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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第722回:瓦そば、824列車の名残り - 広島~下関 -

更新日2020/08/27




可部線で広島に戻り、山陽新幹線「さくら567号」の自由席で新下関へ。山陽本線に乗り換えて下関に着いた。貧乏性だから新幹線は贅沢だと未だに思っている。しかし、18時半過ぎに在来線各駅停車で下関へ向かうと到着は23時過ぎ。新幹線を使えば20時前に下関に着く。明日は早いから、夕食とシャワーを済ませて早寝ができる。学生時代なら夕食も駅弁で風呂にも入らずという旅でも良かったけれど、50越えの初老である。無理はきかない。そもそも、もう夜に駅弁を売る店が少ない。やはり新幹線はありがたい。

01
新幹線のさくらで新下関へ

02
新下関、新幹線プラットホームから在来線までは長い動く歩道がある

03
新下関、周囲は暗い

下関で名物の「瓦そば」を食べたい。しかし、瓦そばの本家と言うべき店やその支店は下関駅付近にはない。もっとも近い店は新下関駅から徒歩15分だったけど、ラストオーダに間に合いそうになかった。しかし地元の名物ならば、それも下関ほど大きな街ならきっと店はあるはずだ。ホテルの部屋で荷を解き、フロントに降りて聞いてみた。さて、どこだろう、と首をかしげる。地元の人は食べに行かないのだろうか。いや、それにしてもホテルだぞ。そのくらいの知識がなくてどうする。フロントスタッフたちがガイドブックを調べたり、他の従業員に聞きに行ったり。そして「道路の向かいの居酒屋で出していたはず」という答えを得た。なんだ、そこかと全員が安心した。

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下関に到着。明るい

週末の良い時間である。店内は野球中継を見る人で盛り上がっていた。酒も飲めない、独り者には肩身が狭い雰囲気だ。しかし若い店員は快く私を招き入れ、カウンター席をすすめた。寿司屋のような冷蔵ショーケースの向こうで、板前さんが話し相手になってくれた。

「下関は福岡が近いのでソフトバンクファンが多いんですよ。隣の岩国は広島ファンが多いでしょう。この2チームが日本シリーズを争ったら、ここらの店はもう戦争です(笑)」

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瓦そば。瓦が熱い

そういう板前さんはどこのファンかと聞けば、巨人だという。理由は単純で「テレビ中継を観ていたから」だ。昔はテレビのプロ野球中継と言えば巨人戦だった。全国どこでも、テレビっ子は巨人ファン、アンチ巨人は阪神ファン。そういえば宮脇俊三氏はヤクルトファンで、理由は元国鉄スワローズだったから。私はそこまで国鉄に忠誠心はなかった。テレビっ子らしくV9までは巨人と王貞治。いまは贔屓の野球チームがない。また少し肩身が狭くなった。

06
串焼きセットも頼んだ

瓦そばが出てきた。大皿サイズの熱した瓦の上に、茶そばや挽肉などの具材が載る。瓦の上でそばをほぐし、つけ汁に潜らせて食べる。なるほど、茶そばの焼きそばでつけ麺だ。焦げた茶そばが香ばしい。旨い。寿司屋のような冷蔵ケースの中には肉と野菜が並んでいる。串焼きの具材だという。鶏肉と蓮根、椎茸などを焼いてもらい、梅酒のソーダ割りを1杯。それで満腹、気持ちよくなってホテルに戻る。フロントで「さっきはありがとう」と大声を出したら怪訝な顔をされた。深夜勤務のスタッフに交代したばかりのようだった。

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蓮根は穴が旨い

そして翌日、2018年4月15日。7時起床。寝過ごした。

なんてことだ。5時半の列車に乗らなければ今日の日程は成立しない。今日は山陰本線で益田へ行き、山口線で南下、津和野からSLやまぐち号に乗るつもりだった。なんとかやまぐち号だけでも乗れるように、ルートを変更しなくては。山陰線をあきらめるか、どこかで高速バスに……というところで目が覚めた。4時半のアラーム。ひどい夢だった。昨夜の酒が良くなかったか。汗をかいている。

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荘厳な建物。左隣が泊まったホテル

シャワーを浴びて目を覚ます、着替えて雨具をカバンにしまい込んでチェックアウト。小雨。アプリの雨雲レーダーも本州の端ではあてにならないようだ。ビルの庇を選んで歩き、ペデストリアンデッキに上がって下関駅。駅舎は商業ビルを兼ねており、正面の壁はガラスで大きな三角をデザインしている。ああ、そうか。旧駅舎の三角屋根のイメージだ。木造の旧駅舎は2006年の放火事件で焼失している。新しい顔は現代風で、もう違和感がない。

発車案内板で、05時39分発の山陰本線普通列車は益田行き。162.8km、38駅に停車して、益田着は09時54分。4時間15分も走る長距離鈍行だ。山陰本線は国鉄時代から長距離鈍行が多く、特に門司発福知山行きの824列車は日本最長鈍行の座に長らく君臨し、鉄道趣味の歴史に残る名列車だった。あ、そういえばこの益田行き、824列車のダイヤに似ている。824列車の下関発は08時40分発だった。このダイヤは824列車の名残だったか。

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早朝の下関駅

プラットホームに上がる。5時過ぎの下関はまだ夜だ。広い構内に蛍光灯の白いあかりが連なっている。ブルートレインブームの頃、この駅で関門トンネル線用の機関車と山陽本線の機関車を付け替えた。プラットホームの間に通過用の線路が余分にあって、それは機関車が前後に通り抜けるために作られていた。824列車はどのプラットホームを使っていたんだろう。雨に濡れた旧型客車の連なりを空想してみる。

10
キハ40の回送。あれが益田行きになる

その幻想を解き放つように警笛が鳴り、JR西日本の黄色い電車と、JR九州の白地に青帯の電車がやってくる。空が黒から藍色になり、朝は確かに始まっている。プラットホームから二つとなりの線路に赤いディーゼル2両が来て、いったん私の前に停止し、また去って行く。その方向を見ると、山の稜線が現れていた。空が青くなった。早朝の旅立ちだけど、なんとか始発駅から景色を眺められそうだ。

5時半ごろ、さっきの赤いディーゼルカーがホームに戻ってきた。キハ40系。益田行き。窓に水滴が散らばっていた。


-…つづく

 



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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