第622回:高原大地のフライデー・ナイト・フィーバー
久しぶりに大学に降りて、来学期の準備、溜まった事務仕事をやっつけ、週1回の食料買出しなどを終え、いつものように曲がりくねったジグザグ道路を遡ってきた時、いつもより交通量が多いことに気が付きました。多いと言っても、いつもなら前後に車の影が全くないはずのところに何台か走っているだけなのですが…。
国定公園を離れ、私たちが住んでいる高原台地(グレードパークと名付けられています)に入り、地域の中心地、と言ってもザ・ストア(なんせ一軒しか店がないので、ザ・サンと同じように半ば冗談で定冠詞付きで呼ばれています)と、ボランティア消防隊の車庫、それに郵便局(トレーラーですが)だけのところに、車が50~60台も止まっているのに出くわしました。
すっかり忘れていましたが、金曜日だったのです。
グレードパークではボアンティアの消防隊員やコミュニティーの人たちが中心になって、金曜日の夜に野外映画会が催されるのです。ここグレードパークの野外映画は夏の風物詩になっており、谷間にある大学町だけなく周辺の町や村からも人が集まります。
入場料は大人5ドル、子供はタダ、ホットドックやハンバーガーのスタンド、アメリカですからもちろんキンキンに冷やしたコカコーラなどを売っています。それに加え、ここの牧場風味を添える、茹で上がったばかりのトウモロコシにバターを塗り、軽く塩を振り掛けたもの、採れたばかりのスイカ、そしてアイスクリーム、アイスキャンディーなどを売る屋台が並んでいます。お祭りを渡り歩いているプロの業者はおらず、いずれも地元の人たちがやっています。
お客さんは各自キャンピングチェアと毛布を持ってきます。どこの家でも裏庭バーベキューパティー用のキャンピングチェアを数脚持っているのです。毛布は上映開始が日没後になりますから、9時頃になり、日が沈むとトタンにガクッという感じで冷え込むので、ひざ掛け用、頭から被るためのものです。ダンナさん、「俺たちがガキの頃には各自ムシロ(何ですかそれ?)を持参したものだ」と、前世紀の生き残りのようなことを言っています。
交差点、十字路界隈はいつになく人影があり、狭いカウンティー道路脇に縦列駐車した車が並び、道路を横切る子供たちがいるので超ノロノロ運転をしなければなりません。おまけに向かいからトラクターに曳かれた大きな牧草を積むためのトレーラーがやってくるではありませんか。牧草を運ぶ時は文字通り山のように積み上げます。これを田舎のお祭りの時などに、馬に曳かせ、子供たちを乗せ、牧草畑や草原を回るのです。これを“ヘイ・ライド(Hay Ride)”と呼びます。
残念ながら、グレードパークのヘイ・ライドは農耕馬ではなく、ガソリンさえ入れれば動いてくれるトラクターになってしまいました。それでも、町の子供たちは大喜びで、乾燥した牧草を敷いたトレーラーに乗り、転げ回ったり、四角く縛った牧草の上に座ったりで、私がすれ違った時には、身体全体で喜びを表し、手を振ってくれました。トラクターで引っ張るのですから、およそどんなデコボコの畑にでも入っていくことができます。揺れが大きい方が、子供たちには人気があり、悲鳴をあげ、叫び、笑いながら、ヘイ・ライドは遠ざかっていきました。
私のお祖父さんは、母方、父方両方ともお百姓さんでしたから、夏休みに両方のお祖父さんの農園で過ごすのが習慣になっていました。お祖父さんは2頭の馬に(ティームと呼びます)馬車を曳かせ、そこいらじゅう自由に乗り回すことを許してくれました。私より2歳年上の従兄弟ジェリーがリーダー格で、御者を勤め、私の弟、妹、従姉妹、総勢10人ほどはいたでしょうか、飛び降りたり、飛び乗ったり、落ちたり、落とされたり、大騒ぎでヘイ・ライドを楽しんだものです。しかし、今思えば、よく皆大した怪我をしなかったものです。
トラクターに曳かれているヘイ・ライドに乗っている子供たちの嬌声が、私の郷愁を呼び起こしてくれました。
この高原の夕焼けは遮るものが何もないので、180度どころか南東の空にまで赤い夕日が届き、全天360度の夕焼けになります。そして陽が沈み、徐々に暗くなり映画が始まります。それまで、恐らくボランティア消防団員の趣味なのでしょう、カントリーウエスタンの流行り歌がラウドスピーカーから流れ、子供を連れて来てくれた親たちに、“連絡事項、今後の予定”などを田舎風の米語でやっています。耳をそばだてると“カウボーイ、創作詩”の朗読会、コンテストのこと、日曜日にはポトラック・ブランチ(皆が食べ物を持ち寄る朝食と昼食を兼ねた集会)のことをアナウンスしていました。
さて、肝心の映画ですが、ディズニー嫌いのダンナさん、とても我慢して付き合ってくれそうもない子供用のディズニー・アニメが多く、スクリーンからの大音響を後に家路につきました。
全く田舎、牧場を知らずに育つ子供たちにとって、グレードパークの野外映画とヘイ・ライドはほんの少しでも記憶の片隅に残る思い出になるでしょう。私のお祖父さんの馬車やダンナさんのムシロ敷きの野外映画くらいには……。
-…つづく
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