山形発17時21分の仙山線で仙台へ。仙山線も初乗りなので車窓を楽しみたい。しかしもう日没である。それでも目を凝らしていたけれど、面白山トンネルを出る時にはトンネルの中か外かわからないほど暗くなっていた。明日、もう一度乗って、山形新幹線で帰ると決めた。
今日は仙台に泊まるつもりだが、宿の手配はしていない。仙台近郊の泉中央に全国チェーンのネットカフェがあることを調べていた。夜にチェックインして、始発列車に乗るという私の旅では、たった5000円程度の格安ホテルでも割高に感じる。ネットカフェなら6時間パックで2000円程度が相場だ。それでマンガ読み放題、インターネットとパソコンが使い放題、ソフトドリンク飲み放題である。
そもそも列車に揺られているだけの旅である。ベッドで眠りたくなるほど疲れない。最近のネットカフェは個人ブースでリクライニングシートやカーペットの席がある。仮眠には充分だ。私は一昨年に富山のネットカフェに泊まってから、ビジネスホテルよりネットカフェ派のほうが好きになった。特に今回は若干の仕事を抱えていて、夜の間にメールとパソコンを使いたい。ネットカフェ泊ならノートパソコンを持ち歩く必要もない。ICメモリーをポケットに入れておき、メールや携帯電話で連絡が取れたらどこでも仕事場である。
ビジネスホテルより遊べて料金の安いネットカフェは、出稼ぎ労働者向けの木賃宿やベッドルームより安い。だから最近、ネットカフェを渡り歩いて生活する若者も増えているそうだ。旅の宿ならともかく、生活の本拠とはどうかと思うけれど、その気持ちは理解できる。人生とは旅などと気取っているわけではないだろうけれど、余分な荷物を持たずシンプルに生きる術であるような気もする。
仙台着18時33分。泉中央は仙台市営地下鉄南北線の北側の終着駅だ。JRの改札を出て、地下道を地下鉄仙台駅方向へ歩く。途中に青葉通という駅がある。これは仙石線の始発駅で、仙台市営地下鉄の仙台駅に接続している。仙石線は明日の朝に乗る予定だ。
地下鉄仙台駅。泉中央までの切符を購入してホームへ降りた。しかしここで気が変わった。いったん南側の終点の富沢へ向かい、折り返して泉中央に向かえば、地下鉄南北線を完乗できる。外は暗いけれど、どうせ地下鉄だから景色は見えない。それなら、いまから往復したってかまわない。運賃の差額は富沢で精算すればいい。
仙台地下鉄を完乗する。
私は目的地とは逆方向の列車に乗った。12分、7つ目の駅が終点の富沢だ。この付近だけが地上の高架区間になっている。富沢駅ホームのいちぱん南側にエレベータがあり、そこを降りたら何故か改札口の外側になってしまった。あれは従業員専用だったのだろうか。キセルをしたと思われては癪なので、駅員室にきっぷを渡しに行く。駅員は不思議そうな顔で私を見たが、不思議なのはこっちのほうだ。
駅の周りを散歩してみる。暗くさびしいところである。裏口から出てしまったのか、駅前に看板を光らせた居酒屋が一軒。高架をくぐると高層マンション、あとは民家。駅前広場はなにやら工事中である。あてもなく歩いていると、自分自身が挙動不審者に見えてくる。そんなとき、建設現場の塀の向こうに光り輝くタワーが見えた。高架線を振り返って方向を確かめると、どうやら仙台市の中心方面である。
富沢駅からテレビ塔が見える。
私は駅に戻り泉中央までの切符を買って、こんどは正しく改札口を通過した。ホームに上がって北の端に行くと、たしかにタワーがふたつ見えた。ライトアップされて、ひとつは白くもうひとつはオレンジ色に輝いている。私はカメラを構え、ふたつのタワーをひとつのフレームに収めようとした。しかし、微妙に離れており、他のビルや架線柱と重なってしまうのでアングルが決まらない。そんな私のそばを地下鉄が発車していく。次に到着した電車の運転士と目が合った。不信人物と思われたくないので挨拶し、タワーについて話を聞いた。どちらもテレビ塔で、片方は明日の天気を色で示しているそうだ。
「もう1本あるんだが、ここからじゃ見えないね」
運転士はそう言って列車を走らせ、去っていった。
私も撮影に飽きて、次の列車で泉中央に向かった。運転士は列車を走らせ、と書いたばかりだが、実は仙台市営地下鉄は自動運転である。運転士は発車の合図にボタンを押すだけだ。その様子は客室からは見えない。ずいぶん前だが、俳優の故川谷拓三氏がドラマで仙台地下鉄の運転士を演じていた。私はそのドラマで仙台地下鉄の電車の操作を知った。あれなら私にもできると思った。もっとも、ワンマン運転だから、ひとりで乗客の安全確保などをこなす必要がある。ドラマでは省略されている部分で、かなり忙しいのではないかと思う。
折返し泉中央へ。
仙台地下鉄の電車は、扉が閉まるときにクルマのクラクションのような音を出す。初めて聞いたときは驚いたし、その後も各駅で鳴るので煩い。しかし、何度も聞いているうちに慣れていく。17回のクラクションを聞き、27分の乗車で泉中央駅に着いた。黒松駅~八乙女駅~泉中央駅までの区間は地上線らしい。夜なので景色はわからないけれど、明日の朝に改めて乗るから、そのときに車窓を眺めるつもりだ。
泉中央付近は地上走行。
泉中央駅の周辺は新興住宅地帯の核にあたる。大きなショッピングセンターがふたつ建っていて、私は両方に立ち寄ってみた。どちらも東京近郊のショッピングセンターと同じ体裁で、旅をしている気分を忘れそうだ。私は全国チェーンの百円均一ショップに行き、清拭用のウェットティシュー、ICレコーダ用乾電池などを購入した。これで準備万端。泉中央の市街をしばらく歩き、ネットカフェに入った。
継続中の案件で届いていたメールに返信し、入稿済みの原稿を修正する。東京から350キロも離れた土地で、私は束の間の日常に戻った。便利なIT社会も少々考え物だな、などと思いながら。
夕食は山形の駅弁「牛肉どまんなか」。
今日の宿はネットカフェ。
-…つづく
第182回からの行程図
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