のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第311回:流行り歌に寄せて No.116 「まつのき小唄」~昭和39年(1964年)

更新日2016/09/08

本当に久しぶりに本棚から『広辞苑 第五版』を引き抜いてきて「小唄」という項目を調べてみる。からまであって、今回の『まつのき小唄』に該当するのはのようである。

室町時代の小歌の流れを引く、近世の俗謡小曲の総称。

江戸末期に、江戸端唄から出た三味線唄。清元関係者が作曲したことも多く、粋でさらっとした短い歌曲で、撥を使わず爪弾きする。江戸小唄。早間小唄。

明治末期-昭和前期の流行歌謡の分類の一。俗曲・小唄②の調べを持つもののほか、新作も多い。

私たちがよく耳にし、お座敷などで披露されるのはのことだと思うが、端唄と違い、撥を使わないということは今回初めて知った。爪弾くというが、実際は指の腹で弾いて音を出すのだろうが、撥を使ってあまり大きな音を出してはならぬ環境での演奏が多かったことに由来するという。

さて歌謡曲の世界での「小唄」と聞くと、私はなぜかウキウキしてしまう。3ヶ月あまり前に取り上げた『お座敷小唄』も同様、男女の心の綾を、色気を含みつつ軽妙に歌い上げるこれらの作品を、とても愛おしく思うのである。

「お座敷」の方は作詞者不詳、「まつのき」の方は作曲者不詳ということである。人々が少し色っぽい思いを抱き、手拍子を取りながら、ずっと歌い継いできたのだろう。こういう曲には、実力がある。

「まつのき小唄」 藤田まさと/夢虹二:作詞  作曲者不詳  二宮ゆき子:歌
1.
松の木ばかりが まつじゃない

時計を見ながら ただひとり

今か今かと 気をもんで

あなた待つのも まつのうち

2.
好きよ好きよ みんな好き

あなたのすること みんな好き

好きでないのは ただ一つ

かげでかくれて する浮気

3.
イヤイヤイヤよと 首をふる

ほんとにイヤかと 思ったら

イヤよイヤにも 裏がある

捨てちゃイヤよと すがりつく

4.
うそうそうそよ みんなうそ

あなたの云うこと みんなうそ

うそでないのは ただ一つ

あの日別れの サヨウナラ

5.
恋にもいろいろ ありまして

ヒゴイにマゴイは 池の鯉

今夜来てねと 甘えても

金もって来いでは 恋じゃない

6.
ダメダメダメよと 云ったけど

気になるあなたの 顔の色

出したその手を ひっこめて

帰りゃせぬかと 気にかかる


作詞家の藤田まさとは、以前『岸壁の母』の項でも少し触れたことがあるが、昭和ひとけた時代から詞を書き続けている大御所の中の大御所。次にご紹介できる作品で、書かせていただきたいと思う。

共作の作詞家、夢虹二は「すうじのうた」「どうぶつ音頭」「7ひきのこやぎ」「こりすのダンス」などを手掛けた、実は童謡の人。長い間「日本童謡協会」の事務局長を務め、「日本作詞大賞童謡賞」「第18回日本童謡賞特別賞」を受賞するなど、その業界ではまさに重鎮である。

その彼がこのような色気のある歌を作るのだから、音楽の世界は面白い。

そして歌い手の二宮ゆき子も、実は少女時代から童謡歌手として活躍し、かなりや子供会に属していた。「まつのき小唄」は彼女の21歳の時のヒット曲であり、全体的に大人っぽく男性コーラスと絡んでいるが、歌の高音部のやわらかい声は、少女歌手時代をどことなく彷彿させる。

その後、『三味でダンスを』や『温泉小唄』など色気のある曲を出していくのだが、『童謡小唄』というレコードがあるのが興味深い。これは『雨降りお月さん』『赤い鳥小鳥』『あの子はたあれ』『すずめの学校』他、いくつかの童謡のタイトルを歌詞にちりばめてラブソングにしている、何とも不思議な曲である。今ではまず作れない曲だろう。

今では作れないという意味では、彼女の歌う『まつのき小唄』のB面である下記の曲も、その典型と言える。東京オリンピックで沸き立ったこの年、超難解な技を次々と決める日本男子体操競技中に、NHKの鈴木文弥アナウンサーが発した「ウルトラC」という言葉は、その当時の流行語となった。

その直後に、ちゃっかりその言葉を拝借して、色っぽいというよりエロチックに浮かれてみせている。ゲリラソングとも呼ぶべき曲をご紹介してみよう。

「ウルトラCでやりましょう」  たなかゆきを:作詞  白石十四男:作曲
1.
どうせ男は 誰でも同じ

紳士ぶるのは およしなさい

乙にすまして 口説くより

ぐっとくだけて お互いに

ウルトラCで やりましょう

2.
いくらお金の 世の中だって

無駄に使うの およしなさい

恋はお金じゃ 買えません

好きになったら ひとすじに

ウルトラCで やりましょう

3.
色気あるのに ない振り見せて

淑女ぶるのは およしなさい

男心を 顔で読み

お酒飲ませて そのあとは

ウルトラCで やりましょう

4.
星の数ほど 相手はあるし

へたな遠慮は およしなさい

どんなチャンスも 逃さずに

二人きりに なったなら

ウルトラCで やりましょう

作詞、作曲とも、春日八郎などを手掛けた名手たちによる作品である。さすがウルトラがつくほどC調な曲である。

-…つづく

 

 

第312回:流行り歌に寄せて No.117 「女心の唄」~昭和39年(1964年)

このコラムの感想を書く


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー


第201回:流行り歌に寄せてNo.13
第250回:流行り歌に寄せて No.60
までのバックナンバー


第251回:流行り歌に寄せて No.61
第300回:流行り歌に寄せて No.105
までのバックナンバー



第301回:流行り歌に寄せて No.106
「新妻に捧げる歌」~昭和39年(1964年)

第304回:流行り歌に寄せて No.109
「お座敷小唄」~昭和39年(1964年)

第305回:流行り歌に寄せて No.110
「愛と死をみつめて」~昭和39年(1964年)

第306回:流行り歌に寄せて No.111
「夜明けのうた」~昭和39年(1964年)

第307回:流行り歌に寄せて No.112
番外篇「東京オリンピック開会式」~昭和39年(1964年)

第308回:流行り歌に寄せて No.113
「花と竜」~昭和39年(1964年)

第309回:流行り歌に寄せて No.114
「涙を抱いた渡り鳥」~昭和39年(1964年)

第310回:流行り歌に寄せて No.115
「柔」~昭和39年(1964年)


■更新予定日:隔週木曜日