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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第706回:美祢市から長門市へ - 美祢線 於福駅~長門市駅 -

更新日2020/03/12



バスに揺られて30分、12時20分に秋芳洞バスセンターに到着した。ここからまるで参道のような一本道の商店街を通り抜けると秋芳洞の入口がある。秋芳洞は総延長約10.700m以上で国内第2位という。ちなみに日本一は岩手県の安家洞(あっかどう)で約23,700mだ。しかし観光コースの整備としては安家洞が約500m、秋芳洞は約1kmとなっている。大規模な鍾乳洞だけど、誰もが歩けるほどの空洞は少ないらしい。


バスで秋芳洞へ

秋芳洞の観光コースは本洞正面入口黒谷支洞に進んで黒谷入口まで。本洞と支洞の分岐点に地上行きのエレベーターがあって、これに乗ると秋吉台のカルスト展望台へ行ける。だから私は正面入口から入り、途中のエレベーターでカルスト展望台へ行き、エレベーターに戻って黒谷入口に至った。大自然が作る造形は迫力があり、気楽な格好で入った自分がなんと畏れ多いことかと感じ入る。

こういう景色は写真では伝わらない。動画やVRでもダメだ。やはりその風景の中に立ち、すべての視野、肌で感じる空気、臭い、響き、五感のすべてで受け止めたい。世界観や人生観が変わるとは言い過ぎだけど、そこにはやはり神がかり的な、想像を超えた景色がある。そして、ここを発見し、探検し、広く知らしめようと観光化した人々の尽力にも感動する。しかし、結論から言えば、私のルートはオススメできない。たぶんこれが最も一般的な順路だけど、道中はずっと上り坂で、エレベーター上階からカルスト展望台へも急な坂道だ。

黒谷入口を出るとバスの停留所があって、鍾乳洞を通らずに秋芳洞バスセンターに戻れる。あれ、それなら先に黒谷入口までバスで来て、鍾乳洞を下る方がラクではないか。このバスは土日と夏期限定の「秋芳洞循環バス」だ。日中に7便。秋芳洞バスセンター、黒谷口、秋吉台と巡って秋芳洞バスセンターに戻る。各停留所間は約5分。このバスを使って、秋芳洞バスセンターに着いたら、まずは秋吉台のカルスト展望台へ行き、次のバスで黒谷入口へ行き、そこから秋芳洞内を下って秋芳洞バスセンターに戻る。このルートの方がずっとラクだ。

02
秋芳台付近の鉱山から仙崎港へ続く石灰石輸送のベルトコンベア

下調べが甘かったというか、循環バスを予定に入れるときに気づくべきだった。このガッカリ感は、展望台を目指して登山道を歩いたら頂上にバス停があった時のような、なんだそれ、という気分に似ている。しかし、ネットに下りルートを推奨する記事が見当たらないところをみると、やはり裏口から入るルートは邪道だろうか。しかし、帰りしなに参道のような商店街を通った方が、土産物の売れ行きも良いような気がする。

03
秋吉台バスセンター

バスで道の駅おふくに戻る。14時50分到着、その直前に車窓から「ランチバイキング」の文字が見えた。乗り継ぐ美祢線の列車は15時49分発だ。ちょうど1時間。散歩にも、昼飯にも、ちょうどいい。停留所から引き返すように歩いて行くと、ブルーベリーガーデンという建物だった。奥のビニールハウスはブルーベリー農場のようだ。直売所を兼ねた土産屋とレストランがある。

しかし、レストランは15時で終了、オーダーストップは14時30分に終わっていた。土産屋も閉店時間とのこと。早い気がするけれど、本業が農業だと割り切っているようだ。せっかく来たからとブルーベリーの飴などを買う。食事にはならない。さて、どうするか。鍾乳洞で歩き疲れたし、レストランを目ざして最後の力を振り絞って空振り。なんだか気が抜けてしまった。もう於福駅に行こう。そこで休憩だ。私にとって、駅は魂の拠り所であった。


於福駅

14時48分に仙崎行きが到着して、しばらく動かず。やがて反対側から厚狭行きがやってきた。仙崎行きは塗装が凝っている。正面は薄いピンク色に、クジラ、少女の横顔、白い顔に緑の髪の男の子。側面は端に少女が大きく描かれる。少女は筆を持ち、何やら文字を書いているけれども、読む時間がなかった。

後で調べたら、クジラはホエッピー、少女は詩人の金子みすゞ、緑の髪の少年はちょるるという。緑の髪は山口の山、白い顔は山口の口。側面は、金子みすゞが言葉を紡いでいる様子とのこと。金子みすゞは仙崎の出身で、この列車は金子みすゞの里帰りである。金子みすゞは大正末期から昭和初期にかけて知名度を上げたけれども、近年は知る人ぞ知る存在だった。再認知されたきっかけは東日本大震災だ。

05
長門市観光ラッピング車両

多くの企業がテレビコマーシャルを自粛した。その時間を埋めるため、ACジャパンの啓蒙広告が大量に放送された。ACジャパンは企業や団体から寄付を受け、広告で社会問題の啓発や福祉活動の支援をする団体だ。テレビや雑誌は広告料を受け取らない代わりに、穴埋めのためにいつでもACジャパンの素材を使っていいという約束になっている。そのひとつが金子みすゞの詩「こだまでせうか」の朗読だった。

このCMはもともと2010年に東京地域で放送された素材だったけれども、2011年の東日本大震災後に繰り返され、「こだまでしょうか、いいえ誰でも。」のフレーズは人々の心に焼き付き、ネットではパロディ作品も作られるほど話題となる。不謹慎だけれど、結果的に金子みすゞを広める結果となって、詩集は売れて、金子みすゞ記念館の入場者も増えた。JR西日本は2011年からこのラッピング列車を走らせている。このほかに2005年から山陰本線で観光列車「みすゞ潮彩」を走らせていたけれども、2017年に運行を終了し「○○のはなし」にリニューアルされた。

06
厚狭行きとすれ違う

東日本大震災発生後、東北地方を中心に路線の運休が続いた。このとき、美祢線も運休していた。2010年7月の豪雨で厚狭川が氾濫し、鉄橋や路盤が破壊されたからだ。一時は廃止が噂されたけれども、費用の4分の3を国と自治体が負担する形で復旧した。運行再開は2011年9月で、被災から約1年2ヵ月後だった。

仙崎行きの列車は1両のディーゼルカーで満席だ。いつものように運転席の後ろに立つと、運転士のほかにもうひとりの職員が立ち、前方を注視していた。交代要員か、線路状態の目視かはわからない。こんな場面は珍しくないけれど、もう少し端に寄ってくれてもいいのに、と思う。しかし、彼は仕事で、私は遊びだ。文句は言えない。カメラの望遠モードを使い、肩越しに前方の写真を撮ってみる。

07
分水嶺に向かって

真夏の風景、空は青く、緑は深い。於福から次の渋木駅までが美祢線の最長駅間で9.9kmもある。この区間内に分水嶺があり、美祢市と長門市の境界もある。長いトンネルを過ぎると下り坂になった。美祢市まで厚狭川と並んでいたけれど、長門市に入ると深川川に沿う。深川川はタイプミスではなく「ふかわがわ」と読む。深川という地域を通る川だから深川川である。

08
高速道路を建設中

列車はところどころでゆっくり走る。時速25km制限の標識もあった。廃止された三江線や芸備線などと同じ。中国地方の路線は老朽化している上に、落石や土砂崩れの突発事象に備えて、ゆっくり走らされている。これではマイカーに勝てない。しかも途中で高速道路の工事現場を潜り抜けた。あれが全線開通したら山陰本線にとっても脅威だろう。

09
深川川を渡る

長門湯本駅を発車して、谷間を通り抜け、板持駅に停車するあたりは畑が広がる。民家の数が次第に増えて、川幅を広げた深川川を渡る。やがて市街地に変わると美祢線の終点、長門市駅に到着。この列車は山陰本線の仙崎支線に乗り入れて仙崎まで行く。美祢線を全区間走る列車は1日10往復で、そのうち仙崎直通は4本しかない。美禰線時代の名残を残しているような希少な列車だ。今回の旅程作りでカギとなった区間がこの仙崎支線であった。

10
長門市に到着

-…つづく

 



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


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杉山淳一 著


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