第642回:アタティアーナさん事件及び家元制への追記
「のらり」に書いている私のコラムは、至極軽い私的なエッセーで、具体的に起こったことに対しては、人名や場所、年月それに引用した資料を明確にするよう心掛けてはいますが、偏見に満ちた私観80%の読み物です。そうは言っても、書いた後でアレッ?と思ったり、書き足りなかったり、異なった事実が分かったり、ウチのダンナさんが、「オメー、それ違うんじゃないか?」と言い出したりすることがママあります。
第633回:「キチガイに刃物、オマワリに拳銃」で取り上げた事件、お巡りさんが家の外からその家の住人を撃ち殺した事件で、撃ったお巡りさんが身に付けていたハンディカム(超小型のビデオカメラ)が公開され、新事実が明らかになってきました。
このお巡りさん、アーロン・ディーン(Aaron Dean;34歳)は、強力な懐中電灯で窓の外から家の中を照らし出し、家に向かって、大声で「両手を挙げろ! 手をこちらに見せろ!」と怒鳴り、警告を発していることが分かったのです。
これに対し、8歳の甥っ子とビデオゲームで遊んでいたその家の住人アタティアーナさん(Atatiana Jefferson;28歳、黒人女性)は、当然のことですが、庭で叫んでいるのが警察だとは気づかず、強盗だとでも判断したのでしょう、それに強い光を浴びせられると、その光源近くは、目潰しに遭ったように見えませんから、制服を着ているディーンが分からなかったのでしょう。彼女はハンドバックに持ち歩いていたピストルを取り出し、光源に向けたのでした。それを見た警察官ディーンが窓越しにズドーンとやった光景がビデオに写っていたのです。
なんともテキサス的、アメリカ的なことです。第一、女性がピストルをハンドバックに持ち歩いている、身を守るために持ち歩かなければならない国は、世界広しといえアメリカくらいのものではないかしら。
アタティアーナさんはピストル携帯の許可証を持っており、彼女の敷地に無断で浸入した人を撃ち殺しても、それは合法的な行為なのです。もう10年以上も前のことになりますが、や
はりテキサス州で日本人の交換留学生、服部剛丈君(16歳)が、道を尋ねるためにその家の敷地に足を踏み入れ撃ち殺された事件がありました。撃った人は無罪になりました。
アタティアーナさんを撃ったお巡りさんのディーンは家の中から自分の方にピストルを向けている彼女を見て取れますから、警察官に銃を向けるとは何事だ、これは正当防衛だと思って当然でしょう。そして、アタティアーナさんを撃ち殺してしまったのです。
この事件は黒人運動の格好の材料になり、社会問題になってきました。フォート・ワースの警察署所長、エド・クラウスも放って置けなくなったのでしょう、法的にディーンが、「私は何々署のオマワリだ!」と名乗らなかったのは適切なことではなかったと、それだけが警察の落ち度であるかのように弁明しています。
こんな時、日本なら…と思わずにいられません。日本のお巡りさんなら、ドアをノックするか、ドアベルをピンポーンと鳴らし、何々署の者ですが、と言い、家の人もどうもどうもご苦労さんとばかりドアを開け、ひょっとすると、どうぞお上がりくださいと、お茶でも出すかもしれません。アタティアーナさんも拳銃を持っていなければ、殺されずに済んだことでしょう。
銃で自分を守らなければならない社会の危険性が、この事件に現れていると思います。テキサスだけではなく、アメリカのマッチョどもは案外小心者で、銃を身を持ち歩いていなければ不安なんでしょうね。
もう一つ、家元制、血統のことを書いた時(第639回:「家元制の怪 2」)、世襲制を奇妙なもの、芸術と世襲制は相容れないものだと言いましたが、それを見たウチのダンナさん、「アレッ、お前んとこの教会もそうじゃないか、教祖の息子、子孫が代々教会の長を引き継ぐことの方がもっと狂ってるぞ」と言うのです。
私の母系の方は代々保守的なメソジストですが、父の方は熱心な“コミュニティ・オブ・クライスト”と呼ばれている、モルモン教を始めたジョセフ・スミスを教祖としている宗派のメンバーです。源は同じなんですが、西部、ユタ州で新境地を開いたブリガム・ヤングが率いる宗派のモルモン教の方がはるかに大きくなりました。ですが、父は彼が属する宗派が“大本”、“本筋”だと彼らは信じているのです。と言うのは、代々、教祖のジョセフ・スミスの息子から息子へと引き継がれてきていたからです。これは誰が観ても奇妙なことで、ローマ法王の息子がまた法王になるようなもので、もちろん独身の法王に息子がいるわけがないのですが、世襲制は頭から宗教に持ち込めない性質のものです。
ところが、カトリックの法王とは違い(中世の法王さん、結構お盛んで、落し種をばら撒いていますが…)、モルモン教の教祖たるジョセフ・スミスも、その後分派したブリガム・ヤングも、何人もの女性や奥さんがいましたから、直系の息子には事欠かないのです。
私の父方の教会はつい最近まで、代々教祖のスミス家の息子が後を継いでいました。私の世代になって、スミスさんに息子ができず、娘はいましたが、その娘さんが教会の長になったかと言えばそうでなく、スミス家の世襲制を止め、上層部のオジサンの中から長を選んだのです。
ウチのダンナさんはきっと、「オメーのとこの教会が、旧態然とした世襲、マッチョ社会を踏襲しているのに、日本の歌舞伎や天皇制のことを言えた義理か?(なんとも古臭い表現ですが…)」とでも言いたかったのかもしれません。
父の教会にも、モルモン教の教会にも、未だに女性の長は出ていません。
-…つづく
付記:通称“モルモン教”の正式名称は、「The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints」(日本語訳は「末日聖徒イエスキリスト教会」)と言います。
第643回:政治家になると、人は変わる!
|