『なごやの女』『木曾の女』の歌詞を覗いてみる。

『なごやの女』には、名古屋のメインストリートである「広小路」、「名古屋帯」「庄内川」などがひっそりと使われており、『木曾の女』には、「馬籠の宿」「中仙道」「御岳さん なかのりさん」「花馬祭」「寝覚の床」「お六櫛」などが、こちらはふんだんに使われていた。

12曲目までには関東の女を歌った曲がなかったが、最後に『横浜の女』としてようやく出てきた。けれども、ついに関西の女が一度も登場しなかったのは、何か理由があるのだろうか。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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