第659回:予防注射は人体に害を及ぼすか?
近年、かなり落ち目になってきたとは云え、ウチのダンナさんは健康優良爺さんを絵に描いたような体力の持ち主で、常備薬のようなものは一切なく、毎日呑む薬なんかも全くなく、「俺の理想は正露丸でガン、結核が治る体を造ること、持つことだ」とか宣言しています。しかし、あの異様に臭い正露丸って、一体ナンなんですか? あの臭いだけでガン細胞も結核菌も逃げていきますよ。
「その年の風邪に的中するワクチンの確立は50%か、マアーそれでも50%当たるならたいしたもんだ、野球の打率で5割もいった打者はいないからな~」とダンナさん。奇妙に素直になり、毎年流感の予防注射だけは受けています。
ウチのダンナさんもそうですが、中年を過ぎた日本人のすべて…と言い切って良いと思うのですが、肩や腕に疱瘡の種痘の跡を点けています。女性の場合、ノースリーブのブラウスを着た時、ギョッとするくらいくっきりと傷跡が残っているのが目に付きます。人によっては大きく、唐草モンモンの刺青の一部を消した跡ではないかと思わせるほど、醜いケロイド状になっていたりします。
ダンナさんによれば、小学校に上がる時から、毎年、集団検診があり、体育館に集められた子供たちは、肩肌を脱ぎ、看護婦さんがアルコール消毒をし、ゾロゾロと一歩進むとお医者さんが種痘を施す…という流れ作業でハイ次! と接種を受けたと言っています。なんか大人しい牛の群れが焼印を押されるのを連想させます。
私が育ったアメリカの中西部では、学校が率先して検診をし、いかなる予防注射もすることはありません。両親の判断で子供を保健所か医院に連れて行き、そこでお医者さんと相談し、予防接種をするかしないかを決めます。ですから、全く何の予防接種も受けたことがないアメリカ人はたくさんいます。私が種痘を受けたのも郡の保健所です。マー、ダンナさんとは世代が大きく違いますが、日本人のように四つも五つもの大きな種痘マークはなく、私のは肩の目立たないところにポツンと小さい跡が、ほとんどそれと分からない程度に残っているだけです。健康第一、美的感覚なんかに構っていられるかとばかり予防接種をしたお陰で、日本が世界一の長寿国になったのかもしれませんが…。
私の妹、ローリーは看護婦さんです。病院でたくさんの患者さんを看すぎたせいでしょうか、看護婦さんなのに薬、予防注射、ワクチンを信用していません。それどころか、毎年の流感のワクチン、予防接種すら拒否しています。もっとも、彼女は予防医学の衛生士ではなく、ヨレヨレになった患者ばかりを相手にしている看護婦さんですから、その中に予防注射が原因で重症になった患者さんがいたのでしょう。予防ワクチンが良く効いて元気な人は病院に来ません。何十万、何百万人がワクチンで命を救われているかはニュースになりにくく、逆にワクチン、予防接種が引き起こしたアレルギー反応で死亡したり、障害を負った事件はグラフィックなニュースになりやすく、目に付きやすい事情もあるでしょう。
ローリーがあらゆる予防ワクチンを拒否する態度は、たぶんに宗教的な理由もあるようにみえます。神様が与えて下った身体は、他の人からの輸血を受けず、科学的な物質を体内に入れてはならない…と信じている風なのです。死んだ母は、「看護婦さんなら、どれだけたくさんの人がワクチンでポリオ(小児麻痺)に罹らずに済んだかを知っているはずだけどね…」と嘆いていました。
あらゆる予防注射、ワクチンを拒否する運動が広がっています。今のところ、あらゆるワクチンを否定しているのはアメリカ全人口の2%に過ぎませんが、心理的なためらいがあるという人は40~70%もいるのです。大きな理由の一つは、大手の薬品会社と結びついた政府の予防医療のあり方が信用できないというものです。これは確かに肯ける面があります。2大政党、両方とも大手薬品会社から莫大な政治献金を貰っており、薬品会社がワシントンのロビーで使うお金はちょっとした国の国家予算ほどになります。当然、医療を支配するのは製薬会社になってしまいます。
流感の予防接種の時でさえ、4ページに渡って細かい字で書かれた所定の用紙に生年月日に始まり、現在呑んでいる薬、過去に呑んでいた薬、アレルギーがあればその種類、接種の3日前からの体調、体温の変化、咳・くしゃみ、下痢、などなど書き入れなければなりません。もちろん、最後にサインをします。サインは万が一、ワクチンが引き起こした病気で緊急事態が起こった時、あなたはこのように書き入れ、サインをしているではないか、従って法的責任は医療機関にも薬品会社にもない、と裁判に訴えられた時の防衛策なのです。
本来なら、ワクチンを接種する前に保健所なり医療機関でアレルギー反応を含めた個々の健康バックグラウンド・チェックをするべきなのでしょうけど、とてもそこまでやってられない事情があるのは分かります。流感シーズンの前になると、一応ライセンスを持っている保健衛生士、看護婦が駆り出され、スーパーの中に小さな机一つ置いて、ワクチンを注射しています。中にはもう何年も仕事を離れていた不慣れな人もいるのでしょう、私も空の注射をされるところでした。幸いダンナさんが横にいて、「オイ! それ空っぽだぞ、空気を注射するのか…」と言ってくれたおかげで助かりました。こんな有様ですから、ワクチンそのものを信用しなくなるのは少しは理解できます。
それにしても、ワクチンのお陰で生きながらえ、助かった人が何百万人といるのです。大きな絵として見ると、薬品科学の果たした、そして今も果たしている役割は絶大なものがあります。
アンチ・ワクチン運動は、社会全体を見ずに自己中心的な、科学の文盲、偏狭な宗教が巻き起こしたものと言い切ってよいと思います。今の世の中で、小さなコミュニティーの中だけで外界と全く接触せずに暮らすことは不可能です。ワクチンを拒否し、本人だけ死ぬならそれで良いのですが、そのコミュニティー全体に感染し、そこから外に向かって広がる可能性を無視できません。
どうにもこのところ、コロナの3つ文字がなければ話を終えることができなくなってしまいました。コロナワクチンが開発される日が近いことを祈っていますが、アンチ・ワクチンの人たちはこれを受けるのでしょうか? ワクチンを拒否する妹ローリーだけがコロナに感染するなら、それはとても悲しいことですが、彼女の家族、働いている病院に蔓延させたら、彼女だけの主義の問題でなくなり、大悲劇の元になります。
自分の主義で自分の身体を守ることはそれなりに立派なことですが、現在、一人の人間が世間と隔離して一個人としてだけで生きていける世の中ではないと思うのです。ワクチン接種は人類のためでもあるのです。
-…つづく
第660回:もう止められない? 抗生物質の怪
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