■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。




第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで

第301回:旅と日常の舞台
-神戸新交通ポートアイランド線-

第302回:車両を持たない鉄道会社
-神戸高速鉄道-

第303回:街から10分でダムの山
-神戸電鉄有馬線 1-

第304回:スパイラルと複線化工事
-神戸電鉄粟生線-

第305回:大学の先輩の取材顛末
-北条鉄道-

第306回:谷上駅の珍現象
-神戸電鉄有馬線2-

第307回:天狗、コンクリートタウンへ行く
-神戸電鉄三田線・公園都市線-

第308回:雨の温泉街
-神戸電鉄有馬線3・北神急行電鉄-

第309回:夜は地下鉄をぶらり
-阪神電鉄本線・大阪市営地下鉄-

第310回:思い出のメガライナー
-JRバス・青春メガドリーム号-

第311回:阿房新幹線が行く
-トワイライトエクスプレス1-

第312回:まずはロビーカーでのんびり
-トワイライトエクスプレス 2-

第313回:食堂車でランチを
-トワイライトエクスプレス 3-

第314回:寝台列車で眠れ
-トワイライトエクスプレス 4-

第315回:駒ヶ岳を眺めて朝食
-トワイライトエクスプレス 5-

第316回:幹線と閑散線の境界
-江差線1-

第317回:天の川駅の向こう
-江差線2-

第318回:30年ぶりのA寝台
-寝台特急日本海 1-

第319回:夜明けのミニ・ロビー
-寝台特急日本海 2-

第320回:模型にしたい景色
-福井鉄道1-


  ■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)

マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

■著書

新刊好評発売中!(6/23/2009)
『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)



『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


■更新予定日:毎週木曜日

 
第321回:懐かしき時代のスクラップブック -福井鉄道 2-

更新日2010/03/04


路面電車型の800形電車は、かつて名鉄の岐阜市内線で活躍した電車だ。路面電車向けの設計だが、武生付近は普通の鉄道線路である。路面電車らしくなる区間はもっと先、福井市に入ってからだ。


鉄道区間を行く。

福武線は、福井市街地は路面電車の形態を取り、郊外では普通の鉄道になっている。似たような事例は広島電鉄で、広島市街は路面軌道、宮島方面は鉄道だ。かつての名鉄岐阜市内線も同様で、路面電車が鉄道区間に乗り入れた。都電荒川線も路面区間は一部で、ほとんどは鉄道専用の設備になっている。福武線の特徴は、鉄道タイプの電車が路面区間に堂々と進入してくるところだ。ほかの事例では小さな路面電車が郊外に出張していくように見えるけれど、福武線は大型電車が路面を走る。

これは特殊な例ではあるけれど、うまく機能すれば便利な方式だ。日本がお手本とするヨーロッパのLRTもこの方式が多い。富山ライトレールも路面区間を新設した。特殊な事例だった福武線方式が、逆に流行に先んする形になった。福武線を残したいと考えた人々には、古めかしく時代に取り残されそうだった路線に、先進的なLRTの姿が透けて見えたのだろう。富山ライトレールの成功も背中を押したに違いない。


ポイント部分の雪覆い。

車窓には戸建て住宅と田畑が混じっている。福武線は福井市、鯖江市、武生市を結ぶ路線で、この区間は北陸本線と競合している。しかし北陸本線は長距離客を重視しているため駅数が少ない。福武線は駅数が多く、地元の足として機能している。京浜急行や静岡鉄道と同様の立場である。福武線の鉄道区間は単線だ。それでも朝ラッシュ時の運行間隔は10分と健闘している。しかし日中は20分。沿線の人口規模に相応なのかもしれないが、気軽に使うには日中も15分間隔にしたいところだ。

武生新駅から四つ目の西鯖江駅で降りた。ここは電車のすれ違いができる駅。分岐器のあるところにUの字を逆さにしたような雪除けドームがある。今は秋だから気づかないけれど、冬の厳しさを物語る施設だ。駅舎はどっしりとしたコンクリート造りである。電車が到着すると、女性の駅員が二人、構内の踏切で出迎える。お客のおばさんに挨拶している。なじみのお客さんなのだろう。自動改札の駅にはない光景だ。


西鯖江駅。展示室がある。

西鯖江で降りた理由は、この駅に福井鉄道の資料館があると聞いたからだ。改札口を出て、左手に回り込んだところにそれらしき入り口があった。それらしき、というのは、引っ越し後のように何もなかったからだ。壁には昔の写真が飾ってある。ちょっと妙だが、その写真を拝ませてもらおうと扉を開け、立ちつくしていると、先ほど改札口にいた駅員さんが現れた。

「展示物は片付けてしまったんです。今日はこの場所を高校生に貸し出したので……」という。学園祭の送迎待機所になっていたらしい。

ふだんは何があるのかと聞いてみたら、駅員さんが仕切り板の扉を開けてくれた。歴代のバスガイドの制服がマネキンに着せられている。ああ、バスですか……とつぶやくように言うと、事務室からスクラップブックを出してくれた。そこには廃止された支線を含む路線図や、当時をしのぶ白黒の写真がぎっしり並んでいる。鉄道関係だけではなく、海岸で遊ぶ人々や、家族の記念写真などもあった。スクラップブックも手作りで、古いポスターの裏紙だった。懐かしい時代が詰まっていた。


往時をしのぶ写真たち。

踏み切りの音が聞こえたのでホームに戻った。武生新行きの電車が来たところだ。そろそろ夕刻ラッシュの始まりのようで、鉄道タイプの車両である。乗りたいけれど逆方向だ。福井市方面の電車も来た。残念ながら路面タイプだった。なぜかお客さんが私しかいない。まるで貸しきり電車のようだ。がらんとした室内でロングシートに座っていると、真正面から夕日が差し込んできた。眩しい、が、暖かさが嬉しい。

終点まで乗るつもりが、7つ目のハーモニーホール駅で衝動的に降りた。もう少し見物したくなったからだ。ハーモニーホール駅は最寄りの音楽堂にちなんだ駅で、待合室の屋根とホームが音符の形を作っているという。駅舎のない無人駅だが、ちょっとしゃれた演出だ。もっとも、近づいて見れば波状のトタン板を丸めただけで、質素なつくりである。


音符が横たわる駅。

日が落ちて寒くなってきた。ホームに戻って次の電車を待った。そこでちょっと後悔した。駅の時刻表を見ると、日中に20分おきに走る電車のうち、一部が夕方から急行に変わってしまうのだ。この駅には急行が停まらないから、次の電車は40分後である。日が落ちてどんどん気温が下がっていく。雨除けしかない吹きさらしの駅。付近は国道とハーモ二ホールと畑だけ。せつない気分になっていく。電車が来た。行き先表示に赤く「急行」の文字が光っていた。そしてやっぱり通過していった。

携帯電話のネット機能で遊びながら寒さをしのぎ、ようやくやってきた電車に乗る。今度も路面タイプだった。しかしもう電車の型はどうでもいい。温かい車内に入れただけで嬉しい。あたりはどんどん暗くなって、福井市街に入るとすっかり暮れてしまった。夜景を眺めつつ終点の田原町まで乗ってみた。夜の訪問になるけれど、この駅は、えちぜん鉄道に接続しているので、明日の明るいうちに通過できる。


ああ、急行が通過する……。


田原町の駅舎は古い木造だ。蛍光灯に照らされて、天井に陰影ができていた。それがなんともいい趣で、真昼に来ないほうがよかったと思うほどだった。駅前もどこかさびしげで、しかし、どこかぬくもりがある。満足したので、いま来た電車で引き返す。次に乗るべきは、本線から福井駅前まで、ひと駅ぶんだけ分岐する支線、通称"ヒゲ線"だ。そのまえに市役所前で降り、ホテルにチェックインして荷物を預けた。

この時間帯の福井駅前行きは武生からの急行が直通運転している。急行電車は分岐点の交差点を通り過ぎて市役所前までやってきて、スイッチバックして福井駅前へ曲がるルートだ。運転士さんは慌ただしく移動して折り返しの準備をする。そして電車は"ヒゲ線"に進入した。


田原町駅。

そこで急に思い出した。雪が積もるころ、友人の結婚式に出席するために福井駅を訪れたことを。あの時は仕事の都合で泊まる時間がなく、昼過ぎに到着して夕刻には帰りの特急に乗った。そして駅前の電車を見ていた。こんど必ず乗りに来るぞ、と心に誓ったのだった。屋根も顔も雪にまみれた電車の姿。それがいま、目の前にある電車の姿に重なった。福井駅前電停で福井鉄道を完乗。その満足感がさらに大きくなった。


福井駅前電停。

-… つづく