第319回:流行り歌に寄せて No.124 「二人の世界」~ 昭和40年(1965年)
藤山一郎『長崎の鐘』(S24)、森繁久弥『銀座の雀』(S30)、ザ・ピーナッツ『可愛い花』、(S34)、坂本九『上を見いて歩こう』(S36)、一節太郎『浪曲子守唄』(S38)。
並べてみたのは、過去5年の年初にこのコラムでご紹介した歌である。曲の発表順にご紹介しているわけなので、年の初めだからと言っておめでたい曲にはならないのは仕方ないが、昨年の「逃げた女房にゃ」から始まるのは書いていてどうかなという思いがあった。けれども、コラムの終盤で『帰ってきた女房』という曲を上げて、何とかメジャー・コードで文章を終えることができた。
さて今年はどうかと言えば、石原裕次郎の歌からのスタートということになった。彼は亡くなってから今年でちょうど30年になるが、還暦を超えた年配の人たちが集まるカラオケに1時間いれば、必ず誰かが1曲歌い出すほどの圧倒的な人気を、未だに保ち続けている大スターである。
この『二人の世界』は、私がおそらく初めて聴いた裕次郎の曲である。当時、西郷輝彦や舟木一夫をしきりに聴いていた私だが、甘いギターの音色がヴォーカルに絡んでいく歌の世界は、まさに大人そのものであった。想像すらできない恋の綾は全く理解できなくても、なぜだかとても好きな曲だったのである。
「二人の世界」 池田充男:作詞 鶴岡雅義:作曲 石原裕次郎:歌
1.
君の横顔 素敵だぜ
すねたその瞳(め)が 好きなのさ
もっとお寄りよ 離れずに 踊ろうよ
小さなフロアーの ナイトクラブ
夢の世界さ
2.
僕の今夜の ネクタイを
嫉妬(や)いているのは おかしいぜ
君は可愛い 僕だけの ものなのさ
ギターが酔わせる ナイトクラブ
影も寄り添う
3.
逢えば短い 夜だから
何も云わずに 踊ろうよ
淡い灯りが またひとつ 消えてゆく
別れが切ない ナイトクラブ
恋のクラブよ
作曲の鶴岡雅義は、この曲が作曲家としてのデビューであった。彼は、古賀政男から作曲を学び、日本のクラシック・ギターの第一人者である阿部保夫からギターの手ほどきを受けている。そして昭和35年にラテンのグループ、トリオ・ロス・カバジェロスを結成した。
数々のヒット曲を生んだムード歌謡の名高いグループ、鶴岡雅義と東京ロマンチカの結成が昭和41年であるから、この曲はロマンチカ以前の作曲だったことになる。のちに裕次郎には『逢えるじゃないかまたあした』『青い滑走路』『泣かせるぜ』『涙はよせよ』などを提供している。因みに『青い滑走路』は、私のベスト・オブ・裕次郎である。
鶴岡は83歳になった現在でも、ロマンチカのリーダーとして、また作曲家として精力的に音楽活動を続けている。
作詞の池田充男は、この曲の他に『小樽のひとよ』で鶴岡とコンビを組んでいるが、裕次郎と八代亜紀のデュエット『別れの夜明け』では伊藤雪男と、また八代の『愛の終着駅』では野崎眞一と組み、ヒット・メーカーとなっている。
さて『二人の世界』だが、他の裕次郎のヒット曲と同様、日活により映画化された。共演は浅丘ルリ子。今回ネットでダイジェストを見る機会に恵まれたが、曲の内容に沿っているのか、ナイトクラブのシーンが数多あり、必ず二人で踊っている。
以前、デュエット曲『東京ナイトクラブ』の項で書いたように、ナイトクラブという場所に一度も足を踏み入れていない私にとって、たいへん参考になった。とてもムードのある、真に大人の社交場だということがよくわかったが、もし今このような場所があったとしても、やはり気恥ずかしくてとてもいけないな、という思いを強くしている。
ところで、件の『東京ナイトクラブ』と『二人の世界』の中に、たいへん似通った歌詞が出てくる。歌をご存知の方はすでにご承知かと思うが、
前者の『(女)どなたの好みこのタイは (男)やくのはおよしよ』
後者の『僕の今夜のネクタイを 嫉妬(や)いてるのはおかしいぜ』
この部分である。偶然ということは考えられず、私はこれは大先輩である作詞家の佐伯孝夫に対する池田充男のオマージュではないかと考える。
いろいろな曲を聴いていると、時々こういうことに出くわすが、私はとても粋な文化だと思っている。
-…つづく
第320回:流行り歌に寄せて No.125
「東京流れ者」~昭和40年(1965年)
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