第734回:貨物線にのりたくて - 秋田港クルーズ列車 秋田駅~秋田港駅1-
2018年7月28日。東京駅八重洲口から"ドリーム秋田・横浜1号"に乗った。秋田駅着は翌朝06時30分頃だ。約9時間の乗車は、眠りが浅くとも睡眠に充分。寝台特急"あけぼの"があれば良かったのに、と思う。値段が高くたって寝台車がいい。値段の比較をすれば、東京~秋田往復航空券とビジネスホテル1泊付きのパックのほうが安いけれども。寝台車のほうが良かった。背筋を伸ばせるし狭くても個室だ。無い物ねだりをしても仕方ないけれど。

夜行バスで秋田駅着
バスを降りて背筋を伸ばし、同行者にメールを送る。「すでに先頭車最前列に並んでいます」と返信があった。ならば急ごう。今回のターゲットは"秋田港線"だ。奥羽本線の貨物列車用支線である。
日本の鉄道路線の全線踏破を目ざして旅をしているけれども、乗りたくても乗れない鉄道がある。工場などの専用鉄道や貨物線だ。だから「全線」といっても対象は「旅客列車が定期運行している路線」になる。貨物線は対象外。記録にも残さない。それでも稀に貨物線を走る列車が設定される。たとえば"寝台特急サンライズ瀬戸・出雲"の上り列車は、小田原駅から東海道貨物支線に入り、北側に逸れて羽沢貨物駅を通って鶴見で東海道本線に合流する。これは通勤客用の"湘南ライナー"も同様。大宮と府中本町~八王子を結ぶ快速"むさしの号"も貨物線を経由する。

秋田クルーズ号は元リゾートしらかみ車両
新大阪駅と関空を結ぶ特急"はるか"、紀伊半島行きの"くろしお"も新大阪駅~梅田貨物駅~西九条駅間は貨物線を走り、大阪駅に寄らない。尼崎と新大阪駅を短絡する"北方貨物線"は九州から東京へ向かう寝台特急が走った。もちろん私はすべて乗った。
このほかにイベントやツアーで乗れる貨物線がある。関東ではツアー会社が団体列車を仕立てる。本連載の第416回の鹿島鉄道鹿島臨港線イベント、第518回で乗った"ぐるり貨物線大宮号"などだ。このような列車もなるべく乗りたい。仕事のために毎週の鉄道ニュースをチェックしているけれども、実はこんなツアー列車が募集されていないか、目を細めて探している。そして見つけた列車が今日の"秋田港クルーズ列車"だ。
秋田港クルーズ列車は2017年から不定期に運行している。秋田港に停泊するクルーズ船の乗客用に、秋田駅までのアクセス便として誕生した。
いま、日本各地の客船ターミナルはクルーズ船ブームになっている。さかのぼれば2007年の観光立国推進基本法の施行がきっかけだ。日本から海外へ向かう観光客は多いけれども、訪日観光客は少ない。日本のビジネスパーソンは土日しか旅行しないから、平日の観光地は閑古鳥。そこで海外からの観光客を呼び込もうと官民一体で取り組んでいる。そのひとつかクルーズ船の誘致だった。

カモメのマーク
メール着信。「私の後ろに親子が並んでしまいました」。なんだか申し訳なさそうな文面だ。しかし私は構わない。むしろ彼が一番前にいることで安心した。そうでなければ意味がない。今回の同行者は"ayokoi"さんだ。鉄道の前面展望動画をYouTubeにたくさん投稿している人。新型車両や新路線などトレンドもしっかり押さえているから、しばしばネット記事に埋め込ませていただく。その許諾のやりとりで食事に誘って以来の付き合いだ。
秋田港クルーズ列車に乗りたいけれど、クルーズ船の乗客専用列車だ。そのためにクルーズ船に乗るか、おカネもかかるしなあ、と逡巡していたところ、一般客にも機会が設けられた。秋田港で年に一度開催される「マリンフェスティバル」の送迎列車として運行するという。ツアー扱いで、販売はJR東日本のびゅうツアー。この機会を逃してはならぬ。

錨のマーク
しかし、ツアーは"申し込みは二人以上"という条件がある。私のまわりにこんな物好きはいない。二人分の料金を払って、当日「ひとり欠席しまして」とウソをついてしまおうか、と思っていたけれど、「そうだ。"ayokoi"さんならめったに乗れない路線の前面展望動画を撮りたいかも」と誘った。OKの返事はすぐ来た。ただしお互い多忙の身。彼は飛行機で前日に秋田入り、午後には新幹線で帰る。私は夜行バスで来て、最終便の飛行機で帰る。
秋田駅8番線に秋田港クルーズ列車"秋田クルーズ号"が停まっている。真っ白な車体に青い帯。船の錨やカモメがデザインされている。汚れのない車体だけど、この車両は五能線の"リゾートしらかみ"用に改造されたキハ40形だった。リゾートしらかみは観光列車として大成功し、新型ハイブリッド車両に置き換えられた。その旧車を改造した車両が"秋田クルーズ号"だ。

展望席にかぶりつく同志たち
見聞しつつ先頭車に行くとayokoiさんがいた。挨拶していたらドアが開く。ayokoiさんはさっそく運転台後ろの展望室でベストポジションを確保し、カメラをセットしている。私はその後ろの座席に座った。展望室は誰もが使えるフリースペースで、あとから大人も子どももやってくる。私は座席からその様子を眺めた。大きな子どもと小さな子どもだ、と冗談を飛ばしたけれど返事がない。怒ったかな、いや、返事をすると動画の音声に入ってしまうからだろう。私も黙っていることにしよう。
発車時刻は8時ちょうど。しかし、乗継ぎ客のいる遅延列車を待って3分遅れで発車した。ここから先はayokoiさんの動画にしっかり記録されている。8番線を出発した列車は、駅構内の分岐器を左へ左へと進み、奥羽本線の上り線を進む。ここだけでも分岐器ファンにはたまらない映像だ。複線電化区間をディーゼルカーが走る。少しずつ加速して、ガラガラというエンジン音が大きくなり、やがてなめらかに整う。車窓は住宅街。それも数分で家の密度が下がり、みどりが増える。線路際の雑草が旺盛である。女性車掌の車内放送は車両の紹介に続いて、貨物支線の紹介になった。ふだんは旅客列車が走らないため、ゆっくりと走るという。

秋田車両センターに新旧の車両が停まっていた
旭川を渡り、複線間隔が広くなったと思ったら、上下線の間にソーラーパネルが敷き詰められていた。元は留置線か機関区か。鉄道の施設である。ソーラーパネルの真上に架線柱と梁が残っている。複線間隔が戻り、こんどは左側に線路が増えて、そばにコンテナが積まれている。秋田貨物駅だ。しばらく走ると次は車窓右手に車両基地がある。いや、留置線はないな。検査工場だけだ。秋田総合車両センターという。JR東日本の電気機関車はすべてここで検査する。かつては国鉄土崎工場と言って、蒸気機関車も製造したそうだ。しかし、いまは廃車解体に忙しいようで、妙にカラフルなキハ47形ディーゼルカーと、583系寝台電車の中間車が見えた。

土崎駅、ここから貨物線
秋田総合車両センターを通り過ぎ、ゆるい右カーブの先が土崎駅だ。秋田クルーズ号はこの駅を通過するタテマエだから扉は開かない。実際には支線に入るために停車して待機、出発信号はすべて赤。分岐器の開通を待つ。約10秒で再び動き出す。こんどはかなりゆっくりと支線に入る。警笛を鳴らした。単線で踏切も多い。ふだんは貨物列車が走らない時間だから、警笛で列車の通過を知らせる必要もある。

ゆるいカーブでほぼUターン
ゆるいカーブを左へ、もっと左へ。ほぼUターンの線路だ。曲がり終ったところで前方にガラス張りの高層建築が見える。秋田ポートタワーセリオンだ。踏切を前に一旦停車。ここから先が秋田港駅構内になるようだ。線路はJR東日本の保有、使用者はJR貨物と秋田臨港鉄道だ。秋田港周辺の貨物を臨港鉄道が集めて長編成の列車にまとめ、JR貨物に引き渡すための駅。踏切が閉じたままだから、開通を待つクルマのドライバーさんが気の毒だ。めったに走らない列車に進路を塞がれるとは運が悪い。30秒も経たずに発車。警笛を鳴らす。下宿人の部屋を訪れた大家さんがノックしているようである。

秋田港駅構内へ。踏切手前で一旦停止

広い構内に貨車と機関車が並んでいる
秋田港駅構内は広い。さすが貨物駅。コンテナ貨車の台車部分が並び、その奥には入れ替え用のディーゼル機関車が並ぶ。それぞれ車両の動きはない。もしアニメのように車両がしゃべり出したら、「今は休憩時間だから、好きな線路を使っていいよ」「いやここ俺んちだから」という掛け合いが起きたかもしれない。右カーブで構内の一番奥に進む。作られたばかりの白いプラットホームがある。列車はさらに速度を落とし、静々と停車した。

臨時駅の立派なプラットホーム

駅名標とポートタワー

柵で囲い、改札口がある
約14分の貨物線体験だ。たった14分。これに乗るために飛行機や夜行バスでやって来る人がいる。目的地に観光施設もある訪日クルーズ船ばかり目を向けないで、国内の旅行好きのためにも走らせてほしい。
◆ayokoiさんの動画
秋田港クルーズ列車 前面展望 秋田-秋田港 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=L-8hIRy_TEw
-…つづく
第734回の行程地図(地理院地図を加工)
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