第712回:近江鉄道のシンボル - 近江鉄道八日市線 八日市~近江八幡 -
近江八幡行きの電車は13時15分発だ。改札を出て大きな八日市駅舎を眺めたいけれど、5分では足りない。そういえば中線の奥に、ちょっと雰囲気の異なる電車が停まっている。もはや見慣れた三面鏡顔だけど、何かが違う。3番のりばへ降りて、プラットホームの先端まで見物に行く。
確かに三面鏡だけど、タテの桟が黒くて一枚窓風に見せる。上部が後退角を持つくさび形だ。ヘッドマーク部が字幕式で「あかね」と表示されている。車体はクリーム色の帯に水色の太い帯、赤く細い帯が2本。側面の窓も連続して一体感がある。車内は転換クロスシートだ。急行用か。ならば乗ってみたいと思うけれど、近江鉄道に急行列車はない。この車両を使う列車がわからなかった。団体用かもしれない。
近江鉄道700系電車「あかね号」(この旅の約1年後に廃車)
私が乗ってきたギャラリートレインはまだ対岸に停まっている。3番のりばには近江八幡行きが停車中だ。鮮やかなブルーに塗られているけれども、顔つきは西武鉄道で見かけた二枚窓である。三面鏡顔は近江鉄道の独立心の象徴だと思うけれど、もう改造費をかけられない。西武鉄道グループ顔の電車が増えていく。さっきまで懐かしの西武鉄道と思っていたけれど、余所者の私でさえ占領されたような気分になってきた。
八日市線は二枚窓の西武顔だった
八日市を出た電車はワンマン運転の2両編成で、前の車両に数人、後ろの車両に10人ほど。ワンマン運転の場合、駅では前の車両だけドアを開閉し、後ろの車両はドアが開かない。寒い時期は後ろの車両のほうが暖かい。つまり、終点まで行く人が多いと推察する。西武顔電車は、しばらく本線と並んで走り、ひょいと横道に入るように進路を変えた。カーブが終わったところにもう次の駅がある。新八日市駅。こちらも立派な木造駅舎だけど無人駅。建物をよく見ると朽ちた部分もある。
新八日市駅は湖南鉄道の終着駅だった
このあたりはまだ八日市中心部のようで民家が多く、都会の電鉄沿線の雰囲気がある。次に停まった駅は太郎坊宮前。たろぼぐうまえ、と読む。太郎坊宮は阿賀神社の通称で、車窓右側の山の中腹にある。「太郎坊宮前」といってもそこまでは徒歩20分ほど。良い散歩になりそうな道のりだ。発車すると畑か広がり、太郎坊宮への見通しが良くなる。ここからは駅周辺が民家、駅間は畑。そのうち民家が増えてくる。近江八幡駅の影響圏といえる。
八日市~近江八幡間は八日市線といって、あとから近江鉄道に加わった路線だ。前身は軽便鉄道規格の湖南鉄道だった。その後、琵琶湖畔の鉄道と汽船を運航する琵琶湖鉄道汽船と合併した。琵琶湖鉄道汽船が京阪電鉄に合併したのち、旧湖南鉄道は吐き出され八日市鉄道として独立、その後戦時政策で近江鉄道と合併した。八日市と近江八幡、大きな町を結ぶから有望な路線だと思うけれど、京阪電鉄は琵琶湖観光を重点としたようだ。
並び窓からの車窓
駅間距離が長くなったせいか、車内放送の広告放送が増える。2社くらい入っていて、そのうちの近江牛の内容が気になる。電車はスピードを上げて市辺駅。その先で右へカーブして、また一直線だ。武佐という、ちょっと勇ましい駅があった。中山道の宿場町があったところだ。前方に新幹線高架が横たわる。16両編成の新幹線電車が白い矢のように飛び去った。それには及ばないけれど、こちらもなかなか良い速度だ。ガタンゴトンとレールの音がリズムを奏でる。ガチャコン電車の愛称は、レールの音か、それとも連結部分の音だろうか。
鳥居のような架線柱が並ぶ
新幹線高架を潜り抜けたあとも線路は真っ直ぐで、門型の架線柱がずらりと並ぶ。神社の鳥居のように赤く塗ったらおもしろそうだけど、不謹慎だろうか。そんなことを思いつつ、ぼんやりと進路方向を眺めていたら急カーブがあり、電車は速度を落とした。近江八幡駅だ。JRの線路も見えて、銀色の新快速がやってきた。
近江八幡駅に到着
近江八幡駅に来たら近江八幡にお参りしよう。彦根城は駅前から眺めるだけだったけど、八幡山にはロープウェーがある。乗り物の有無が私の基準だ。高いところに上って街を見下ろせば、その街に足跡を残した気がする。近江八幡駅からロープアウェー入口まではバスで数分。そこからロープウェーのりばまで、道の両側が駐車場になっている。その先に八幡宮があった。ロープウェーの上にあるかと思ったら下だ。
八幡宮にお参り
由緒によると、先に山頂に社ができて、次にここ、下の社ができた。ところが豊臣秀吉が山頂に八幡城を作り、秀吉の甥の秀次を据えた。秀次は上の社を下の社に併せ、後に新たな社を作る約束をした。ところが秀次は秀吉への謀反の疑いをかけられ切腹。その約束は断たれてしまう。八幡山の山頂には瑞龍寺という、豊臣秀吉のお姉様が創建したお寺があるそうだ。そこは息子、羽柴秀次の八幡山城本丸があったところ。秀次の供養の寺なのだろう。
ロープウェーも三面鏡顔
そんな歴史を知ると、手軽にロープウェーで上っては物見遊山も過ぎるような気がする。しかし、ロープウェーの搬器を見たらそんな気分は失せた。あっ、この顔は……。近江鉄道が運営するだけあって、電車と同じ三面鏡だった。やはりこれが近江鉄道のシンボルなのだ。
ガチャコン電車が浮いているよう
八幡山山頂から琵琶湖を眺める
-…つづく
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