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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第634回:ハンターが殺到する狩猟解禁日

更新日2019/11/14


ここに住むまで、狩猟がこれほど盛んで、ハンターたちがモノ狂いしているように解禁日を待ち望み、その日を待って、ソレッとばかり一斉に繰り出すことを知りませんでした。そして、狩猟がこれほど大きなビジネスだとは想像もしていませんでした。

解禁になる数ヵ月前から、新聞やインターネット、通販に大きなスペースを割いてライフル、ピストル、散弾銃、ハンティング用のボウガン(石弓)、コンパウンドボウ(弓の上と下に輪のついた強力なもの)、そして弾丸の宣伝が出るようになります。

街中でも、銃砲店、スポーツ用品店だけなく、スーパー、石黒ホーマーのような工具店、金物屋、農機具販売店まで、鉄砲、弾丸、皮を剥ぐためのナイフ、アウトフィット(カモフラージュ服、まるで戦争にでかけるような服装、ブーツ、帽子、バックパックなど)、カモフラージュの服装と相反するように、他のハンターに間違って撃たれないように、彩度の高いオレンジ色のベストと帽子などを売る狩猟コーナーを大きく設け、大売出し風にショーバイに励むのです。

ハンターさんたち、鹿やエルクにはカモフラージュ・アウトフィットで近づき、森に上手く溶け込みたいけど、他のハンターに撃たれては適わないので極彩色の帽子、ベストを着込むという、なんとも滑稽なイデタチで森や山に分け入って行きます。

そこで狩猟のライセンスを買うこともできます。地元の人は簡単にタグ(札)と呼んでいる狩猟ライセンスは、使う道具、ライフル、散弾銃、弓、先込め式古式銃などによって許可証の料金が異なります。また、対象にする獲物によっても大きく違います。

エルク(アメリカアカシカ)はオスだけ獲ることが許され、誰もが獲りたがるので、抽選になります。ハンターは割り当てが一頭でも取れるようにと、家族全員の名前で申し込んだりします。あいつのところは二頭も当たったのに、うちの家族はゼロだと、解禁前の大きな話題になります。

同時に鹿の割り当て抽選も行われます。鹿の方は増え過ぎの傾向があり、年によっては、申し込みさえすれば全員に割り当てが来ることもあります。いずれにしても、殺されるのはオスだけです。メスの方はウーマンリブの影響ではないでしょうけど、撃つのはご法度です。

そして、熊ですが、狩猟禁止期間がなく、いつでも撃て、殺せ、とばかりに、一応タグを取らなければならないにしろ、熊追放、絶滅を目指しているようにさえ見えます。しかし、敵もサルもので、時折、住宅地に迷い込んでくる間抜けな熊さんは例外として、意外と用心深く、臆病ですから、それに肉も硬く臭いので、ここに住んでから十余年、熊が撃たれ逆さ釣りに(血抜きのため)されているのを見たのは一度だけです。山歩きで、何度もご対面しましたが…。

タグ、ライセンス料金ですが、コロラド州の住民には、エルクで100ドル、鹿は30ドルで、狩猟期限が付いていますから、その期間に獲物が獲れないと、払った許可証の代金は無駄になります。これはまだいい方で、州外からのハンターは、エルクで300ドル、鹿が80ドルとかなりお高くなります。

州の住民、州外の人と厳密に区別するのは、大学の授業料に倍以上の差があるのと同じ発想で、この土地に住民登録をし、州や自治体に税金を払っている人とヨソ者を差別、区別していているのです。各州は外交、軍事だけアメリカ合衆国に預けた、緩やかな独立国のような形態で、アメリカ合“州”国と呼ぶ方が当たっているでしょう。

そんな高い狩猟タグ料金を払ってでも、コロラドまで鉄砲を撃ちに来る人はたくさんいます。このグレードパークの郡道を行き交う4輪駆動のバギー(ATV)をトレーラーに積んだ大型ピックアップトラックや、超大型のキャンピングカーのナンバープレートはテキサス、カリフォルニアが多く、中にはニューヨークのものまで見かけます。

ハンターたちが払ってくれる大枚は州の自然保護に回されることになっています。


運良く、大物を仕留めたら、この台地にさえ剥製屋があり(谷間の町、グランド・ジャンクションには電話帳を見ると7軒ありました)、そこで首から上だけ、または全身を剥製にしてくれますし、肉はここのブッチャー(屠殺屋)に持っていくと、骨をはずし、肉を部分ごとに分け、雑肉は挽いて、500gくらいの使いやすい冷凍パッケージに作ってくれます。隣人のバッドはもう何年も肉を買ったことがなく、親族郎党は獲物の肉を食べている…と言っています。なにせ、大物のエルクは体重が800kgにもなりますし、他に鹿、七面鳥で、家族全員が1年間に食べる肉に不自由しないのです。

この高原台地には不似合いなほど大きく豪華なロッジが何軒かあります。私たちの家にTV、FMの電波が届かず、携帯が通じないのに、偶然?電気と電話線があるのは、さらに3キロほど奥に豪華ロッジを建てた大金持ちが、大枚払って私たちの土地に電信柱を(3本も)立て、彼らのロッジまで電気線を引いたからです。何でも一旦立てた電信柱から、私たちの小屋まで電気を引くのは合法的で、電気会社に安い工事費を払っただけで済んだのでした。

そんな大金持ちの豪華ロッジは、狩猟のためのものです。アフリカのサファリに狩猟キチガイが莫大なお金を使いますが、ここでもハンティングロッジはとても大きな企業と呼んで良いほどのスケールで、大抵のロッジは契約したハンティングガイドを置き、強力な4輪駆動の車、馬を何頭か持ち、何千エーカーという広大な猟場を持っています。このような豪華ロッジから、本当の山小屋風の電気、水道のない狩猟キャンプまで、その中間にハンターズロッジがたくさんあり、この界隈に落とすお金は膨大な額になるといわれています。

地元の牧童たちには、年に一度の現金収入、ボーナスが入るので、それに彼らも元々ハンターですから、趣味と実益を兼ねたハンティングガイドになり、家に残された奥さんたちはハンティング未亡人として2、3週間を過ごすことになります。この狩猟期間に、家を建てるな、工事をするな、と合言葉、常識になっています。大工さん、水道屋さん、電気工事屋さん、運送屋さん、皆こぞって猟に出かけてしまうからです。

ところかまわず歩き回る傾向のあるダンナさんを持つ私としては、毎年の狩猟シーズンは、いつダンナさんが流れ弾に当たって、私が本当の未亡人になるのではと、心配な季節なのです。 

また、毎日、窓の近くまで来て私たちを楽しませてくれる4、5頭の鹿、七面鳥の群れ、どうかサンクスギビングの食卓に上りませんように、狩猟シーズンを生き延びるようにと祈らずにはいられません。

-…つづく

 

 

※著者追記:先週のコラム『キチガイに刃物、お巡りにピストル』で白人婦警、アンバー・ガイガーに10年の刑が下されました。その際、殺された黒人ボサムさんの弟ブランディット・ジェーンさんが、アンバーを弁護し、「罪を悔いているアンバーを憎むことはできない。人間としての彼女に愛情をいだいてさえいる」と“罪を憎んで、人を憎まず”を地でいく発言をし、法廷でアンバーと抱き合い、話題になりました。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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