第627回:西洋の庭、日本の庭
私には本を溜め込む趣味はありません。私の研究室には、授業に必要な最小限の本しか置いていません。オマケに部屋を飾ることもしませんから、ガランとした仏間のようです。他の先生たちは、大きな本棚をいくつも置き、ぎっしりと本を並べ、ソファーや安楽椅子を備えたりで、映画に出てくる“大学教授の部屋”のセットをそのまま移し替えたように見えます。
出版社が毎年持ってくる、大量の参考書、専門書の類は、一応目は通しますが、手元に置かず、すぐに生徒さんにあげてしまいます。必要な本はほとんど図書館で借ります。読み終わった本、使い終わった研究書、論文集などは図書館に寄付します。
読み終えるのに、ほとんど1年かかった日本の庭園、古い建築の写真集、禅の本を、60冊ばかり図書館に寄贈したら、えらく感謝されました。と言っても、これらの本、写真集は元はといえば、2年前に亡くなった義理の弟の蔵書でした。
彼は日本への思い入れがとても強く、彼の書斎は日本関係の本で埋まっていました。何年も掛けて“アメリカにある日本庭園”(アメリカ国内にこんなにたくさんの日本庭園があるとは知りませんでした)の本を準備していましたから、彼が訪れ、自分で撮った写真も膨大なものでした。ゲラというのかしら、下書きも相当進んでいましたが、出版前にガンで亡くなってしまいました。そんな彼の蔵書の一部を譲り受けてきたのです。
彼の撮った写真と、日本庭園の写真集、それに私が訪れたわずかな庭園、桂離宮、金閣寺、銀閣寺、三渓園、兼六園、竜安寺くらいですが、日本の庭は、西洋の庭とは根本から違うと感じさせられました。
日本では、町や市の公園で“芝生に立ち入らないでください”という看板を出しているところは珍しくありません。日本の庭はこのように、芝生に分け入り、踏みつけ、その中に入り込むものではないようなのです。あくまで外から眺め、鑑賞するもののようなのです。庭の中を歩く時には、“飛び石”と呼んでいる、敷石の上を行儀良く足を載せなければなりません。そこだけ歩行が許されており、横道に逸れることなどできませんし、万が一、太った人が向こうからやってきて、すれ違う時に一体どうすればいいのか考えさせられます。歩幅は人によって違うし、足の長い大男、大女の歩幅ではないようなのです。
日本文化に疎いウチのダンナさんは、「アリャ、着物を着こしめして、大股で歩くことなどできないステップに合せてあるんじゃないかなあ~。チョコマカ歩く伝統に沿って石を並べたんじゃないかな~~」とあまり確信に満ちていない解説をしてくれました。
団体観光客が押し寄せる水戸の偕楽園や金沢の兼六園は、お城の一部として、最初からマス(団体)を受け入れるように造られたものですからいいのですが、お寺にある庭はむしろヒッソリと心静かに、外から絵画を観るように味わうもののようなのです。金閣寺、銀閣寺の庭は建物が主体で、建物を見るために、池に映った金閣寺が美しいとか言うように、庭は添景なので、あのように大量の観光客を受け入れることができるのでしょうか。それにしても、あの人混みにはウンザリさせられました。
禅と結びついたお寺の庭は、人間が足を踏み入れることを拒絶しているように思えます。まさか、竜安寺の石庭に野球帽やテンガロンハット(カウボーイの帽子)をかぶり、ジーパン姿でハンバーガー、ホットドックを齧りながら、片手にビールかコカコーラの入った大きなプラスティックのカップのマッチョマンや激短パンに上げ底ブーツのオネーチャンたちが波上の玉石を踏みにじり、真ん中の岩に腰掛け、Vサインで写真を撮るわけにはいかないでしょう。
かの庭を鑑賞するには、観る側も正装、袈裟懸けとは言いませんが、ある程度礼をつくした服装、態度で臨まなければならないような気にさせられます。庭の中に身を置くのではなく、外から姿勢を正して観るもののようなのです。
そこへいくと、西欧の庭と言っても、私が知っているのはアメリカに限られていますが、庭のある教会なんて観たことがありません。教会の前にある広い土地はアスファルトの駐車場になっています。教会に入る前に庭を歩き、心を静めるための小宇宙を形造ることなど想像外のことで、そんなスペースがあるなら車を一台でも余計に置くことが肝心だ…と思っているらしいのです。ですから、大木の茂る境内は存在せず、駐車場、そしていきなり教会、聖堂、カテドラルになります。古い教会では裏庭を持っているところもありますが、大半は墓場です。
普通の家でも、フロントヤード、家の前にある庭は、どの家も決まりきった芝生で、しかも砂漠地帯から厳寒の町まで、どこへ行ってもワンパターンの芝生一点張りなのです。この芝生をミドリミドリに保ち、床屋さんへ行ったばかりの頭のようにきれいに刈り込むのが、一種のミエ、ご近所さんに対するホコリになっています。
団地の家には裏庭があります。お金持ち地域なら広々とした芝生に池やプールがあり、草花を植えたりしますが、年に数度開くBBQパーティーのために使われます。芝生は立ち入り禁止どころか、庭用の椅子、テーブルを持ち出し、大いに踏みつけます。
そんな環境で育ったアメリカ人(この際、大きく出て西欧人と言っておこうかしら…)にとって、日本の庭は自然と関わりあう態度に根本的な違いを見たのでしょう。結果、西欧、アメリカに数多くの日本庭園が生まれることになりました。中には石灯篭を置いただけで日本庭園になるという、なんだかアンバランスでトンチンカンな庭もありますが、大金持ち(オラクルの社主、ラリー・エリソンさんは庭だけでなく家、門まで純日本風に造りました。ただ、門にいるガードマンがグレーの制服、腰ピストルはどうにも似合いません。あそこまでやるなら、侍装束で大小を差したガードマンにしてもらいたかった…と思います)や地方自治体が日本から造園家を呼び寄せて造り、管理している本格的な庭園もたくさんあります。これも亡くなった義理の弟のファイルで知ったことですが…。
庭造りは一つの大きな輸出文化になっているらしいのです。日本の庭は元々マスを受け入れるようにはできていません。静寂が支配する小宇宙を体現するためには、桂離宮のようにある程度入場者を制限しなければならない、高い垣根を設けなければならないのでしょう。しかし、それを乗り越えても日本庭園に身を置きたいという人たちは、きっと西洋の文化で得ることのできないものをイメージとして持ち帰るのでしょうね。亡くなった義理の弟、デイヴィッドもそんな一人だったのだと思います。
アメリカ、ヨーロッパで大量に出回っているアニメ、マンガだけが日本ではないと、若い世代に訴えたいところです。
-…つづく
第628回:引退前の密かな楽しみ
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