■TukTuk Race~東南アジア気まま旅


藤河 信喜
(ふじかわ・のぶよし)



現住所:シカゴ(USA)
職業:分子生物学者/Ph.D、映像作家、旅人。
で、誰あんた?:医学部で働いたり、山岳民族と暮らしたりと、大志なく、ただ赴くままに生きている人。
Blog→「ユキノヒノシマウマ」





第1回~第50回まで

第51回:Vietnam (6)
第53回:Vietnam (7)
第53回:Vietnam (8)
第54回:Vietnam (9)
第55回:Vietnam (10)
第56回:Cambodia (1)
第57回:Cambodia (2)
第58回:Cambodia (3)
第59回:Cambodia (4)
第60回:Cambodia (5)
第61回:Thailand (1)
第62回:Thailand (2)
第63回:Thailand (3)
第64回:Thailand (4)
第65回:Thailand (5)


■更新予定日:毎週木曜日

第66回:Thailand (6)

更新日2007/09/20


翌朝、筋肉痛に悲鳴を上げる体に鞭打って、一人になったガイドと残りの10名のツアー参加者は、さらに奥地を目指して纏わりつくような湿気のジャングルを進んでいった。ガイドの歩く速度は相変わらずの「山岳民族そのもの」で、それに付いていくのだけでもやっとといった感じであった。

とにかくこんななんの目印もなく、わずかではあるが未だに反政府ゲリラの残党が潜むとすら言われる北部ジャングル山岳地帯で迷子にならないためにも、我々は必死でガイドのペースからはぐれないようにがんばって早歩きで進んだり、下り坂では時には駆け足になったりしながらついて行こうとするのだが、いかんせんガイドの方はこの土地で生まれ育った山岳民族である、サンダル履きの素足で何の苦もなくペタペタと歩む彼の足取りは、まるで山道を軽く飛び跳ねているようですらあった。

昨日の段階で脱落してしまった女性参加者でなくとも、この日のトレッキングはまさに地獄の行軍であった、おそらくというかまったくこのツアーを地獄に変えているのは、このガイドのせいなのである。いくら急勾配、そして暑さの厳しいジャングル地帯とはいえども、ペースさえ参加者に合わせて進んでくれればなんとかなりそうなものなのである。

参加者は脱落寸前の青息吐息で、軍隊のブートキャンプかのように過酷なペースのトレッキングを朝早くから半日も続けてきたというのに、このペース配分をまったく無視したガイドは、見所らしい見所に立ち寄ることもなく、午後3時過ぎには2日目の目的地であるキャンプ地の村に到着してしまった。

こんなに早く目的地に着くのであれば、何も半ば駆け足でついていかなければいけないような早いペースで進む必要などなかったのだ。途中で、幾度となく、「ペースを落としてくれ」と遥か先を行くガイドに叫び続けていた参加者たちの多くは、もうこんなガイドと一緒に楽しいはずのトレッキングをブートキャンプ代わりに過ごすのは嫌だとばかりに、バイクが近くの車が通れる村まで運んでくれるというのこの村でツアーを離れて去っていってしまった。

このツアーを去っていった人たちの気持ちもわかる。確かにこのガイドの参加者への徹底した苦言苦情無視ぶりは、お金をもらっているサービス業であるという立場の認識があるとしたらの話ではあるが、ちょっと異様であるし、何だか映画の中に登場する鬼軍曹のようですらある。ただし、安いとはいえ参加費を払っての参加であるし、ここまで来てもうトレッキングも半ばを過ぎているのだからということで、エリカと私は最後まで歩き続けることに決めた。

この村はさすがに大きな町からは遠く離れた場所にあるだけあって、電気や水道がないのはもちろんのこと、飲み水も雨水を貯めた桶にボウフラが湧いているものを沸かして使用し、鶏は豚の糞を、豚は人の糞を、そして人はその豚と鶏をという完全な自給自足のサイクルができ上がっている村であった。

この村の人々が提供してくれる、まさに読んで字のごとくの地鶏と地豚の料理の数々は、疲れきった行進の後だけに、どんな高級レストランもびっくりのおいしさであった。

翌朝もさらなる奥地を目指し、「さあ、ここまでくればこの苦しいトレッキングも残りわずかだ」、それだけを合言葉に、残りの行程に参加している我々とオランダから来ているカップルは、相変わらずに我関せずでもはや道らしい道もないジャングルの中を、すいすいと泳ぐように進んでいくガイドにしがみついて行った。

とにかく何が彼をそんなに急かすのか、それとも早く目的地に着いて横になりたかっただけなのかはわからないが、今日も同じく午後の3時過ぎには目的地に着いてしまった。キャンプ地とはいっても、藁葺の掘っ立て小屋があるだけの殺風景な場所である。しかもここはジャングルの真っ只中なのだから、早く着いてしまってもやることなんてあるわけがない。

「この辺りはトラが出るから遠くへは行くなよ」とだけ言い残して、小屋の中で昼寝を決め込んだガイドに呆れつつも、この持て余した時間を何をして過ごしてよいのか分からず、結局は我々もガイドに習ってジャングルの昼寝を楽しむことにした。

ガイドと一緒に枯れ木を集めて火を起こし、その火で今朝発った村から持ってきた食材を使って簡単な料理を作り、食べたらまたゴロンと横になって長い夜を、森中の草木が蚊に変化したのではないかと幻想しそうなほど無限に湧いてくる蚊の大群に囲まれながら過ごした。

夜中に余りの蚊の襲撃に耐え切れず小屋から這い出してみたのだが、このジャングルの夜には今までに体験したことのない真の暗闇が広がっていた。どのくらいに暗いかというと、目の前に翳した自分の手の指すらも見えないのだ。がんばって瞳孔を思いっきり開こうとするのだが、どれだけがんばって目をこの暗闇に慣らそうとしても、都会の明かりになれきった自分の目には、周りでざわめくジャングルの音以外には結局何も感じることができなかった。

…つづく

 

 

第67回:Thailand (7)