第313回:食堂車でランチを -トワイライトエクスプレス 3-
更新日2009/12/24
車窓に琵琶湖が続いている。反対側の山の景色もいい雰囲気だ。こちらは比叡山である。大事なことを忘れていた。いまトワイライトエクスプレスが走っている湖西線は、私にとって初乗りの区間である。こころして景色を見届けなくてはいけない。以前、東海道線経由で福井に行き、友人の結婚式に出たときは、米原で北陸線の特急に乗り継いだ。あのときの線路はこの湖の向こう側だ。あちらもご無沙汰している。
湖西線は大阪、京都と北陸を結ぶために作られた線路で、北陸本線より約80年もあとの1974年に開通した。東海道新幹線開業以降の建設でもあり、路線のほとんどが高架とトンネルで作られている。高速運転を強く意識した設計だ。実際にこの路線を走る特急電車たちは時速130kmでかっとばす。しかし、目的が関西と北陸の連絡だから、関東に住む人にとっては、もっとも縁の薄い路線のひとつだと言える。
やっと食堂車に入れた。
景色も見たいが腹も減った。何度か食堂車に様子を見に行き、琵琶湖の眺めが終わるころにやっとテーブルが空いた。オープンから小一時間経っただけというのに、すでに人気メニューのハンバーグステーキは売り切れ。私はカレーライス、M氏はえびピラフ。そして、二皿ではさびしいので、サラダをひとつ頼んだ。えびピラフはファミリーレストランのそれより少なめで、いっときM氏は不満げな顔をした。カレーライスはそれなりの量があった。とびきりうまいというほどでもないけれど、辛すぎぬ良い味だった。別添えでスパイスがあればなおよかった。これで1,050円は良心的だ。
カレーライスとピラフ。
思えば食堂車は久しぶりだ。かつて東海道新幹線に2階建ての食堂車があったころ、出張の帰りにカレーライスを食べて以来か。会社を辞めてフリーランスになってから、食堂車つきの寝台特急「北斗星」に乗ったけれど、あの時は贅沢だと思って駅弁で済ませた。今回はどうしても食堂車を体験したかった。トワイライトエクスプレスの下り列車が、日本で唯一、ランチ営業をしているからである。ディナーコースは予約制となっているけれど、私もM氏も偏食なので、定められたメニューは受け付けない。二人とも酒は飲まないので、ディナーコースのあとのパブタイムは行きづらい。だからランチが一番いい。
私たちは日本でここだけのランチをゆっくり楽しんだ。幸いにもまだ空席があり、しばしの歓談を許される雰囲気だ。ほかの客も食後の談笑。接客係も給仕ではなく、テーブルを回って記念グッズを披露している。M氏は車窓から敦賀のループ線を探していた。北陸本線の上り線は山越えのためループ区間がある。もっとも、ほとんどがトンネルの中のため、はっきりとそれだとわかる所は、こちらの下り線と離合するところだけだ。M氏はそれを見つけて嬉しそうにしている。私は進行方向に背を向けているので、彼が見つけたあとで、しっかりそれを眺めた。私は列車の中でぼんやり過ごしがちであるけれど、M氏は旅のツボをしっかり抑えるタイプだ。彼が居なければ気づかないことも多い。
暗くなっていく車窓。
すっかり満足して食堂車を出る。私はまたロビーに残った。お気に入りの場所で、こんどはM氏も一緒だ。列車は福井県に入っている。ここからは日本海沿いを走ることになるけれど、まだ海は遠い。海に向いたソファに座り、窓を見やれば、町と農村が交互に現れる。景色はどんどん暗くなっていく。金沢につくまでに日が傾いてきた。このまま行くと、海が見える前にトワイライトな時間が終わりそうである。
福井県、石川県では10分遅れで走っていた。その後、機関車が頑張って回復。高岡着は定刻より5分遅れだ。そういえば、鯖江で電車特急に抜かれるはずだった。どうしたのかと思ったら、富山でサンダーバードを退避した。昼間の遅れと混乱が後を引いている。また10分遅れになった。遅れたからといって私たち乗客は困らない。むしろハプニングがうれしいという気分でさえある。もっとも、電車特急にかかわる人たちはそうも言っていられず、鉄道員も回復の努力を続けていることだろう。
富山でサンダーバードに抜かれる。
富山湾と立山連峰に挟まれて、車窓はトワイライトタイムが始まっている。車掌さんが記念スタンプを用意してくれて、子供たちが遊んでいる。私たちと相部屋になった男の子も来ていた。タイキ君という。去年の「富士」の子はタイシ君だった。状況が似すぎていて面白い。タイキ君もなかなかのやんちゃ振りを発揮して大声ではしゃいでいる。ペアシートに座っている鉄道マニアらしい青年が露骨に顔をしかめて見せた。しかし、こういう観光列車で、しかも共有のロビーカーで、自分の思い通りの状態を楽しもうなんて無理な話である。
こんなとき私はどうするか。子供と遊ぶに決まっている。ほっぺたをつまみ、お返しに何発か食らいつつ、隙を見て組み伏せる。年寄りのそばで飽きた子供は、動きたくて仕方ないのだ。私はタイキ君の笑い顔が泣き顔にならないように、強さを加減して戦い続けた。去年の「富士」とまったく同じである。M氏は呆れたのか、開放寝台に戻った。それは正解である。いま、私たちの開放寝台は誰も居ない。M氏が独り占めできる状況になっている。私がM氏なら、自分の寝台でのんびりとすごすだろう。一方、私はタイキ君と小一時間ほど戦って、お互いにソファに伸びている。ロビーカーの大きな窓に、夕闇へ近づくオレンジの空。
トワイライトタイムの始まり。
17時37分。トワイライトエクスプレスは糸魚川駅に臨時停車した。後続の特急列車を先に行かせるとアナウンスがある。そんなことをお客に説明しなくても、と思うけれど、珍しいことだからサービスのつもりかもしれない。静かな時間が過ぎていく。もう一度放送が入って、後続列車も4分遅れになっているそうだ。蒼みをましていく空をぼんやりと眺めていたら、特急「はくたか」が追い越していった。
17時47分。トワイライトエクスプレスが動き出す。かなり長い時間を過ごしたような気がするけれど、大阪駅を出てから、まだ5時間半しかたっていない。終着駅の札幌までは、あと16時間以上もかかる。携帯電話でメールをチェックしたけれど、誰からもメッセージがなかった。さすがは9月の大連休。日本中の人々が待ちに待った休息であった。
糸魚川で臨時停車。
-…つづく
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