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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
第327回:奥様の親切に感謝 -えちぜん鉄道三国芦原線-
更新日2010/04/15


JR福井駅のホームで足が吊った。大野城を歩き、九頭竜湖へ自転車で上り、今日は陸上選手並みに足を使っている。えちぜん鉄道三国芦原線の発車は約10分。急ぎたいけど進めない。焦って妙な汗をかく。しばらく立ち止まり、ふくらはぎを揉みつつ歩き、ひきつって立ち止まり、なんとか予定の電車に間に合った。時計を見れば16時を過ぎている。なんとか日没までに東尋坊にいけそうである。電車は1両。大き目の車体で片側に3つ扉があり、前面が「く」の字に張り出してモダンな雰囲気。型番は5001だった。ベンチの恐竜に挨拶して乗り込むと、座席はほぼ埋まっていた。


こんどは三国港行き。

発車間際になって運転士と制服を着た女性がやってきた。彼女が有名な「ローカル線ガール」ことアテンダントだ。ふたりの後ろを老婆がよちよちと歩いている。ローカル線ガールズがテレビで紹介されたとき、お年寄りに手を差し伸べて案内する場面が何度も出てきた。少々くどくてわざとらしい感もあった。さて、彼女は気づくかな、と見守っていると、振り返って老婆に声をかけ、運転士に先を譲った。テレビとおんなじ、しかも自然な仕草だった。

老婆の着席を待って電車が動き出した。アテンダントは運転席の後ろに立ち、マイクを持って挨拶をする。電車が停まるとき、動き出すとき、ひとつひとつ丁寧だ。途中で風景も案内してくれるだろうかと期待していたら、なんと、ふたつ先の福井口駅で降りてしまった。「申し訳ございませんが本日の業務は終了です」という。彼女たちの勤務時間は日中の閑散時間帯だけらしい。残念である。お年寄りの通院時間帯に合わせたシフトなのだろう。


アテンダントさんも同行。

三国芦原線の起点はこの福井口駅だ。今朝に乗った勝山永平寺線は右へ、三国芦原線は左へ。こちらの線路は北陸本線に沿って緩やかに曲がり、いったん右に振れてから、さらに左に曲がって北陸本線をまたいだ。車窓は市街地。低い屋根の町並みが遠くまで広がっている。福井市は人口26万人。漁業と繊維産業で栄えたという。高層マンションの類は少なく、ゆったりした雰囲気の土地柄かもしれない。三国芦原線は単線で30分間隔とのんびりしたものだ。

昨日の夜に福井鉄道で訪れた田原町に着いた。夜の駅舎は我が家が恋しくなるような寂しさもあった。夕方の表情は違った。斜めに差し込む日差しが木造駅舎の日向と日陰をくっきりと分けている。すべて明るくないところがいい。一部だけ明るければ、そこに人が集まって会話が始まる。日陰で落ち着く犬もいる。電車が動き出すと福井鉄道の線路が見えて、こちらに寄り添って終わった。いっそ繋いで相互乗り入れをすればいいと思う。実際に検討されているらしい。

福大前西福井は駅ビルの中にある。ここで上り列車とすれ違う。30分間隔で走ると15分間隔ですれ違う計算だ。けっこう頻度が高いじゃないか、と思う。都会のリズムを忘れ、旅のリズムに馴染んできたようだ。ふだんは2分間隔で電車が走る街に住み、目の前で電車のドアが閉まると悔しい。そんな暮らしだと、日が沈んだことさえ気づかないときもある。今日は傾きかけた日差しを何度も見上げて、まだ沈むな、もうちょっと待ってくれと念じている。


九頭竜川を渡ると景色が変わる。

広い市街地は九頭竜川に遮られ、鉄橋を渡ると車窓は田園風景に変わった。乗客も半分くらいになった。空席が増えたので座ってもいいけれど、夕方の電車は日よけの幕を使う人がいて、それをやられると景色が見えない。後部運転台に立って、後ろ向きに離れていく景色を眺めた。駅の跡のようなホームだけの施設があって、あれが幻の駅、仁愛グラウンド前だと気づいた。あわててカメラを構えたけれどピンボケ。ここは学校の体育祭の時だけ臨時停車する駅で、年に1日しか電車が止まらない。その先の線路脇にぽつんと白い家があって、その前の線路の柵に風車がいくつも付いていた。電車が通るたびに回りだす仕掛けだ。ちいさな子供がいるのか。きっと幸せな家族なのだろう。

あわら湯のまち駅で上り電車とすれ違った。ここは有名な温泉街の最寄り駅で、駅舎も大きい。ここでほとんどの乗客は降りてしまった。観光客というより、この街に住む人、働く人といった雰囲気だ。観光客はJRの駅からバスで来るのかもしれない。電車に残された客は、私と、旅行鞄を持ち、カメラを構えた同年代の男性だった。私と同類で、北陸鉄道とあわせて乗りに来た人だろう。親近感はあるけれど話しかけない。彼も一人旅を楽しんでいるはずだ。


幻の駅はピンボケ。

結局、終点の三国港駅まで乗り通した客は私と彼だけだった。三国港駅は待合室を工事しているようで、やや殺風景だった。私たちは譲り合って車両の写真を撮り、線路を渡って道路に出た。そこがもう港でバス停もある。バスは東尋坊や芦原温泉への便がある。彼はバス停の時刻表を眺めており、私は遠慮して、先に三国港を少し歩いた。太陽がオレンジ色に輝いており、堤防などが黒く沈んで良い景色である。三脚を建てて夕景を撮っている人もいる。

「なるほど、ここはきれいだ」
つぶやいた声がちょっと大きかった。カメラマンが振り返った。逆光で表情はわからない。お邪魔かな、と思って退散する。船員殉職者の碑のそばにバス停がある。同好の士はぼんやりと立っている。今夜は芦原温泉で泊まるのだという。私は東尋坊へ行ってみたい。バスの時刻を見ると30分後である。バスでは東尋坊に着く頃までに日が沈んでしまう。
「よし、東尋坊へ歩くか、さよなら」
自分を元気づけるように声を出して別れを告げて歩き出した。地図によると東尋坊までは1キロと少し。徒歩で15分ちょっとだろう。キャリーバッグを引きずるから歩みは遅いと思う。しかしバスよりは早く付くだろう。


工事中の三国港駅。


三国港から見た夕日。

歩き出して、2分ほど経ったときだった。後ろから走ってきた黒いセダンが私の真横で停まった。何事かと身構えると、運転していた女性が「乗ってください」という。「えっ」「東尋坊でしょう、送ります。さあ乗って」何のことかわからない。まさか誘拐か。いや、身代金など無いしな。ナンパ……なわけはないか。まあいい、何かあったら暴れてやる。いろいろな考えが一度に浮かんだ。結論としては「はい」とりあえず乗った。
「すみません、さっき、東尋坊まで歩くと聞いてしまって」と女性が詫びた。
「いえいえ、助かります。これはありがたい。でもどうして」
「主人が写真を撮っている間、暇だったので……」
「ああ、さっき港にいらした」
ご主人はアマチュアカメラマンで、飲みながら撮るため、奥さんは送迎役。撮影が終わるまで待っているのだという。そこへ私が「東尋坊へ歩く」と言ったから、親切に声をかけてくれたのだ。思いがけないことであった。

「退屈だったので……余計なことをしてすみません」と詫びられてしまった。私が東京から来たこと、大野城で歩き、九頭竜湖で自転車に乗ったことなどを話し、実はとっても助かったと礼を言った。感謝の印としてお菓子を置こうとしたけれど、主人に怒られるからやめてほしいという。名前も教えてくれず「都会の人はよく歩きなさる」と言った。私は名刺をシートに置き「気が向いたらメールをください」と伝えた。「ご主人の写真を見たい。ホームページがあったら連絡して欲しい」と言いかけたところで東尋坊に着いた。それも、バス乗り場よりもっと奥の崖に使い駐車場だ。
「日が沈んでしまいますよ、早く行かないと」と言って、奥様は走り去った。

今までいろいろなところに旅に出て、こんな親切は初めてだった。福井の人は親切だなと感心しつつ、たしかに日没は迫っていた。私は急ぎ足で海岸に向かった。たしかに東尋坊は絶景だった。岩場を歩いていくと、急に切り立った崖になる。下を覗けば足がすくむ。ここは自殺の名所という不名誉でも名高い。しかし今日は大勢の観光客がいて、ひっそりと身投げをできる雰囲気ではなさそうである。そういえば、2時間ドラマで追いつめられた犯人が告白する名所でもある。もっとも、今日のように人が多ければ白状しにくいだろう。観光客は中国や韓国の人が多いようだ。

ちょうど日没。しかし、太陽は雲に隠れている。ここよりも、三国港の景色のほうが良かった。地元のカメラマンはそれを心得て港に三脚を立てたのだろう。彼がどんな写真を撮ったか気になる。いつか見てみたい。


明るいうちに東尋坊に着いた。

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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