■TukTuk Race~東南アジア気まま旅


藤河 信喜
(ふじかわ・のぶよし)



現住所:シカゴ(USA)
職業:分子生物学者/Ph.D、映像作家、旅人。
で、誰あんた?:医学部で働いたり、山岳民族と暮らしたりと、大志なく、ただ赴くままに生きている人。
Blog→「ユキノヒノシマウマ」





第1回~第50回まで

第51回:Vietnam (6)
第53回:Vietnam (7)
第53回:Vietnam (8)
第54回:Vietnam (9)
第55回:Vietnam (10)
第56回:Cambodia (1)


■更新予定日:毎週木曜日

第57回:Cambodia (2)

更新日2007/05/17

一泊3ドルと値段からすると文句は言えないような安宿だったのだが、とにかく最初の1泊で嫌気がさして、さっそく次の日の早朝に移ったカック湖畔に位置するゲストハウスは、大きな池のようなカック湖の上に迫り出して建つ水上ホテルもどきのゲストハウスで、湖面を渡ってくる涼風を浴びながらハンモックに身を横たえてのんびりと本を読めるような、昨夜の宿とはガラッとイメージの違うスローな宿であった。ただし開放的な雰囲気が心地よいこの宿も、さすがはプノンペンらしいとでも言えばよいのか、部屋に荷を下ろして5分後には宿の人間がマリファナを売りにドアをノックしてきた…。

それにしても、このカンボジアの夏の暑さというのは厳しい。ベトナムも暑かったが、カンボジアの暑さというのはそれに比べても数段上ではないかと思えるほどの暑さで、1日目からすでに外を歩き回るのがためらわれるほどであった。これだけ暑いと太陽の日差しが少しは弱まるまでは宿でゆっくりしたいと思うのも当然の成り行きで、宿の屋上にある湖が見渡せるデッキでは、同じような考えをしているバックパッカーが数組ほど、昼間からマリファナを回し飲みしながらボ~ッとハンモックに横たわっていた。そんな彼らと一緒になって、自分もよく冷えたビールを飲みながらハンモックを揺らした。

厳しい暑さは一向に弱まらなかったが、午後3時過ぎになるとさすがに刺すような日差しのほうは少しは勢いを緩めだした。のんびりとこの時間帯を待っていた我々と同じく、まったりした目つきでマリファナを楽しんでいたバックパッカーたちは、誰彼ともなくデッキを後にしてはふらっと街へ出て行った。

宿は街の中心部から少し離れたカック湖畔にあったために、独立記念塔のあたりまでシクロに乗って向かい、建物は立派なのだが、どうも寂しげな空虚感が漂う王宮を歩いて周り、そこから国立博物館や、シルバーパゴダ、オールドマーケットにも足を伸ばした。

とにかく観光地化されていないだけに、一応はこの街の観光の目玉といえるのであろう場所でさえも、ベトナムや中国のような観光客相手の押し売りに出会うということもなく、暑さが弱まってからのメコン川とサップ川の合流地点に位置するこの街の夏の午後の雰囲気は心地のよいものだった。

オールドマーケットで手に入れた新鮮なフルーツや焼き鳥などを手に宿へ帰り、昼間に続いて屋上にあるデッキでビールを飲んでいると、これがこの街での正しい過ごし方であるのかどうか、昼間と同じくやはりどこからともなくバックパッカーたたちが集まってきて、夕暮れの湖面を眺めながら、またまたマリファナの回し飲みが始まった。

プノンペンという街は一国の首都であり、かつては東洋のパリとまで称えられたこの国最大の人口を持つ街ではあるのだが、他のアジアの国々の発展ぶりからいくと、なんだかその喧騒から忘れられているような静けさを持った街で、熱気や見所というものには乏しかった。

特にこれといってやりたいことも思い浮かばなかったので、湖畔を眺めながらハンモックに横になり、昼真っからビールを飲んで2日間を過ごしたのだが、さすがに3日もそれが続くと、いくら怠慢な貧乏旅行者とはいえども暇を持て余してくるというものだ。そこでプノンペンを旅立つ前に、おそらくこの街ではもっとも観光客が訪れるであろうトゥールスレン博物館へ行くことにした。

映画「キリング・フィールド」でも描かれた、ポルポト派による大虐殺の歴史と狂気の跡を、この元高校の校舎を利用した別名「S21」と呼ばれた収容所では見ることができた。カンボジアの夏の熱気が嘘のようにひんやりと感じられるほど、このガランとした校舎跡地を覆う異様な空気は未だに健在で、拷問に使われた部屋には今でも血糊がべっとりと張り付いていた。

クメール・ルージュに属するアンカー(組織)と呼ばれるグループの狂気によって、母親の目の前で子供を殺戮し、肥溜めの中に頭を突っ込まれて死ぬまで拷問を続けるというような悪夢の後に残ったのは、2万人もの人々が収容されたのにもかかわらず、なんとか生きてここを出ることができたのはたったの7人という凄まじさであった。

重い気持ちを引き摺りながら宿に帰り、かつてこの地で荒れ狂った狂気が嘘のようにマリファナでまったりしているバックパッカーたちの隣で、ビールを飲みながら日の暮れていくカック湖の風景を眺めた。

-…つづく

 

 

第58回:Cambodia (3)