■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。




第1回~第50回まで

第51回~第100回まで

第101回~第150回まで


第151回:左に海、右に山
-予讃線 今治~多度津-
第152回:平野から山岳へ
-土讃線 多度津~阿波池田-

第153回:吉野川沿いのしまんと号
-土讃線 阿波池田~後免-

第154回:吹きすさぶ風の中
-土佐くろしお鉄道 阿佐線-

第155回:自然が創った庭園
-室戸岬・阿佐海岸鉄道-

第156回:阿波踊りの夜
-牟岐線-



■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■更新予定日:毎週木曜日

 
第157回:鳴門海峡曇天景色 -鳴門線-

更新日2006/08/31

徳島発7時34分の列車で発つ。私の旅先の朝としては遅い。日本の鉄道はどこでも5時台から運行を開始しており、明るいうちに少しでもたくさんの路線に乗るなら日の出と共に出発したい。私が駅前のホテルを好む理由は始発列車に乗りたいからである。徳島駅からは5時45分に阿波池田行きの各駅停車があり、5時46分に高松行きの特急も出る。しかし今日はそれらより約2時間も遅い列車を選んだ。その理由は、鳴門線に乗ろうと思ったからである。7時34分発の鳴門行きは鳴門線の始発列車で、終点の鳴門からバスに乗り継げば、鳴門観光船の第一便に間に合う。名物の渦潮を見物しようと言う目論見である。私は9時15分発の観光船を予約していた。

朝食用の駅弁を買い、早めに改札を通った。昨日の雨を引きずった曇り空で、近くの景色も少し霞んで見える。車窓の見栄えが悪そうだな、と思い、せめて鳴門海峡で一瞬でも晴れてほしいと願う。理想は青い海と白い渦である。濁った渦潮など、家で洗濯機を回せばいくらでも眺められる。もっとも、あれはあれで飽きないものではある。


鳴門線直通の一番列車。

休日朝の徳島駅は人影も少なく静かだ。しかし、岡山行きの特急うずしお6号が1時間も前から入線しているし、アイランドエクスプレスIIと名付けられた観光列車もホームに待機する。広い構内にはディーゼルカーがいくつか身体を休めており、見物には事欠かない。アイランドエクスプレスIIは旧型のグリーン車を改造したものらしく、3列シートにカラオケと小さなステージが設けられている。行き先表示は団体となっている。どんな人々が乗るのだろう、と思うけれど、辺りには誰もいない。まだ発車までかなり時間がありそうだ。

列車見物にそろそろ飽きた頃、鳴門行きの普通列車が到着した。青と白に塗り分けられた旧式のディーゼルカーの2両編成。特急列車のような華やかさはないけれど、4人掛けのボックスシートはローカル線の旅によく似合う。乗客はまばらで、私は4人掛け席を占領できた。スポーツ新聞を広げて談笑するおじさんたちがいる。発車間際にもうひとりのおじさんが乗り込んで、先客に挨拶して隣に座った。顔なじみのようだ。盗み聞きすると、鳴門には競艇場があるらしい。それならもっとお客さんがいてもよさそうだと思う。ギャンブラーは朝に弱いのだろうか。他に高校生が10人ほど。

列車が動き出し、駅の構内を出るまでの雰囲気を楽しむと、足を伸ばして駅弁の包みを開く。阿波地鶏弁当といって、鶏飯の上に鶏のそぼろと照り焼きが載っている。鶏肉好きの私にはこの上なく幸福な内容で、車窓を楽しむまもなく食べ尽くした。箱を片づけようとしたら、裏側の品名表示には阿波尾鶏重と書いてあった。阿波踊りにひっかけた阿波尾鶏。なかなかうまいことを考えるものだ。こちらを表に表示すればいいと思うけれど、商標の問題があるのだろうか。


阿波尾鶏弁当。

列車は高徳線を北上する。車窓は特に特徴のない都市の近郊で、見どころを挙げるなら吉野川の河口を渡る風景だ。そこはしっかり見届けた。四国三郎の終着点。さすがに広い。昨日見た、あの大歩危の景色を流れた水が、ここまでやってくるのだ。吉野川を渡ると田園地帯で、晴れていれば鮮やかなはずの水田も冴えない色をしている。

7時49分、ガチャガチャと分岐器を渡る音がして、池谷駅に着く。ホームの手前で線路がY字型に分岐した。左側が高徳線。こちら右側が鳴門線である。池谷は小駅にしては珍しく、構内そのものが分岐点の途上にあるようだ。ホームはハの字型に配置され、その間に駅舎がある。面白そうな形なので、帰りにゆっくり眺めようと思う。

列車は左に山を望みつつ、住宅と水田の混じる景色を淡々と走っている。あの山は讃岐山脈の東端にあたる。その標高の低さが海に近づいていることを教えてくれる。鳴門線は全長8.5キロの短いローカル線だが、四国と関西を淡路島経由で結ぶ輸送路の一部を担う目的で作られたらしい。鳴門は関西に向いた四国の玄関で、付近の最大都市の徳島と鉄道で結ぼうという意図も判りやすい。しかし今は高速道路のバスとトラックがその役目を担っていて、鳴門線は地域輸送が主である。鳴門観光も、徳島や高松からバスの便があるらしい。


讃岐山脈と併走。

関東の鉄道好きにとって、四国入りには、岡山-宇野-宇高連絡線-高松というルートを思い浮かべる。東京発宇野行の寝台特急瀬戸号、本四連絡橋完成後はサンライズ瀬戸号が活躍しているからだ。しかし、関西人からすると淡路島経由の陸海路、和歌山経由の船便が思い浮かぶだろう。私は去年、和歌山港で見た徳島行きのフェリーを思い出した。

鳴門線には立道、教会前、金比羅前と、修道的な名の駅が多い。和洋折衷かと思ったが、教会前に十字架は無く、天理教の社があった。金比羅前の次は撫養というが、ここもかつてはゑびす前と称した時期がある。なんとなく、土地の成り立ちや人々の生活が窺えて好ましい。終着駅の鳴門も地味でよい。鳴門海峡という著名な観光資源を持ちながら、街中にひっそりと佇んでいる。いい雰囲気である。


鳴門駅。

鳴門駅から鳴門公園行きの路線バス乗る。高校生も競艇客もどこかに消えてしまい、バスの客は数人。終点まで乗った客は私だけであった。私の下調べが不十分だったので、バスの終着駅と観光船の乗り場がかなり離れていた。鳴門公園行きのバスは末端でルートが微妙に異なるらしい。運転手にそれを聞いて、そのままバスで終点のひとつ手前まで戻る。運転手は間違いだから料金は要らないと言ってくれた。私は礼を言いつつ料金を払い、観光船乗り場まで海沿いの道を歩く。念のため携帯電話で観光船の会社に連絡を入れると、ここから約10分ほどで船着き場に着くという。おかげでちょっとした散歩を楽しんだ。


鳴門観光船。アクアエディー。

鳴門観光船は船底が水族館の廊下のような造りになっていて、ガラス窓から水中を見物できる。しかし生憎の曇天で見通しが悪い。晴れていれば渦潮を水中から眺められる。水の中の竜巻のような面白い景色になるらしい。渦潮以外の場所でも沖縄のガラス底ボートのように、水中の生き物を眺められそうだが、今日は窓際にクラゲが一匹しか見えない。

鳴門の渦潮は潮流の関係で、大潮と小潮のふたつのピークがあるという。私が訪れた時間は小潮のピークを少し外していた。波立つ海域に大小いつもの観光船が走り回り、渦なのか航跡なのか判然としなかった。あれだけの船が周回したら、凪の海にも渦ができそうだ。鳴門に行くなら大潮を狙った方がいいのだろう。


船底が水族館風。


小さいけれど立派な渦。

しかし、渦潮以外にも観光船の見所はある。淡路島と鳴門を結ぶ高速道路の大鳴門橋だ。船から見上げれば、それは天空に架かる橋のごとく、どうどうとそびえ立っている。鉄道橋も併設された橋で、鳴門線を延長する計画もあったようだが、今のところ列車を走らせるめどは立たないらしく、鉄道橋部分は遊歩道になっているそうだ。そこからは鳴門の渦を直上から眺められる。

私は橋の眺めが好きだ。造形だけではなく、歩いて渡りたい、という人の本能の具現化だと思うからだ。そして橋が大きいほど、それを作ろうとした人々の執念や力強さを感じる。鳴門大橋と淡路島を眺めて、私はいまさら、淡路島とは、阿波へ至る路という意味だと思い至った。阿波路島なら、四国へ向かう旅の歴史を感じさせるけれど、淡路と書けばなんとも影の薄い印象だ。阿波を淡と転じるとは、古人も無粋なことをしたものである。


鳴門大橋を望む。

-…つづく

第144回からの行程図
(GIFファイル)

 

 


 
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