第732回:遊びじゃないのよワタシは - SLやまぐち号 津和野~徳佐 -
SLやまぐち号の客車は35系という。細かく言うと35系の4000番代だ。製造番号が4000番代とは大きく出たなと思うけれども、これにはちょっとしたカラクリがある。35系客車は1939(昭和14)年頃から1950(昭和25)年頃まで大量に作られた客車だ。全長20m級の鋼製車体で、それまでのリベット打ち組み立てから溶接組み立てになり、車体側面のポツポツが消えてスッキリした姿になった。この車体でもっとも製造された客車がオハ35形で、この形式を代表とし、派生車種をまとめてオハ35系と呼ぶ。ただしこれは正式な形式名ではなく、便宜的にまとめた呼び名だという。
上から見ると新しい「旧型客車」
オハ35系は蒸気機関車時代に量産された車両だ。SL列車用に客車を新製するなら、オハ35系の姿が似合う。ならば形式名もオハ35形にしよう、というアイデアで、35系客車が再生産され、続き番号として4000番代が与えられた。これは粋なはからいだと思う。そして35系といえども、当時の製造のままではない。最新技術を駆使した35系である。跨線橋から見下ろせば、屋根には大型クーラーが載っている。プラットホームに降りてから見ると気づかない。そもそも屋根など関心を持たない。
普通車の展望車は全35系初
客車は5両。最後尾の展望車から外観を見聞しつつ、蒸気機関車のほうへ歩いた。5号車は「スハテ35 4001」。展望デッキつき普通車だ。スは重量、ハは普通車、テは展望車を示す。展望車は特別な存在だったから、昔のオハ35系客車グループに「ハテ」はなかった。窓から室内を覗くと、ボックスシートが並び、座面はグリーンのモケット、背中は木の板だけ。これは確かに古い。新しいけど古い。そして背中が痛い。でも体験してみたい。
背中の痛みも思い出のうち?
4号車「オハ35 4001」。ボックスシートがズラリと並び、座面と背面に紺色のモケット。これは私とっても懐かしい。高校時代の旅で、こんな客車に乗った記憶がある。常磐線の平駅から仙台行きの各駅停車。車両形式は覚えていないけれどこんな客車だった。国鉄末期はオハ35系もスハ43系もまとめて「旧型客車」というくくりだった。真っ赤な車体で自動ドアの新型客車「オハ50系」、通称レッドトレインが登場してから、旧型客車は減っていった。
まるで銀河鉄道999
3号車「ナハ35 4001」。えっ、ナハの4001だと。次の2号車はスハ35で、やっぱり4001だ。オハ35、ナハ35、スハ35、どれも4001。車体の重さが違うから形式も変わる。オハのオは自重32.5トンから37.5トン。ナハのナは自重27.5トンから32.5トン。スハのスは37.5トンから42.5トン。オハ35を3両作り、製造番号を4001、4002、4003としなかった。4001にこだわって重さを変えたか。オハより軽いナハは座席か少なく、売店やイベント用のフリースペースを広く取った。だから軽い。オハより重いスハは車内で使うための発電機を積んでいるから重くなる。設計の結果として重量が3種類になったというより、オハ、ナハ、スハにするために設計したと思われる。企画者の遊び心だろう。
展示コーナーなどお楽しみ設備もある
1号車は「オロテ35 4001」。ロはグリーン車の意味、テは展望車。展望車側は1+2列のゆったりしたリクライニングシートで、昭和レトロな応接間風のデザインだ。2号車側に4人用と2人用の向かい合わせボックスシートがある。私がさっき手に入れた座席は7番Cで、4人用ボックスシートの通路側、進行方向向きだった。他の3人が同じグループだと少々気まずいけれど、同じグループで1人だけキャンセルするとは考えにくい。向かい側は親子、私の隣は防府から来た人だった。彼の連れ合いがキャンセルしたのか、野暮だから聞かない。
グリーン車「オロテ35」はレトロな応接間調
進行方向向きは落ち着くし、通路側はむしろ好都合で、気兼ねなく出入りできて車内を探検できる。私は自席に鞄を置き、機関車を観に行く。D51形200号機は大人気で、記念撮影する人が途切れない。辛抱強く待って写真を収めて自席に戻る。機関車の横を通ってオロテ35にさしかかったとき、窓から毛むくじゃらの何かが顔を出した。なんだろう、犬でも連れているのか、と近づいて見たら、テレビのロケ隊が使うような竿つきマイクだった。しかし、そこに座っている人物は気弱そうな少年と、黒い服を着た顔の大きな強面の女性だった。少年の母親だろう。どう見てもテレビクルーには見えない。母親と目が合った。「すみません、ワンちゃんかと思って」と話して先へ進んだ。
こちらの展望室は全天候型
ざわついていた車内の落ち着きを待っていたかのように汽笛が鳴り響く。その音はあたりのすべての音を制止した。誰もが汽笛に耳をかたむけたからだ。そしてガチャンと連結器が鳴り、同じガチャン、ガチャンという音が後方へ伝播していく。客車が動き出した。旅の始まりだ。この客車は機関車の直後だから、シュシュという音も聞こえるし、窓からは蒸気か煙がよく見える。そして車内放送。車掌より歓迎の意、停車駅の案内、蒸気機関車の説明……。
展望室の大型ソファ。貴賓室みたいだ
車内放送が終わってしばらくすると、前方から黒服の強面おばさんが歩いてきた。そして立ち止まり、私を睨み付けた。それにしても鼻の穴が大きかった。ゴリラみたいだ。なんだろう。その強面ババが言う「なんか文句あんの?」「いえ、ありませんが…」。強面ババはしばらく私を睨み付けて「遊びじゃないんだよ、こっちはッ」と怒鳴って戻っていった。4人掛けの3人が私を不思議そうに見た。「なんでしょうね今の…」、私は無関係を装った。そもそも見ただけで関係はない。
先頭はD51形200号機
「どうやら、触っちゃいけない人みたいですね」と隣人。私が「遊びじゃないなんて、なんだか気の毒ですね。遊びに来たら遊べば良いのに」と言うと、3人は静かに笑った。JR西日本の許可を取って仕事をしているのだろうか。仕事ならあんな機材は選ばないから、やっぱりちょっとおかしい人だ。これ以上、周囲に迷惑をかけそうなら車掌さんに許可証確認を進言しようと思ったけれど、その後は何もなかった。
グリーン車2人掛けボックスシート
4人掛けは相席さんがいらしたので撮影を遠慮
人気の列車には変な人が集まってくる。もっとも、私も他人のことは言えない。
-…つづく
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