第635回:妊娠は穢れたもの、恥ずかしいこと?
パプアニューギニアのある部族では、妊娠した女性を豚小屋に入れ、豚と一緒に住まわせる…と文化人類学者が報告した時、私たちはとてもショックを受け驚いたものです。
日本でも、長いこと、明治の半ば頃まで、“妊娠は不浄なもの”と信じられていたようです。産褥(さんじょく)と呼ばれ、出産は奥の目立たない部屋、物置小屋のようなところで密かに出産し、産婦も人目を忍ぶように、不潔な状態で放っておかれた…と、自身が医者である小説家、渡辺淳一さんが書いています。
ところが、世の中、社会の目が変わり、ウチのダンナさんが小学校、中学校に通った時代には、女性の先生が妊娠して膨らんだお腹を堂々と突き出すように教壇に立っていたと言ってますから、しかも同じ先生が何度も妊娠していた…と、ダンナさんは記憶しているのですが、人目をはばからず大きなお腹を抱えて歩くことが、当たり前になっていたのでしょう。もっとも、妊娠してお腹が膨らむのは自然のことなのですが…。
ところがです、アメリカでは戦後になっても、お腹が大きくなった妊産婦は、教職につけなかったのです。私の母親はコロラド州の大都会デンバーで中学校の音楽の先生をしていた時、私がお腹に入り、お腹の中で成長し、お母さんのお腹が少し出てきたところで辞職しなければなりませんでした。
子供たちに妊娠した姿を見せるのは、教育上ヨロシクナイというのです。保守的キリスト教の醜いものは隠せ…という思考が強く、結婚、妊娠、出産、育児の流れの中で、妊娠、出産は隠れて行うものとされていたのです。妊娠しお腹が膨らんだのはセックスをしたからだ…という当たり前のことを隠そうとしていたのです。アメリカに後進性、男尊女卑のプロテスタントの保守性が根強く残っていたことに驚かされます。
ナサニエル・ホーソンが『緋文字』(The Scarlet Letter)を書いた1850年から、清教徒的モラルはなんら変化していないのです。もっとも、この小説では未婚の女性が妊娠し、父親の名を明かさなかったことがスキャンダルでしたが…。
ヨーロッパや日本の方がこと妊産婦の扱いでは、はるかに生物学的な自然に沿って、進んでいたようなのです。それは現時点でもまったく変わっていません。
小泉進次郎さんがニュージーランドの女性首相と会った影響ではないでしょうけど、奥さんの滝川クリステルさんの出産に伴ない産休を取るとか、取らないとかで話題になっていますが、賛否両論、大臣職の方が育児より大事だとか、法的にダンナさんも休暇を取れるのだから、先鞭をつける意味でも取るべきだとか、どちらを選んだにしろ、反対派は非難するでしょうし、どちらに転んでも反論を受ける勝ち目のない状態におかれています。
数年前になりますが、スペインで軍を司る大臣に女性が就任し、就任式に妊娠中の新任大臣が大きなお腹を突き出すようにして、閲兵を行っていました。
アメリカで、ウーマンリブ運動がマスコミを賑わせている割には、基本的なこと、女性の大半は結婚し、セックスし(指摘するまでもないか)、妊娠し、出産し、そして子供を育てることなる自然の流れが分かっていないように思われます。
端的に現れているのが妊娠や出産に伴う有給休暇です。圧倒的に長い期間、妊娠、出産、育児の有給休暇、110週間も取ることができるのはブルガリアです。その次は日本が58週間、それに続いてカナダやヨーロッパの国々が30週から40週の有給休暇を取ることができます。もっとも、日本では法律、システムは作られていても、それを実際に利用する、当然の権利を主張する女性は少ないそうですが…。
アメリカはといえば、産休はゼロ=0なのです。お前たちが勝手に妊娠したのだから、どうして国が法律で保護し、企業に妊娠、出産、育児の有給休暇を義務付けることができるのだ…という論法でしょうね。万が一、出産時に有給休暇の権利を与えたら、得をするのは、生めよ増えよ、地に満ちよを実践しているカソリック教徒(主にヒスパニック系)と、モルモン教徒にばかりに有利に働く上、多くの企業はやっていけなくなる…というのです。
もちろん、やっとという感じですが、民主党のクリスティン・ギルブランド上院議員(Kristien Gillibrand)と下院議員のロサ・デラウロ(Rosa DeLauro)、二人とも女性ですが、ファミリーアクト(Family Act)法案を議会に提出しました。この法案では12週間の有給休暇(給与の66%)を受け取ることができる…というほかの国に比べとてもジミなものです。
他の共和党の議員さんたちも、民主党に負けるなと、“New Parents Act(新時代の親法案)”とか“Cradle Act(ゆりかご法案)”を作り、議会に出しています。
いつも思うのですが、こんな産時休暇の法案くらい、党の利益を離れて、民主党と共和党、一緒にできないものなのでしょうか? いずれの法案もまだ批准されていませんが、そんな法案が議題になるだけでも、アメリカにとって大した進歩なのです。
小泉さんのように男、ダンナさんの方の産時有給休暇なんて、へ~、そんなことが許される国があるのかとトッピクス的話題になるだけです。小泉さん、ひとつアメリカのマッチョマン、保守的な老議員たちのド肝を抜くためだけでも、赤ちゃんのオシメを取り替えたり、哺乳瓶で授乳させている姿を公表し、限度ギリギリまでのダンナ産休を取ってください。
まだ、アメリカ人の意識の中に、妊娠、出産、育児は後ろに、影に押し込めておけ、表立った政治問題にはならない…という部分があるのでしょうね。票に繋がらないことは放っておけという心理でしょう。
私たちアメリカ人の妊産婦に対する扱いは、パプアニューギニアの部族に笑われるような、意識の低さなのです。かの地では、少なくともブタは非常に大切、貴重な家畜、財産なのですから、ブタと一緒に閉じ込めるのはムベなるかな…なんですが…。
-…つづく
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