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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第617回:オーバーツーリズムの時代

更新日2019/07/11



なにかヤミツキになってしまった『バッハ音楽祭』に行って来ました。バッハ音楽祭と銘打ったコンサートシリーズは世界中でたくさん開かれています。なんでこんな辺鄙な田舎町で、古い避暑地でと、ヨーロッパだけでなく、アメリカ、日本をはじめアジアの国々で開かれています。 

私たちが通いつめているのはドイツのライプツィヒという旧東ドイツ、元共産圏の町で、そこでバッハさん、晩年の27年間死ぬまで教会のカントルン(Cantorum;音楽監督のような地位でしょうか)として過ごしましたので、それを町興しに使わない手はないとばかり、毎年6月の10日間、バッハ週間のように主に教会、そして古い証券取引所、裁判所、旧市役所などで小規模な連続演奏会が開かれます。

集客から言えば、主会場であるトマス教会でも地方都市のどこにでもある中小規模の簡素な建物で、おそらく詰め込んでも2,000人程度しか入れませんから、ライプツィヒの町自体の観光にとっては大きな経済効果は薄いのかもしれません。200人と入れない歴史的な建物で行われるコンサートがほとんどです。

隣町のドレスデンのサッカースタジアムで開かれていたメインにエリック・クラプトンを据えたロックコンサートは連日5万人、6万人集めていましたが、とてもそのようなわけにはいかないのです。とは言っても、旧市街は10年前から見ると、目を見張るほど観光客でにぎわうようになりました。単に目立つからでしょうけど、中国人、韓国人がとても多くなりました。

言葉に敏感すぎる耳を持ってしまった私はすぐにアメリカ人英語だ、スペインのスペイン語だ、韓国語だ、あれは、チョット北京語とはニュアンスが違うけど、福建省か広東系だと判別する癖があります。ライプツィヒの旧市街は狭いものですが、まさに観光客で埋め尽くされてしまいました。

まだ、一般の観光客、中国人、韓国人がバッハ音楽祭の会場にまでは乗り出してきていないのが幸いと言えば、幸いなのかもしれませんが…。地元の人がアメリカ人と日本人のバッハキチガイが入場券の値段を吊り上げているとこぼしているのを幾度も聞いたことがあります。

今回、プラハで5日ほど過ごしました。私も、ダンナさんも40-50年前、共産圏だった時に訪れたことがあります。町の賑わいと言うより混みようは大変なもので、宇宙時計のある旧市役所前の広場など、日曜日の表参道顔まけで、歩行困難なほどです。確かにこれだけ遺跡、古い建物が残っている町はヨーロッパでも珍しいし、おまけに大河と呼びたくなるヴルタヴァ川に数多くの古い橋が架かっており、町の風景を独特のものにしています。

舟遊び、レストラン付きの細長い船など、川から町を眺める仕掛けも整っています。川を挟んで反対側には一見に値するプラハ城、ニコラス教会がそびえているし、観光資源がとても豊かなところです。ここも中国人の進出の前に、日本人は一体どこに隠れているのと言いたくなります。

去年、私の妹がスペインのバルセロナ、マジョルカ島へ旅して来ました。
どうにも、年寄り(私のことです)の悪い癖で、すぐに昔は…30-40年前はとやりたがる傾向があるのは承知の上なのですが、実際、私がバルセロナに住んでいたのは40年ほども前になるのですから、オリンピック後の、今のバルセロナと比べることなどできないほど変わってしまったのは当たり前のことなのでしょう。

私はサグラダファミリア教会(ガウディの聖家族教会)が倒れてきたら、潰されるところにアパート(ピソ)を共同で借りていたので、毎日サグラダファミリア教会、工事現場、広場を眺めて暮らしていました。妹の撮った写真を見て驚いてしまいました。人、人、人の波なのです。身動きができないほどの混雑なのです。

1990年にバルセロナを訪れた観光客は170万人ほどでしたが、2018年には3,200万人に増えているのです。それが人口160万人の町でのことです。もちろん、それなりに観光客はお金を地元に落としいるのは間違いありません。地元のホテル、レストラン、土産物屋さん、バスやツアーガイド、観光業に携わる人にとって、来てくれる観光客あってのことですし、それなりに潤っていることでしょう。 

ヨーロッパの観光地の筆頭は、世界に類のない水の都“ベニス”でしょう。運河が入り組んでいる旧市街は非常に狭いところです。そこへ2017年に3,600万人の観光客が押し寄せているのです。4月から10月までの観光シーズンには毎日3万2,000人もがクルーズシップから下船し町に流れ込んでいるのです。ベニスはハイシーズン中、1日に46万5,000 人の観光客を受け入れていることになります。

ベニスは大型のクルーズシップの入港を拒否し、小型のものも入港を制限する方針を打ち出しました。クルーズシップのお客さんはホテルに泊まらないし、船で3食付ですからレストランにも行かない、買い物もしてくれない、早く言えばお金を落としてくれないなら、来てもらわなくても良い…ということでしょうか。それどころか、町への入場料を取る方針が固められています。1日11ドル相当を払わなければならいことになりそうなのです。ベニスに来たアメリカ人がディズニーランド並みに、「ここは何時に閉まるのだ?」と尋ねた笑い話がもっともらしく聞こえます。

ノルウェーのフィヨルドも大型クルーズシップの締め出しを図っています。こちらは排気ガスによる大気の汚染が焦点で、2026年までに排気ガス、二酸化炭素を出さない船、と言うことは電気で動く船しかフィヨルドに乗り入れを許可しないという、過激な方針を打ち出しています。

このようにオーバーツーリズム現象が起こったのは、もちろん観光地に出かける余裕のある層が世界的に多くなったからです。それに合わせ、旅行会社も競い合うように観光地を開発し、売り込み、どんどん観光客、避暑客を送り込んでいるからです。地元からオーバーツーリズムを非難する声が上がり、もう観光客はいらない、来てもらわなくても良いという運動が実際に沸き起こってきています。

でも、このような運動は両刃の剣のようなもので、その町に観光以外の産業があればいいのですが、大なり小なり観光に頼っている小さい町では、裕福層でお金を盛大に落としくれる人は歓迎するけど、物見高いだけの貧乏旅行者は来てくれるな…というのが本音でしょう。しかし、そんな都合の良い観光事業は有り得ません。

私は絵葉書確認のような観光でも、出かけた方が良いと思っています。自分の国、土地を離れ、たとえグループツアーでも、他の文化圏に行けば何がしかの発見があるでしょうし、もう一度どこかを重点的に観たい、訪れたいと思う場所も出てくるでしよう。

オーバーツーリズム現象は人気のパリ、ロンドン、アムステルダム、ミラノ、ローマ、アテネ、東京などの大都会では問題になりません。元々の人口が何千万人もいますし、観光だけで成り立っている街ではない上、ホテルの部屋数も多く、たとえ毎日何十万単位の観光客が入り込もうが、そんな大都会は軽く飲み込んでしまうことができるからです。

そこへいくと、ベニス、ドゥブロニク、ザルツブルグ、プラハ(中くらいの都会ですが)の町でオーバーツーリズム非難の声が上がり、地元の人の生活を脅かしている、観光客を制限しようという動きがあるのは事実です。それにしても、そんな町に誰も行かなくなったら、フロリダかどこかにディズニーが本物と全く同じベニスを作り(そんな話はありませんが…)、そっちの方にばかり皆行くようになったりしたら、本家ベニスはアワテルことでしょうね…。

まだ町が“満員御礼”の看板を出すには至っていないのですから…どこにでも行ってみるべきだと思うのです。混みあっているのは観光地の中の観光スポットだけで、そこを一歩、500
メートルも離れると、観光客の姿など、全く見かけない美しくヒナビタ地域があるものです。

数年前、クロアチアの島のジェルサ(Jelsa)という漁村で2ヵ月過ごしましたが、「最高のバカンスだった。いつかあそこに住もうか…」と言うほど、ダンナさんは惚れ込んでいます。まだ世界にはそんなところがあるものです。こんなことも実際に出掛けてみなければ分からないことです。

金閣寺、銀閣寺が混み過ぎている…それなら桂離宮のように葉書で申し込み、抽選で入場を制限すれば済むことです。でも、膨大な額に及ぶ入場料、拝観料は捨てがたい……。それは受け入れる側のエゴです。オーバーツーリズムへの非難には、受け入れる街の側のご都合主義的エゴが見え隠れしているように思えるのです。 

世界遺産やインターネットの人気ランキング50などは忘れ、探せば離れたところにまだまだ素晴らしいところがたくさんありますよ。

-…つづく

 

 

第618回:天井知らずのプロスポーツ契約金

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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