第654回:アウトドア・スポーツの安全と責任
ニセコが火付け役になり、北海道だけでなく、本州のスキー場にも外国人の占める割合が多くなってきました。私の周りにも、妹と彼女の旦那さんや友人など、わざわざ日本までスキーに出かける人は珍い存在でなくなりました。アメリカからの“日本スキーツアー”が数多く出ているくらいです。北海道のパウダースノーはヨーロッパ・アルプスでも見られない雪質なのだそうです。
すると、当然のことですが、外国人の事故、遭難も多くなってきます。2010年から2020年の2月13日までの集計では、303件のスキー、スノーボードの遭難事故が起こっており、そのうち80%はバックカントリーと呼ばれるスキー場外で起こっています。北海道新聞によれば、そのうち約50%の149件が外国人で、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、ヨーロッパ諸国からのスキーヤーだとしています。
バックカントリースキーと言うのは、一昔前、否半世紀以上前でしょうか、ウチのダンナさんの時代には山スキーと呼ばれていて、スキーリフトのあるゲレンデスキーとは一線を画する全く別モノでした。山スキーの愛好者がリフトに乗ってゲレンデを滑ることは、ママあるでしょうけど、普通のゲレンデスキーヤーが山スキーをすることは、まずあり得ないことで、山スキー、バックカントリースキーはどちらかといえば冬山登山に近いものでした。
それだけに、スキーも靴も装備もゲレンデスキー用のモノとは違い、山の麓からエッチラ オッチラ、シール(アザラシの皮)をつけたスキーかカンジキ(スノーシュー)で雪を漕ぐように登り、日帰りのつもりでも、2日分くらいの食料、シャベル、グランドシート、コンロ、ロウソクなどを持たされたもんだ…と、元山男のダンナさんが言っています。
2月20日に新得町のサホロスキーリゾートから出発した二人のスロバキア人が遭難しました。この二人はサホロスキーリゾートのスキーインストラクター(教師)でしたから、スキーの技術は当然相当抜きん出ていただろうし、サホロリゾート界隈の十勝連山のことも十分以上に知っていたはずです。それでも冬山の事故は起こるのです。
遭難が増えている原因の一つは、バックカントリースキーヤーの数が猛烈に増えているからでしょう。と言うのは、ゲレンデスキーと山スキーの境界がなくなり、誰でも山スキー、バックカントリースキーを楽しめるようになってきたからです。昔なら(こんな言い方をすると、なんだか偉く年寄りじみて聞こえるのは承知の上ですが…)山の麓から登っていたのが、リフトやロープウエイを乗り継ぎ、山の相当上まで行き、そこを出発点として登ることができるようになり、従って装備も少なく、軽装で済むようになりました。
ゲレンデスキーから簡単にバックカントリースキーに移行できるようになったのです。これは当然の流れで、一度冬山で、誰も滑った跡のない新雪を滑ると、それに魅了されのめり込んでしまいます。それほど、冬山の魅力は大きいのです。
コロラド州だけでも、今シーズンすでに20件近くのバックカントリースキー遭難事故が起こっています。20代の若者もいますが、我々同様のご老体が多いことに驚かされます。そして、いずれもが私のレベルから判断すると山スキーの超ベテランなのです。約半数は雪崩に巻き込まれての事故です。ロッキー山系は4,400~4,500Mの峰が連なっており、森林限界はおよそ3,200~3,300Mで、そこから上は木の育たない禿山、岩山です。
雪を被るとどこでも自由に滑れるし、山を占有した気分になります。そんなところは、当然、雪崩の危険も高くなります。私たちが今年の冬2ヵ月を過ごしたモナークというスキー場でも、人工的に雪崩を誘発する大砲の音が響き渡っていました。一度だけ、谷を挟んだ岩山で誘発された雪崩を見ました。離れて見る分には、なかなか壮観なショーでしたが、雪だけでなく岩も石ころも、下に行くと木をなぎ倒していきますから、“あれに巻き込まれたら、どうあがいても助かる見込みなんかないなぁ…”と思わせました。
バックカントリースキーの遭難の救助、捜索には莫大なお金が掛かりますから、非難は“スキー場のゲレンデ、スロープ、許可されたコースの外で滑るのはけしからん、そんな事故の責任は誰が取るのだ”ということに尽きると思います。でも、自然相手のスポーツで責任論を展開するほど無責任なことはありません。責任、原因はすべて“天”自然現象と、本人にあるのですから…。英語で“Act go God”(天のなせる業)と呼んでいます。
1979年のファーストネット・ヨットレース(ワイト島のカウズを出発し、アイルランドのファーストネット島を回り、プリマスにフィニッシュする外洋レース)に303隻のヨットが参加し、そのうち75隻が一回転、もしくは逆さまになり、どうにか完走したのは85隻、15名が死亡もしくは行方不明、救助された人は136名という大惨事が起きました。
英国ローヤル海軍の救助艇、ヘリコプター、オランダ海軍、フランスのトローラー漁船までがまさに総出で救助に当たりました。もちろん、その時のマスコミでも、ヨット乗りのシーマンシップ、経験不足、組織委員会の手落ちなどを非難する声が上がりました。しかし、ファーストネットレース自体を止めてしまえという声は聞こえませんでした。
このヨットレース史上最悪の遭難は、多くのレポート、各ヨットの建造、装備、ヨット乗りの経験の詳細な報告が公にされ、安全装備が一挙に改善され、それが一つの基準になったほどで、大惨事をプラスに作用させたのです。
バックカントリースキーをするな、冬山に入るなとは誰も言えないスジのものです。法規で規制するほど安易で愚かなことはありません。
冬山に遭難は付きものだと考えるのが健全でしょう。元々自然相手のスポーツに絶対的な安全などは有り得ないのです。そして、バックカントリーで冬山に入り込む人も、“自由には常に自己責任が伴うものだ”とはっきり認識し、その上で、雪山の深雪を存分に楽しんでもらうよりほかないのでしょうね。
-…つづく
第656回:野生との戦い~アメリカのイノシシなど
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