■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から


Grace Joy
(グレース・ジョイ)



中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。




第1回~第50回まで

第51回:スポーツ・イベントの宣伝効果
第52回:国家の品格 その1
第53回:国家の品格 その2
第54回:国家の品格 その3
第55回:国家の品格 その4
第56回:人はいかに死ぬのか
第57回:人はいかに死ぬのか~その2
第58回:ガンをつける
第59回:死んでいく言語
第60回:アメリカの貧富の差
第61回:アメリカの母の日
第62回:アメリカの卒業式
第63回:ミャンマーと日本は同類項?
第64回:ミャンマーと民主主義の輸入
第65回:日本赤毛布旅行
第66回:日本赤毛布旅行 その2
第67回:日本赤毛布旅行 その3
第68回:スポーツ・ファッション
第69回:スペリング・ビー(Spelling Bee)
第70回:宗教大国アメリカ
第71回:独立記念日と打ち上げ花火
第72回:ティーンエイジャーのベビーブーム
第73回:アメリカで一番有名な日本人
第77回:ロパクってなんのこと?
第78回:派手な政治ショーと選挙
第79回:「蟠桃賞」をご存知ですか?
第80回:日本の国際化と国際化した日本人
第81回:またまた大統領選挙


■更新予定日:毎週木曜日

第82回:またまた大統領選挙 その2

更新日2008/10/16


昔々あるところに……と日本昔話を始めるのではありません、アメリカの話です。町中の人に尊敬されていたお医者さんがいました。町で唯一人のお医者さんでしたから、あらゆる病気の治療をしなくてはなりません。いくら優れたお医者さんでも、外科、内科、整形外科、耳鼻科、泌尿科、産婦人科すべての分野でエキスパートではあり得ません。

そのお医者さん、足に大怪我をした患者さんの命を救うために患者さんの足を切り落としてしまいます。その患者さんはその手術のおかげで生き延びたのですから、大いに感謝するべきなのですが、誰かがお前の足を切り落とす必要はなかったと吹き込み、それを信じてしまったのです。 

どういう心理からでしょうか、その片足の患者さん、例の医者も実は片足が不自由だ、片輪だと町中に言いふらし、町中の人がお医者さんは足が悪いとウワサし、それが事実として一人歩きし始めたのです。そうこうするうちに、そのお医者さんが本当に片足を引きずって歩くようになったと言うのです。

事実無根の中傷を繰り返し繰り返し行うと、中傷そのものが真実として受け入れられてしまうだけでなく、本人もそうなってしまうという怖い話です。

イラクに核兵器も大量殺戮兵器もなく、ワールド・トレード・センター爆破にも全く関与していなかったことは、アメリカ以外の世界中の人に知れ渡った事実ですが、アメリカ人の44%がイラクのサダム・フセインがワールド・トレード・センタービルを爆破し、核兵器や大量殺戮兵器を持っていたと信じているのです。

しかもその空論を信じる人の数が年々増加し、しまいにアメリカ人全員が悪いことはすべてイラクがやったと信じかねない勢いです。逆に事実を知る人、政治的プロパガンダを信じない人はアメリカ人にあらず! になってしまうかもしれません。

オバマがモスリム、イスラム教徒だと言う中傷がインターネットで執拗に流れ出し、今では全アメリカ人の13%が、オバマはテロリストの同調者でイスラム教徒だと信じています。反オバマキャンペーンでは、オバマがアラファットのようにモスリムの頭衣を付けている合成写真が盛んに使われています。

私たち、普通の人間は、冷静に事実を分析したり、理論的に考え投票することは少なく、候補者の人工的に造られたムードやイメージに左右されがちです。ヒットラーも最初は正当な選挙で首相になったのです。

いままで副大統領は影の存在で、万が一大統領が死んだり、殺されたりした場合(それが結構多いのですが)、大統領職をすぐに引き継ぐ役割のほか実権はなきに等しいものでした。 

ですが、今度の大統領選挙では、副大統領候補も大きな注目を集めています。アメリカ史上初めて女性の副大統領が生まれる可能性が出てきたからです。それにしても女性の権利が騒がれ、ウーマンリブの先端をいっているはずのアメリカで、今まで女性の大統領も副大統領も出なかったのは、アメリカ社会のマチズモ(Machismo:男性優位主義)をよく表していますね。 

副大統領候補者同士の公開討論会がセントルイスで開かれました。共和党のサラ・ペイラントは黒のスーツにトレードマークになった日本製の眼鏡、髪をアップして保守的なワーキングマザースタイルです。対する民主党のジョー・バイデンは月並みな背広姿で、こうなるとファションで初老の男性はとても勝ち目はありませんね。

でも討論が始まると、横綱と序二段の相撲のように、まるで中学校から選ばれてきた弁論クラブの女学生と弁護士で議員歴35年の古強者の論争になってしまいました。ハナから討論にもなにも相手にならないのです。

ジョーが具体的な数字を挙げ、司会者の質問に的確に答え、同時にマッケインが過去に何度ブッシュを支持する法案に賛成したか、所得が低中クラスの国民の税金を上げ、大企業を優遇したかを具体的に示し、マッケイン攻撃の材料としていたの対し、サラの方はもっぱら感情に訴え、アメリカンピープルを連発し、具体的な数字を挙げずにオバマが増税することを強調し、かつ司会者の質問にストレートに答えず(意図的に質問の意味を取り違え、自己を主張しているならたいしたものですが)、5人の母親であるイメージと愛国心を打ち出すだけでした。

討論の内容で判断すれば、ジョーの圧倒的な勝利でしたが、サラはテレビカメラの位置を正確に知っているのでしょう、カメラをしっかりと見つめ、視聴者一人ひとりに話しかけるように語り、討論の内容よりもイメージづくりに成功したのです。

討論会の最期はお決まりの二人の握手でしたが、これもサラの圧倒的な勝ちでした。サラの家族全員(旦那さんと4人の子供、長男は軍役でイラクに行くため登場しませんでしたが)、一番下のダウンシンドロームの赤ちゃんまで演台に登場し、会場に来ている有権者だけでなく、テレビカメラに向かって手を振り、総勢でジョーを圧倒したのです。

ダウンシンドロームの赤ちゃんははじめお父さんに抱かれて、それからサラに抱かれ気持ち良さそうに寝ていました。選挙に勝つためにはあらゆる手段を使うのが当たり前になってしまったようです。

 

 

第83回:勝海舟と700,000,000,000ドル