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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第677回:牛乳はホントに悪者なのか?

更新日2020/10/01


私が育ったアメリカ中西部では、牛乳は毎日飲むもの、安いものと相場が決まっていました。コップ一杯の牛乳が朝食のテーブルに載っていて、加えてコールドシリアル、オートミールなどにドバッとかけて食べるのが習慣になっていて、まさにミルクがなければ一日が始りませんでした。完全食品である母乳の後を引き継ぐ牛乳は大切な食品でした。

しかし、何時の頃からでしょうか、おそらく30年ほど前からだと記憶していますが、牛乳には脂肪分が多く、従ってコレステロールが高く、毎日飲むと高血圧になり、しかも心臓にも良くない…という健康オタク指向が定着し始め、脂肪分2%の牛乳、いや1%だ、0%、いや脱脂牛乳でなければ身体に悪いとまで言われ、牛乳に代わるモノとして、大豆を蒸し、乳状にし味を付けた豆乳が幅を利かせてきたのです。

私たちも豆乳の大ファンです。ところが、自然の豆乳にはカルシウム、鉄分、ビタミン、リン酸、マグネシウムなど、本来の牛乳に含まれている成分かなく、赤ちゃんに豆乳だけ与えるのは良くない…ということになりました。

豆乳メーカーもサル者で、すぐにカルシウム、鉄分、ビタミンA、D、Eなどを本来の牛乳と同じだけかそれ以上、アリガタイ、ビタミンを人工的にたっぷり加えた豆乳を開発し、今ではそんな豆乳に、さらに味、風味を付け加え、ヴァニラ風味、ヘイゼルナッツ風味、甘味など、大変な種類の豆乳を売り出しています。

このように人工的に付け加えられたミネラル、ビタミンが人体にどれだけ自然に吸収されるのか、牛乳と同じように作用するのか、疑問に思っています。そんな人工的に添付されたビタミン類が、人体にどのように影響を及ぼすかについての報告を読んだことがありません。自然の果物、野菜から摂るのと、錠剤で摂るのでは違うように、豆乳をいくらいじっても、牛乳にはならないと思うのです。

豆乳に業界を独占させておくわけには行かないと、アーモンドミルク、カシューミルク、オーツ(カラスムギ)ミルク、お米ミルク、マカデミアンナッツミルク、それにめちゃ身体に良いと定評のあるフラックスシード(亜麻仁)やゴマ、最近流行になったチアシード、ヘンプシード(麻の実=マリファナの種)を加えたりで、大豆に迫る勢いです。

お値段の方ですが、牛乳が1リットル=1ドル50セントなのに対し、オルガニック豆乳、アーモンドミルクの方は3ドル80セントくらいで、中には高級ブランドで5ドル以上もする植物乳もあり、本来の牛乳は片隅に追いやられています。
乳製品、チーズやバターも身体に悪いとされ、かろうじてアメリカ人が大好きなアイスクリームに使われているだけになってきました。それも、シャーベット、スムージーに追われ、需要が少なくなってきています。

ウチのダンナさん、何世紀前の話でしょうか、「オレのガキの頃、バターは“本バタ”と呼ばれ、めったに口に入らなかったもんだぞ…」と言っています。マーガリン一本槍で、しかも“本バタ”とは似ても似つかない魚脂から作ったもので、全植物性脂で作ったマーガリンが出回り始めた時、こりゃ美味しいもんだと感心したとのたまっています。今では魚の脂は身体に良い、最高の脂として、高級品扱いされています。

当然、アメリカの乳牛業者、酪農家は大打撃を受けています。酪農が盛んなウィスコンシン州では、お爺さんの代には70頭の牛で充分暮せたのが、今では350頭でも赤字で、とてもやっていけなくなっていると報告されています。毎日、牛乳を絞り、大きな缶に入れ、道路脇の集配所に置き、生協のトラックが回収して行くのですが、その買い上げ価格自体が50%も下がり、損をしながら牛を飼っている状態です。代々の農地を売り払い、土地を離れる人が多くなってきています。

そして、最大のダメージは、トランプ大統領が始めた貿易戦争です。アメリカ国内の需要は何であれアメリカの作物、食料、製品で賄え、もう他の国からモノを買うな、入れるなと前世紀的貿易感覚の政策を打ち出してきました。当然、その見返りとして、他の国でもアメリカ産を買わなくなります。農業大国であり、農産物の一大輸出国であるアメリカの農産物を他の国に売ることができなくなったのです。

ウィスコンシン州の牛乳、乳製品の大半はカナダに流れていましたから、カナダが買ってくれないとなると、大量の牛乳の行き場がなくなってしまいます。最大の豚肉の買い手であった中国に売ることができなくなり、養豚業者がたくさん潰れたのと同じ現象が、酪農にも起こったのです。トランプ大統領の貿易戦争は両刃のナイフのように、自分を傷つけてしまったのです。自分で自分の首を絞めてしまったのです。

2017年の資料ですが、ウィスコンシン州の酪農地域での自殺者が、文字通り劇的に、英語でいう“スカイ・ロケット”のように激増し、その年に917件に及んでいます。もちろん、これは州の歴史始まって以来の高い数字です。世界大恐慌の時の金融関係者の自殺と関連付けている論評まで出てきています。

牛乳が悪役になり、消費が減り、加えて政策に操られ、酪農農家はまさにドン詰り、行き場のない暗い袋小路に行き当たってしまったのです。解決策は実利がないどころか、害ばかりの貿易戦争(なんにでも“戦争”を付けるのは嫌な習慣ですが…)をやめることです。そして、小さな自作農ばかりの酪農農家を政府が牛乳買い上げの形で、価格を安定させることでしょう。

私たちも脂肪抜きの牛乳に切り替えることにしました。乳製品なら何でも大好き人間で、しかも血圧、コレステロールの問題なしのダンナさん、チーズ5種類、サワークリーム、カッテージチーズ、コーヒーには生クリーム、それに脂肪を抜かない濃い牛乳を買い込み、ウィスコンシン州の酪農農家を助けるため、とか言いながら、チーズをツマミに牛乳を飲んでいます。本人、乳製品が好きなだけなのですが…。

-…つづく

 

 

第678回:使い捨て文化 vsプラスティック・フリー

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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