第41回:Guilin (4)更新日2007/01/18
陽朔入りしたバックパッカーたちの中でも、ベトナムからとか、ラオスから、または雲南省からといった面々には、まったく驚くべきではない光景なのだろうが、上海、北京とバックパッカーには縁遠い街を旅してきた後で、この陽朔へやって来てみると、通りに掲げられたアルファベットの看板や、何気なしに目の前を歩き去る欧米人の姿が、本当に不思議に思えてしようがなかった。
そして何よりも驚かされたのは、西街という欧米人相手のゲストハウスやレストランが立ち並ぶエリアでのサービス内容。これまでにいったい何度「メイヨー!」という言葉に追い立てられ、悪夢のように無意味な戦いを経てきたかわからないこの中国という国で、この陽朔にある西街という場所では、ここが同じ国内であるということを忘れさせてくれるような笑顔と、選択の自由というサービスが存在していたのだ。
まずこれまでに通過してきたこの国の町では、外国人である我々が宿泊できる施設というものは限りなく限られていた。こう言うと、中国をパックツアーではなく、個人旅行でこの国を訪れた経験のない場合には分かりにくい表現かもしれないが、まず何にでも外人価格というものが存在し、また外人には購入できない、または宿泊できないという制限が常につきまとうのである。
それだけに明日の行き先も定かではないバックパッカーが、ふらりと辿り着いた町で宿を決める場合の苦労といったら、大変なことこの上ないのだ。そして、その大変な苦労に追い討ちをかけるような慣習として、まったくやる気のない中国人労働者の「メイヨー!」という恐怖の一言があるのである。このメイヨーのおかげで、これまでに一体どれだけのバックパッカーが、この国で路頭に迷うことになったのか・・・。
ちなみに旅先で私が会話を交わしてきたバックパッカーたちの間でも、戦場や政情不安定な国を除けば、世界で最も個人旅行がしにくい国というと必ずこの中国という国の名が挙がった。そしてその皆が皆、口を揃えたようにこのメイヨーの一言を思い出すのだ。
それなのにである、それなのにもかかわらずこの陽朔という町では、笑顔いっぱいで客寄せをするゲストハウスのオーナーが、他の中国の町で請求される馬鹿げた料金よりも遥かに安い値段で、清潔な欧米式のベッドと食事を提供してくれるのだ。しかも通りに立ち並ぶこのゲストハウスでは、その値段やサービス内容を吟味しながら、客であるこちら側が選ぶことができるという、日本を含めた欧米社会では当然のサービスを授与することができた。
本来であればそんなことはなんでもないことなのだが、なんだかここまでの旅がメイヨー続きで、逆にこちらが申し訳なくなるようなありがたい気持ちになりつつ、久々に落ち着いた気分で宿をとり、中華料理の日々がもうそろそろ限界に近づいていたエリカに、フォークとナイフの食事をプレゼントすることができたのだった。
久々に欧米式の夕食と朝食を摂り、自分で宿を決めれるという事実に満足しきっていたエリカは、「自由って素晴らしい」となんだかわけのわからないことを朝から上機嫌で話していたが、たしかにこの町の雰囲気は、他の中国の町とはちょっと違っていた。
朝食の後は、とりあえず桂林に来たのだからということで、この陽朔から出ている漓江下りツアーに参加した。それは小型のバンで川の上流まで乗せていってもらい、そこから鵜飼いが乗るような小船に乗って川を下るというものだった。
小船に乗って手を伸ばし漓江の川面に触れながら、澄み切った川の流れとその上を横切ってくる風の音に耳を澄ませ、川の両岸に迫ってくるように聳え立つ水墨画の世界そのままの奇峰を眺めていると、あまりの感動に現実感をなくしてしまい、自分が今どこにいるのか忘れてしまうほどであった。
同乗のドイツ人観光客3人に我々二人、そして船頭を入れれば満員の小さな船であったが、同じ川を下っている船の中にはクルーズ船のような大きな船もあり、それらが我々を追い越していくたびに、小船はどんぶらこ、どんぶらこと大きく揺れた。
さすがに大きな中国でも有数の観光地というだけあって、かなりの数の観光船と川を下る間にすれ違ったが、これらの観光船の値段にもその数と同じくらいに値段の差があった。下るのよりは上るのが安く、桂林の業者よりは陽朔の業者が安いといった具合に値段が分かれており、我々の乗ったような一番安いツアーと、日本語ガイドつきの高いものでは10倍ほどにも値段には開きがあった。(ちなみに日本から申し込むと1名15,000円とかいう値段をよく見かけるが、これだと現地の安いツアー20名分以上ということになる・・・)
まあ同じ川を下るのでもいろんな選択肢があるのはよいが、大きな観光クルーズで豪華な食事つきというよりは、このゆらゆらと揺れながら傾くたびに川の飛沫がかかるようなこの船で、持ち込んだ地ビールを片手にのんびりと奇峰の連なりの中を下っていく時間を楽しむ方が今の自分にはぴったりだと思った。
-…つづく
第42回:Guilin
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