琴平に来たけれど、金比羅さん参りの時間はない。では、このままことでんで引き返そうか、いや、それも面白くない。私は琴電琴平駅を出て、ためらうことなく右手の金比羅様には背を向け、左方向のJR琴平駅に向かった。JR琴平駅から土讃線と予讃線を乗り継いで高松に戻る。高松へ直通する特急があるかもしれないし、各駅停車に乗って多度津で乗り換えても、ことでんより速いだろうと思う。
地方私鉄は人々の生活に密着するように造られているから駅の数が多く、JRの幹線は都市間輸送が目的だから駅間が長い。だから同じ区間ならJRのほうが停車駅が少なく、早く着く。携帯電話の乗り換え案内サイトで調べたら、JR経由の所要時間は各駅停車で57分、特急で36分だ。道のりはJRのほうが長いから、各駅停車でもJRが速いのだ。
JR琴平駅。
琴電琴平から真っ直ぐ歩いた道路の突き当たりがJR琴平駅だった。駅舎はとんがり屋根で、その上に避雷針が刺さっていた。参詣客で賑わう駅らしく、駅前広場は小さなロータリーで、噴水の池がある。団体列車が到着すればかなり賑わうことだろう。しかし、この時は人影も少なく、体育館のように広い駅舎内もがらんとしていた。発車案内を見ると、次の列車は14時34分発の岡山行き『南風16号』である。高松行きのしまんと号を併結していないので、高松に行くなら多度津か宇多津で乗り換える。多度津から高松まではまだ乗っていない区間だから好都合だ、少しでも多く地図状の路線を塗りつぶせる。
いや、待てよ。どうせ乗り換えるなら、このまま南風で瀬戸大橋を渡り、児島で折返しの高松行きに乗れないだろうか。バースディきっぷは瀬戸大橋を渡った次の児島までフリー乗降区間になっている。つまり、追加料金なしで瀬戸大橋を往復できるのだ。ここで私の頭脳がフル回転する。端から見ると魔法の書を操るように時刻表をめくり、14時34分琴平発、瀬戸大橋を渡って15時06分児島着、同駅15時08分発の快速マリンライナーに乗れば、15時38分に高松に着く、というプランができた。完璧である。私は気をよくして、窓口で南風16号のグリーン席を予約した。たった30分の乗車だが、特典を使い尽くしたい。
南風で瀬戸大橋へ。
ディーゼル特急南風16号が多度津を発車した。初乗り区間なので車窓に注目する。北へ線路が分岐した。工場に向かう貨物線のようだ。瀬戸内は自然のまま残されている島が多いようだが、沿岸は本州側も四国側も工業地帯である。しかし、煙突がいくつも見える割りには空気はきれいで、空が青い。工場の白い建物、水色の倉庫の屋根がクッキリと見える。丸亀あたりから高架区間になって見晴らしが良くなった。工場の建物の向こうに大きな吊り橋が見えてきた。あれが瀬戸大橋か、これからあそこを渡るのか。遊園地のアトラクションに乗るような心境で、私は白い橋の全容を眺めた。
南風16号は宇多津を通過すると、まっすぐ橋に近づいていく。私の席は海側だが、右の車窓からは高松方面へ分岐していく線路が見えたはずだ。そこからが瀬戸大橋線の始まりで、予讃本線の高松方向へ、松山方向へとYの字に接続している。真横を向いていた橋が少しずつ角度を変え、橋桁が重なっていく。右手から高速道路が近づいて線路の上に重なった。いよいよ瀬戸内越えの始まりである。
列車が橋にさしかかると、本四連絡橋を説明する放送が始まった。瀬戸大橋は本州と四国の間の5つの島を経由する6つの橋で構成されている。本州と四国側の取り付け部分と島にある高架部分も含めると全長は13キロに及ぶという。総工費は1兆円以上、建設期間は10年。気の遠くなるような資金と時間がかかっている。
瀬戸大橋が見えてきた。
いよいよ渡るぞ。
投資を回収するために、通行料金は割高で、定期便のトラックドライバーなどはフェリーから橋へ移行しなかった。結局、橋は累積債務を返済できず、道路行政の無策の代表のような存在になった。需要の予測が甘いまま建設した、道路行政の利権がそうさせた、だから道路行政は変えなくてはいけない。そのシンボルがこの橋というわけだ。しかし、それでも橋は必要だ。本州と四国を繋ぐ意義は、国土をひとつにまとめることだ。単体の収支で語れないものがある。貨物列車とすれ違った。鉄道コンテナが船に積み替えることなく海を渡っている。頼もしき物流の姿である。
瀬戸大橋は高速道路が上、線路が下にある。だから線路はコンクリートの柱に囲まれている。私は以前から、あんなところを通る列車から景色が見えるだろうかと疑問だった。しかし、実際に橋にさしかかると、意外にも景色を楽しめる。たしかに柱は多いけれど、一瞬で通り過ぎるから、いわば映写フィルムのコマの間ような感じだ。太陽の位置と海上の水蒸気の関係なのか、車窓左手は霞んでいる。右手の視界はクリアーだ。海も青く、島もクッキリと見える。真下を見下ろせる部分もあって、低空飛行のような気分である。
海面が見える。
橋を通り抜けて児島に着いた。ホームが2面、線路が4本。上下線とも列車の追い越しができる仕組みになっている。逆方向のホームに列車の姿はなかった。立派な駅で、隅々まで見聞したいけれど、乗り継ぎ時間は2分である。私は階段を下り、改札口から出ずに隣のホームに上がった。ほどなく快速列車、マリンライナー39号がやってきた。先頭車が2階建てになっており、上がグリーン席になっている。もちろん私はグリーン車に乗った。
マリンライナーは瀬戸大橋の開通と同時に走り始めた列車で、普通乗車券のみで乗車できる。宇高連絡線の後継者として岡山と高松を結び、当初は1時間に1本が設定された。児島-坂出間の運賃は510円で、道路通行料金に比べるとかなり安いことから大人気となり、現在は30分おきに走っている。JR西日本とJR四国の共同運行だが、両社とも好調に気を良くしたのか、2003年からすべての列車を新車に交替させた。この2階建て先頭車はJR四国が造った車両である。
マリンライナー号。
いったん2階席に上がったが、座席番号を見ると一番前が2番になっている。あれ、1番はどこにあるのだろう、とさらに前に行くと、階段を下りたところ、運転席のすぐ後ろに1列4席があった。運転席とはガラスで仕切られており、展望席になっている。もちろんこちらのほうがいい。私は2階席に置いた荷物を持ってきた。右側にスーツ姿の男性がひとり、左側は私だけ。運転席側なので運転士が居て、前方の視界は右側席より少し劣るけれど、こちらに来るときに右側だった"景色の良いほう"が、逆方向ではこちらの左側になる。
走り出してすぐに車内アナウンスがあった。グリーン席は座席指定制だという。それは困った。私はグリーン車に乗る権利を持っているが、座席の指定を受けていない。気持ちがそわそわしてきた。検札に来た車掌さんに申告し、バースディきっぷを見せると、この席を指定した人が乗ってきたら移動してください、と言われただけだった。よかった。マリンライナーの次の停車駅は坂出。そこから高松までグリーン車に乗る客はまず居ないだろうから、ここは私の席である。
未来へのトンネル。
瀬戸内海の眺め。
展望席から橋を眺める。ズラリと柱が並んで幾何学的な風景だ。橋なのに、未来へ向かうトンネルを走っているようである。横を見れば瀬戸内の島々。この風景も楽しい。小さな島にはプライベートビーチのような小さな浜があり、そこには二人しかいない。橋ができる前は隠れ家のような秘密の場所だったのだろう。いまも当人たちはそんな気分かもしれないが、いまは橋の上から丸見えである。
瀬戸大橋を渡り終えたマリンライナーは、宇多津駅の手前で左へ向かう分岐線に入って高松へ向かう。坂出に停車。この席に来る客は居ない。私はそのまま居座り、高松までの風景を楽しんだ。この区間は線路の整備が整い、時速130キロで突っ走る。端岡駅で各駅停車を追い越し、真っ直ぐな線路を走っていた。二泊三日の四国の旅が、ようやく終わろうとしている。JRの新規乗車路線は677.7キロ。第三セクターと私鉄の新規乗車路線は150.7キロ。これだけ乗っても四国の線路は完乗できない。やっぱり四国は大きかった。
第144回からの第160回までの行程図
(GIFファイル)
2006年4月21~23日の新規乗車線区 JR:677.7Km 私鉄:150.7Km 累計乗車線区(達成率) JR(JNR):16826.9Km
(74.20%) 私鉄:4105.9Km(63.72%) |