■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。




第1回~第50回まで

第51回~第100回まで

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第151回:左に海、右に山
-予讃線 今治~多度津-



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第152回:平野から山岳へ -土讃線 多度津~阿波池田-

更新日2006/07/27

8両編成の電車特急から3両編成のディーゼル特急に乗り換えた。グリーン車は連結されておらず、先頭車が禁煙の指定席、中間が喫煙の自由席、後ろが禁煙の自由席だった。私は松山駅で指定席を予約していた。しまんと3号は高松始発で、出発時に自由席が埋まり、途中駅から乗ったら座れなくなるかもしれないと思ったからだ。しかし指定席はガラガラで、私の他には子供を連れた家族がひと組。

しまんと3号は多度津駅を出ると、しおかぜ6号が来た道を戻る形で西へ進み、やがて左に分岐して南下する。たった3両の特急列車は、これから険しい四国山地を超えて太平洋を目指すのだ。しかし、すぐに険しい地域に踏み入れるわけではない。地図によると、この先の琴平までは平坦な土地のようだ。


しまんと3号で四国縦断。

四国の4つの県の面積を比較すると、香川県がもっとも小さい。しかし、逆に平地の割合は香川県がもっとも大きい。私はいままで、四国4県はもうすこし平等に分割できなかったのだろうか、と疑問に思っていた。天気予報の略図を見ると、中国地方の各県は均等に分割されているような気がする。しかし実際には四国各県は広さが違う。四国を再編成するとき、基準になった数値はおそらく平地面積だったのではないか。

列車は平地を快調に走っている。スピードを出すならいまのうち、とでも言いたげである。実際その通りで、この先は讃岐山脈、四国山地のふたつの峠越えが控えている。土讃線は四国有数の景勝地、大歩危、小歩危も通るから、山岳路線の車窓も楽しみだ。だが峠にかかる前に、重要な駅に連続で停まる。善通寺と琴平である。

琴平といえば全国に名だたる金刀比羅様の琴平神社がある。しかし街の規模としては琴平の手前の善通寺のほうが大きい。四国霊場七十五番札所の善通寺は弘法大師空海が生まれた場所である。空海はここに生まれ、15歳で京に上って勉学に励み、31歳で遣唐使に選ばれて大陸へと渡った。804(大同2)年にこの土地に戻り、父が寄進した土地に善通寺を建て、真言宗を起こし自らが運営に当たった。この時、空海は34歳である。土地持ちの家に生まれ、京都に縁者もあるエリートだったとはいえ、たいした行動力である。私の三十代はいったい何をしていたんだと恥ずかしくなってくる。

善通寺発8時39分。琴平は隣の駅で8時44分着。こちらはもう山が迫っている。「しあわせさん、こんぴらさん」と書かれた幟がいくつも並んでいて派手だし、駅舎の造りも立派だけれど、駅そのものの雰囲気は落ち着いていた。金刀比羅宮は琴平山の中腹にあり、車窓右手に見えるかもしれない。停車する前は見えなかった。発車してすぐに、それらしき古びた建物が見えた。それが金刀比羅宮そのものなのか、門や建物のひとつなのかは解らなかった。


金刀比羅様?

琴平神社は大物主神を祭った神社である。付け焼き刃の知識を披露すると、大物主神はおおものぬしのかみと読み、大国主神の和魂だそうだ。和魂と書いて"にぎみたま"と読み、神様の霊魂のうち優しさを司る面である。神様には祟りを起こす荒魂と御利益を授ける和魂というふたつの側面があって、ようするにアメとムチ。金刀比羅宮はアメの神様が祭られている。これで合っているのかどうか不安だが。

善通寺の起源は明確にされている。しかし金刀比羅宮はハッキリしない。というのも、ここに大物主神が祀られると定められた時は明治以降だからである。それまでは海の守護神、金毘羅大権現を祭った寺社として古くから信仰の対象となっていたらしい。ここには崇徳上皇も祀られているが、主な信仰は海の守護神に対するものであった。金比羅様が知名度を上げた要因のひとつは、江戸時代に"○に金の文字を入れた団扇"というヒット商品が誕生したためだと言われている。

ふたつの名刹を並べれば、空海の善通寺は中国から輸入された信仰であり、琴平神社はそれに対抗してテコ入れされたジャパンオリジナルと言えそうだ。もっとも、どちらも訪れずにこんなことを書いては、両方から罰が当たりそうだから、この辺で車窓見物に戻ろう。

琴平を出るといよいよ山岳地帯に入る。切り通しに入り、線路が右に左にとうねっている。どこまで上るのか、と思ったらトンネルに入った。長い。土讃線は讃岐山脈をトンネルで走り抜けるつもりらしい。拍子抜けである。猪鼻トンネル、約四キロ。開通は1923(大正12)年である。こんなところを蒸気機関車で通過するのは苦行だっただろうと思う。四国の無煙化が急がれた理由がわかるような気がした。


吉野川を望む。

トンネルを抜けると徳島県だ。スイッチバックの坪尻駅を通過する。一瞬しか見えなかったけれど、侘びしげな良い雰囲気である。各駅停車に乗っていれば立ち寄れたのに、と思った。しまんと3号は右へ、また右へと曲がって吉野川を渡る。河口まで遠く離れているのに川幅が広い。さすがは四国三郎、堂々たる姿である。

鉄橋を渡りきり、さらに右へ折れて佃駅に停まった。徳島線の分岐駅だが、時刻表に通過駅と表示されている。しかし、土讃線は単線なので、上り列車とすれ違うためにここで待ち合わせる。上りの南風6号が通過していく。すれ違いなら次の停車駅の阿波池田でも良いではないか、と思うけれど、わざわざひとつ手前の駅を使うところに、列車運行計画のワザがあるのだろう。

9時16分、阿波池田着。辺りはすでに山の中であった。


佃ですれ違う。

-…つづく

第144回からの行程図
(GIFファイル)

 

 


 
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