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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第629回:ご贈答文化の不思議

更新日2019/10/10




日本で過ごした年月は総計すると、恐らく何年に及ぶと思うのですが、20代では外人英語教師、そして日本人らしきダンナさんと一緒に彼の家族訪問、その後、上智大学に招かれ1年間の客員教授生活、日本語学習テキストの執筆、録音のために1年と、長い割には日本の実社会の経験がほとんどないことに気が付きました。

日本の会社や学校で日本人と同じように机を並べて働いたことがなく、いわば、いつも外人として過ごし、内人(日本人?)として日本を体験していないのです。いつも外人としての特権を享受してきて、日本人と同じレベルでの生活習慣を履行しなくて済んだのです。皮相的な見方が身についてしまい、いつまでたっても外の人のままでした。

ダンナさんの友達や家族を見て、大変だなぁ~と思うのは、年に2回の暑中見舞いとお歳暮です。商売をしている人なら、今まで取引してくれてありがとうという感謝と、これからもよろしくとの意味合いがあるのでしょう。実用的な砂糖や洗剤、その地方の特産品、缶詰やチーズ、ハムの詰め合わせ、高級なお菓子など、大量に配っているようです。

うちのダンナさんもお歳暮配達のアルバイトを毎年のようにやったと言っています。彼の時代はすべて自転車の前と後ろに山のように積み、縛り、配達したもんだ…おかげで今でも足、腰が丈夫だとか愚にもつかないことを言っています。

学校の先生でも、やはり校長、教頭、主任や先輩格の先生にも配るもののようで、貰った方もお返ししないと不義理になる…と、なんだかとてもややこしく見えます。

貰う方ですが、先生が父兄からどの程度のお歳暮を貰ってもよいか、また許されるか、一定の基準はないようですが、モノの本によりますと、大体1万円以下の物品なら、贈収賄の犯罪にならないそうで、5万円を越すと取り調べの対象になる可能性が出てくる…のだそうです。また、地方選挙の時に、ご贈答品がどこまでなら選挙違反にならないか、金額によるのか、渡し方によるのか、明確ではありません。 

どうにも、日本では贈答と賄賂との区別があいまいで、お歳暮文化が政治を蝕んでいる賄賂に繋がり、大枚を贈る方も、受け取る方も罪の意識など全くないようなのです。何とか大臣になるにはショッピングバッグ(1万円札が詰まった)を三つ四つ付け届けなければならない…と当然のように言われ、それを聞いている日本人の大半もマ~、そんなもんかと、納得しているように見受けられるのです。

元々日本のお土産、贈答文化にマメに応じることは日本人でも難しいことのようですね。年に2回の暑中見舞い、お歳暮の他にも、全快祝い、新築祝い、栄転祝い、出産祝い、入学祝い、卒業祝い(これは義務教育の小中学校でも)、就職祝い、結婚祝い、それにお年玉とマジメにやっていたら破算しそうなほどです。

それに加え、誰かを訪問する際、手ぶらで行くのは“礼”に反するのか何らかの手土産を持って行きます。ご近所に“漬物”を持っていく感覚で付け届けを呆れ果てるくらいよくします。どこかへ旅行に出掛ける度にお土産を持ち帰り、配るのが義務付けられているかのようにさえ見えます。 

へルムート・モースバッハ先生(Helmut Morsbach;ケープタウン生まれのドイツ人社会学心理学者)はえらい日本贔屓で、奥さんは確か日本人だったと思いますが、『西欧人から見た日本人の贈答風俗』というエッセー、論文を書いています。初めから西欧人の目で見ていると立場を明確にしているところはサスガですが、なんとも贈答文化に点数が甘いように思います。彼によれば、贈答は日本の社会組織を強化するのに役立っていると言うのです。そこまで言うなら、金品を贈り、受け取るワイロ、贈収賄は日本文化の一面だと切り捨てた方がすっきりするでしょう。

話は盛大に横道に逸れてしまいますが、へルムートさん、若い時にヒッチハイクで16万キロ旅したそうで、元バックパッカー、ヒッチハイクで鳴らしたウチのダンナさん、「ウオッ、凄げ~な~、俺、完全に負けたぞ…」と、本筋と関係ないことに感心していました。

ご贈答品は中身と同じくらい、時々中身以上に包装、箱、プレゼンテーションが大切で、大きく立派な箱にノシ(熨斗;こんな漢字を使うんですね)紙を付け、墨で“暑中見舞い”とか“お歳暮”“何とか祝い”と筆で黒々書き、更に中身以上に立派な包装紙で包み、リボンを付けたりします。考えてみるまでもありませんが、服装、ファッションも実在する本人以上にかっこよく、立派に見せようとするのが基本ですから、贈答品は見栄の延長にあるでしょうね。いくら、今日ビ、誰でも使うであろうコンピュータの“メモリースティック”をマッチ箱大の箱に入れたのでは贈答品になりません。

そこで当然、贈答品は過剰包装になります。私のところへも義理のお姉さんやダンナさんの友達から大きな箱が郵送されてきます。中には“贈答品のリサイクルですが…”と断り書きがあったりします。とても綺麗な包み紙なので、破らないように細心の注意を払いながら開き、包装紙はきちんと畳んで私の甥っ子たちや両親へのプレゼント用にしまっておきます。そして、箱も丈夫でファッショナブルなものは小間物入れとして使っています。

日本の贈答品と西欧のクリスマスプレゼント、誕生日のプレゼントとの大きな違いは、日本では多少贈る相手のランキングによって品質を変えることがあるにしろ、同じものを50個、100個と全員に配ることです。西欧のプレゼントの場合は、一応相手のことを頭に描き、何が良いか、ピッタリとするかを思いアグネ、自分のフトコロと相談し一つひとつ相手に合わせて決めます。同じモノをゴソッとデパートに頼んで配送してもらうようなことはしません。

アレは一体なんなのでしょう? ヴァレンタインデイがチョコレート会社の陰謀であるように、日本のご贈答文化というのもデパート、スーパーの陰謀ではないかと疑いたくなります。

このコラムを横から覗いていたダンナさん、「オメ~、貰うのが好きな割りに、随分贈答の習慣に点数が辛いな~、そりゃ、オマエが面倒くさがりでケチなだけじゃないか?」とつぶやいています。それとも、日本人臭が抜け、無国籍風の得体の知れないダンナを持つ身と比べ、ヘルムートさんの日本人の奥さんが立派な人で、ヘルムートさんが日本文化を清く、正しく観るように仕向けているのかもしれませんね。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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